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011 食いに来い

少し長いです。

(どうしよう、捕まっちゃうのかな……この世界だと無銭飲食ってどれくらいの罪なんだろ……うぅ……)


 三本もの焼き鳥(ビーガ焼き)を平らげてしまったエル。

 当然、エルはこの世界のお金を一銭たりとも持っていない。

 差し出された焼き鳥(ビーガ焼き)に、始めこそごはんを食べさせてくれる優しいおじさんなのかと思っていたが、二本三本と差し出される串を見て、その気前の良さに逆に不安になってしまったのだ。


(うぅ、言葉もわからないのに迂闊なことをするんじゃなかった……もしかしたら、「一本100円だよ!」って言ってたかもしれないじゃないか)


 更に、エルの不安を煽ったのは衛兵(サジット)の存在だ。


(あの格好の人、結構沢山いたよな……見た感じ、警察官っていうか、町の衛兵みたいな人なんだと思うけど……。うぅ、衛兵を呼ばれたって事はやっぱり僕、やらかしちゃったんだ! あうぅ……)


 エルからは、串焼きを何本も平らげた上でお金を払おうともしないエルを見て、店主が衛兵を呼んだようにしか見えなかった。

 これでは、あの人のいる食堂や大通りにある宿屋……すなわち、宵闇亭や木もれ陽亭に戻るどころの騒ぎではない。

 何とかして罪を償わなければいけないのだ。でも、どうやって?

 右も左も、言葉すらわからない世界で罪を犯してしまった(と思い込んでいる)エルの心は、不安で一杯になってしまっている。


 先程離れていった衛兵が、何人もの同僚を連れて屋台に戻ってきたのを見たエルは……自分が大変なことを仕出かしてしまったのだと思った。


 転生してからのエルは、傍目から見ても分かる通り泣き虫だ。少し感情を刺激されただけで感情が膨れ上がり、涙をぼろぼろと流してしまう。

 けれど余程の事でもない限り、「大人」としてのエルの理性がそれを抑えるので、エルはぽろぽろと静かに涙を流す事が多い。

 「大人」としてのエルが、感情に流されながらも「こんな事で泣くなんて情けない」と思っているからだ。


 だが、今は違う。自分が大変なことをしてしまった、それも恥ずかしい事や人を傷つけてしまったというようなレベルではなく……罪を犯してしまったと思っている。

 言葉も分からない見ず知らずの土地で、犯罪者として扱われる恐ろしさ。それは大人だとしても、いや、大人だからこそ余計に平静ではいられない類の恐怖だ。

 そんな状態で、荒れ狂う感情は胸からせり上がってくる。それを抑える術も持たず、エルは火が着いたかのように泣きじゃくり始めた。


「――またせたッス! 今、保護者に連絡がついたんで……こっちに向かってるらしいッス。あと、一応念のために応援も呼んだッス。目を離すなって言われたんで……うわっ!? めっちゃ泣いてるじゃないッスか!? なにしたんスかノイジーさん!?」

「何もしてねえよ! お前らがいきなり大人数で来るからびっくりさせちまったんだろ!」

「そんなぁ……」


 わんわん泣くエルの姿に、サジットの同僚たちも慌てるばかりでなにもできていない。

 エルは『ごめんなさい! ごめんなさぁい〜!!』と言いながら泣いているので、言葉さえ通じればエルが何故泣いているのか、何を誤解しているのかはすぐに分かった筈だ。

 けれど、エルの言葉はノイジー達には全く理解できない。なので、何が悲しくてそんなに泣いているのかが分からなかったのだ。

 わんわん泣いているエルをどう扱えばいいかわからず、サジット達はただただオロオロする事しかできなかった。





 エルが見つかった。

 顔なじみの衛兵に声をかけられ、それらしい子供が7番通りの屋台にいると告げられたガウルは、全速力で現場に急行していた。

 初めは「なんで衛兵が?」と思ったが、どうやらアイツが手を回してくれていたらしい。

 既に見回った筈の7番通りにいたのは予測できなかったので、どこかですれ違ってしまっていたのだろう。アイツの手助けがなければ、今でも見当違いの場所を探し回っていた事を思うと、感謝しかない。


