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010 僕、お金持ってないんです

(やっばい。元の場所にすら戻れなくなった)


 すっかり陽の落ちた町の中を、エルはとぼとぼと歩いていた。

 木もれ陽亭から歩いて5分もしない所にあった筈の宵闇亭だが、エルが木もれ陽亭から飛び出してから、既に一時間近くが過ぎている。


(いや……方向音痴なのは分かってたけどさあ……いくらなんでもこんな単純な道が分からなくなるなんて事ある?)


 エルはそう思っていた。なんせ、宵闇亭から木もれ陽亭までの道のりは呆れるほど単純なのだ。

 宵闇亭から出ると、そこは大通りとまでは行かないにしても、そこそこ大きな通りだ。そこを1分程歩くと、大通りに当たる。

 右に曲がって大通りに入り、そこをまっすぐ歩いていくだけで木もれ陽亭が見える。……ただ、それだけの道のりだ。


 入る道を間違えた、という事は起こりうる。それに付いてはある程度仕方のない事だ。

 しかし、一旦リセットしようと大通りに戻っても、大通り沿いにある筈の木もれ陽亭にすらたどり着けないのはおかしい。


(一体、どういうことなんだ……!? 呪いか!?)


 実際は、単純な話で……宵闇亭の近くには、宵闇亭を挟むような形の大通りが二本ある。宵闇亭を出て右側に進むと当たるのが3番通り、左側に進むと当たるのが7番通りだ。

 今エルがいるのは、木もれ陽亭がある3番通りとは別の、7番通りだ。


 案の定、エルは宵闇亭のある通りとは別の道に入っていった。

 そこもそれなりに大きな道ではあったのだが、その道は微妙に曲がりくねっていた。

 この街の道は、賽の目上にきっちりと作られているわけではなく、中心部から放射状に伸びている大通りをそれぞれ横に繋いだ「蜘蛛の巣」状の構造をしているせいだ。3番通りと7番通りも、平行に伸びている訳ではない。

 そのため方向音痴のエルは、3番通りから横道に入って7番通りに出たというのに、「あれ? 戻ってきちゃった」と思ってしまったのだ。


 そして、今に至る。


(ううっ……どうしよぉ……完全に迷子だよお……おなかもすいてきたし……)


 言葉も全く通じない見知らぬ土地に、一人で放り出されてしまったエルは急に心細くなってしまった。

 別にエルは、エミリィの元を離れようと思ったわけでも、逃げ出そうと思ったわけでもない。木もれ陽亭か、宵闇亭に帰ることは出来るだろうと思って気軽に出かけたつもりだったのだ。


 日が沈むと共に、街灯として設置された魔力灯が煌々と辺りを照らしている。そのため日本にある繁華街と変わらない程の明るさが7番通りには満ちており、暗闇に怯える事がなかったのがエルにとっては不幸中の幸いだった。


 とはいえ、不安感と空腹感で悲しい気持ちになってしまったエル。

 だんだんと泣きべそをかきはじめ、道端にあるおいしそうな匂いを漂わせている屋台の前で立ち止まってしまった。


「どうしたんだ、お嬢ちゃん」


 その様子を見て、屋台の主がエルに声をかけた。

 ひょろ長の中年で、某怪盗を彷彿とさせるモミアゲが特徴的な男だ。

 言葉は理解できなかったが、声をかけられた事に気付いたエルは、一応『ここどこ……?』と尋ねてみる。


「あっちゃ……異国人か、まいったなあ……」


 聞きなれないエルの言葉に店主は困ったような顔をする。


「親はどうした? 迷子か? なかなか可愛い服着てるじゃないか、ママに選んでもらったのか? そんな顔してちゃせっかくの美人さんが台無しだぜ」


 店主は気さくに声をかける。こういうのは犬猫と同じで、言葉は通じなくても「私はあなたに話しかけていますよ」という姿勢を見せるのが大事なのだ。

 エルも話しかけられている事は分かっているのだが、いかんせん言葉がまったく分からないので返事をする事も出来ず、ぐすぐすと鼻を鳴らしながら店主を見つめていた。


 きゅるる〜……


 その瞬間、エルのお腹が可愛らしい音を立てて鳴る。

 さすがに恥ずかしくなってしまい、エルはお腹を押さえてしゃがみこんでしまった。


「お? 腹減ってんのか? ちょっと待ってな」


 そう言うと店主は屋台の裏手に回り、すぐに戻ってきた。その手には美味しそうな匂いを上げる焼き鳥のような串焼きが