 ノイジーの屋台の前に、ちょっとした人だかりができていた。

 その殆どは衛兵で、屋台の店主であるノイジーも居る。

 何事かと思ったガウルは、その場所へと急いで駆け寄った。


「エル!」


 エルの姿を見つけたガウルは、一瞬ほっとした。

 だが、エルが大人に囲まれてわんわん泣いている状況を見て、頭に血が上ってしまう。


「おい! お前ら、子供(ガキ)囲んでなにやってやがんだ! 泣いてるじゃねえか!」


 たまたま一番近かったサジットの肩を掴み、ぐわんぐわん揺さぶりながらエルを指差すガウル。


「ちょ、ちが、ちがうんス、ちがうんスよ!! 俺、お、俺たちが来た時にはもう、泣いて、ちょ、揺らさないで、揺らさないでほしいッス!!」


 サジットの言葉を聞いて、ガウルはハッと息を呑んだ。


(……そうだ。エルは大人を怖がってる。知らない大人に囲まれて怖くなっちまったのか……クソッ、俺じゃどうにもできねぇ……)


 本音で言えばすぐにエルに駆け寄ってやりたかったが、今朝の出来事を思い出したガウルはぐっと踏みとどまった。

 そもそも、エルが宵闇亭から出ていった理由が自分自身なのだ。これ以上エルを追い詰めるような事は、絶対にしてはいけない。


「エミリィは!? エミリィのヤツにも連絡はしたのか!?」

「あ、はいッス。でもエミリィさん、2番街の方まで行ってたらしくて……ちょっと時間かかるかもしれないッスね」


 2番街は、ここから歩いて20分程の所にあるエリアだ。

 宵闇亭と木もれ陽亭の間をしばらく捜索してから、エミリィは「私達が怖くなって逃げ出したのかもしれない」と考え、木もれ陽亭から見て宵闇亭の逆方向、2番街のある方面を重点的に探していたのだ。


(頼む、エミリィ。早く来てくれ……)


 そんなガウルの願いが通じたのは、それからさらに五分ほどしてからの事。


「エルちゃんッ!!」


 整えられていた髪は(ほつ)れ、羽織っている白衣のような上着の肩はずり落ち、汗だくで息を切らしたエミリィは、ようやく行方不明になっていたエルの姿を見ることが出来たのだった。





『うわぁあああああああん……ああぁぁあん……!』


 涙をボロボロと流し、腕で目をこすりながら俯いて大声で泣き叫ぶエル。

 その姿を見たエミリィは、一も二もなくエルに抱きついた。


 よく見れば、エミリィの足はガクガクと震えている。あちこちを全力で駆け回ったのだろう。スカートの裾は、何かに引っ掛けたらしくボロボロに裂けており、手にもいくつか痛々しい擦り傷が見える。


 だが、そんな事はお構いなしにエルを抱く手に力を込めた。


「もう……心配したのよ……? 無事でよかった……うぅ……」


 (ひざまず)き、頬をエルの頭に擦り付けるエミリィ。その頬には涙が伝っていた。

 その腕の中に抱かれていたエルの泣き声もまた、先程までとは違っている。


『ううぅ……ごめ、ごめんなさい……! 僕、すぐ戻るつもりで……迷子、なって、あうぅ……ごめんなさい〜〜!!』


 場所もわからず、言葉もわからず、誰も知らない場所に投げ出されて心細かったエル。

 自分を抱いているのがエミリィだと気付いた時は、まるで海を漂流している時に、陸地を見つけた時のような気持ちだった。

 エミリィの腕の中で安心したエルは、同じように泣きじゃくりながらも、先程までとはまったく違う涙を流していた。


 エミリィに抱かれても泣きやまないエルを見て、一瞬不安に思ったサジット達だったが……エミリィに必死にしがみつこうとするエルの両手を見て、ほっとして大きなため息を付いた。



「……世話かけたな」

「いや、そうでもねえよ。俺は自分とこの飯を何本か食わせてやっただけだし。ガウルの旦那も食ってくか?」

「いや……そうだな。一本もらうか」

「毎度」


 ノイジーが差し出した串を豪快に一口で食べきるガウル。


「ご馳走さん」


 串と共にガウルが差し出したのは小銀貨だ。

 これ一枚で、ノイジーの焼き鳥(ビーガ焼き)が五本は食べられる。


「ちょっと待ってくれな、今釣りを出すから」

「いや、取っといてくれ」


 屋台に頭を突っ込もうとしたノイジーを、ガウルはやんわりと引き止める。


「え? いや、いくらなんでも多すぎるぞ」

「エルにも食わせてくれたんだってな。その分だよ」

「いや、ありゃあ俺がオゴったんだよ。第一、それを含めたって多すぎだ」

「いいんだよ。黙って貰っとけや」


 頑なに釣り銭を受け取ろうとしないガウルを見て、ノイジーは苦笑した。


「分かったよ。その代わり今度、またあの子連れて来てくれよ。腹いっぱい食わしてやるから。これは、先払い分として貰っとくぜ」

「……あぁ」


 ようやく引き下がったガウルに、ノイジーはやれやれと溜息をつく。


(全く、どうしようもないお人好しだな、この男(ガウル)は)


 こんな事で得をしたって仕方がない。今度から、あのお嬢ちゃんが来たら腹いっぱい食わせてやることにしよう。

 そう考えたノイジーも、ガウルの事を言えない程のお人好しだ。

 そんな自分を棚に上げて、ノイジーはニヤニヤとした笑みを浮かべていた。


「……何だよ」

「何でもねえ」


 不器用だが優しい二人の間に横たわる、穏やかな空気。

 もっとも、その空気も「……隠し子?」と尋ねたノイジーの脳天に無言で拳骨が落とされるまでだったのだが。






 エミリィに抱きしめられ、だんだんと落ち着いてきたエルは、少し離れた所にガウルが居ることに気付いた。


(怒ってると思ってたのに、主人さんも来てくれたのか……)


 よく見れば、エミリィ程ではないものの、ガウルの格好も随分と汚れていた。顔には(すす)が付き、シャツの背中は埃にまみれ、刈り込まれた髪には木片が絡まっている。細い路地や物陰を探し回った結果だ。

 それほど汗をかいていないように見えるのは、体力の差なのかもしれない。


 そしてエルの見ている前で、小袋から何かをつまんで渡している。街灯の光を反射してキラリと輝いたそれは、硬貨のような形をしていた。


(僕の代金……主人さんが建て替えてくれた? ……もう、ホントに、何やってんだ僕は……迷惑ばっかりかけて……ああ、もう、本当に情けない……)


 情けなさから顔を伏せ、エミリィの胸に顔を埋める。衛兵の男性が一瞬、やたらと真面目な顔でその様子を盗み見ていたが、男性的な欲求が殆ど失われているエルにとっては、枕に顔を埋めるような感覚なのだ。


(……よし)


 しばらくして落ち着いたエルは、エミリィの腕をするりと解いて歩き出した。

 不思議そうな顔をしたエミリィに背を向け、エルが向かった先には……ガウルが居る。

 エルは、その瞳をまっすぐに見つめていた。






「え、エル?」


 ノイジーに制裁を食らわし、むすっとした顔で佇んでいたガウルは、急に寄ってきたエルの姿に戸惑いを隠しきれない。

 やがて自分の正面で立ち止まったエルは、涙に濡れた瞳でガウルの双眸をじっと見つめていた。


「な、なんだよ? その、あー、何だ……」


 自分の図体でエルを怖がらせてしまうから、極力姿を見せないようにしていた。

 それなのに、肝心のエルが自分に向かってきて、立ち止まったのだ。

 そんなエルの唐突な行動に、ガウルは困惑していた。


(ど、どうすりゃいいんだ? ここで逃げ出すのもなんか違うよな……っていうか、エルは何がしてえんだ? 俺が怖くて泣きながら逃げ出したんじゃなかったのかよ?)


 朝の、泣きながらドアにすがりつくエルの姿が脳裏をよぎる。

 またあんな目に遭わせてしまうのではないか。そう思ったガウルは、どうすればいいか分からずに硬直していた。


 明らかにオロオロと困り果てているガウルを、エルはじっと観察していた。


(……これのどこが、山賊の頭だよ。どう見ても、優しいおじさんじゃないか)


 ガウルは、エルを怖がらせないようにしている。目の前の挙動不審なガウルをじっくりと見てみれば、一目瞭然だ。

 よく見なくても、その評定は困惑の色に染まっている。下手なことをすれば、ガウルの方が泣いてしまいそうだ、とエルは思った。

 何かを呟いている声は、実に優しげで……意味こそわからないが、それがエルを傷つけるような言葉ではない事くらい、簡単に分かる。


「あー……なんだ。その、朝は……悪かった。驚かすようなことをして……そんなつもりじゃなかったんだが……」


 気まずそうに喋るガウルの姿を見て、エルは心が苦しくなった。

 エミリィと違い、食事の時くらいにしか顔を合わせる事のなかったガウル。彼は無愛想ではあった。しかし、ごはんを食べるエルを見る時に浮かべる、あの満足そうな笑顔。

 あの人に似た、見る者を安心させてくれる笑顔を、ガウルは浮かべていたのをエルは覚えていた。


 それなのに、今はどうだ。エルの眼の前に居るガウルは……怯えている。目の前の子供を怖がらせてしまう事を怖がっている。

 そして、そんな態度をガウルに取らせてしまったのは、エル(自分自身)なのだ。


 彼を傷つけてしまったのは、エルだ。


『……ごめんなさい。ごめんなさい……」

「お、おい?」


 エルはそっとガウルの腰に抱きついて、謝罪の言葉を口にした。

 言葉は伝わらない。だから、エルは全身でガウルに気持ちを伝えようとしたのだ。


『怖がってしまって、ごめんなさい。勘違いしちゃって、ごめんなさい。……あと、助けてくれて、ありがとう。ぐすっ……おいしいごはんを作ってくれて、ありがとう。うう……あなたのごはん、本当においしかったです……ふえぇん……』


 全身でガウルにしがみついて、エルはそう告げた。

 謝罪と、感謝。言葉で伝えられない気持ちを伝えるために、エルはガウルを抱きしめて頭を擦り付けていた。

 エミリィが、エルにそうしてくれたように。言葉なんて分からなくても、優しい気持ちを伝えてくれたエミリィのように、ガウルに気持ちが伝わるように。



 エミリィも最初は、またエルが何かのトラウマを刺激されて、望まない行動を取り始めたのかと思った。

 しかし、エミリィにはエルの行動が理解できなかった。エルの習慣や反応は、奴隷の教育であったり虐待であったり、そういった行為の名残で説明できる。

 けれど、こんな行動を起こしそうな原因は思い当たらなかったのだ。


 必死にガウルにしがみついているエルの様子は、どう見ても大人に甘えているようにしか見えない。その様子を見たエミリィは、ようやく身体に入れた力を抜いて笑うことが出来た。


「……ふふっ、良かったじゃないガウル。エルも、あなたが本当は優しい人だって気付いてくれたみたいよ」

「………………………………………………そうか」


 エミリィの(からか)いに、ガウルが反応するまで随分と間があった。というか、エルに抱きつかれた時の格好のまま、ガウルが固まっている。


『……?』


 完全にフリーズしていたガウルを、エルは不安そうな顔で見上げた。

 少しずつ不安そうな色が差し込んでくるエルの表情を見て、ガウルは我に返り、慌てた。


「あー……………………なんだ、その」


 気恥ずかしさから目を逸らしそうになったが、何となくだが……今目を逸らしたら、エルは泣いてしまう気がした。

 内心の葛藤を乗り越えて、やがてガウルはゆっくりと、その手を延ばす。


『あっ……』


 エルの頭にごつごつとした手をそっと載せたガウルは、そのままゆっくりと、優しく頭を撫でてやった。


「……あの魚……な、庭で冷やしてるからよ……明日にゃ、身が熟成して食べごろになってる。うめぇもん作ってやるから、なんだったら、その……」


 ――食いに来い。

 そう続けようとしたガウルは、エルの表情の変化に気付いた。


 エルは、ぽろぽろと涙を流している。

 しかし、その表情は……まるで、ガウルの作った料理を食べた時のような、満面の笑顔だった。






次話は、4/9(月) 12:00の更新になります。

12話で出会いのエピソードが一段落付くので、4/9(月)以降は一日一回の更新になると思います。よろしくお願いします。

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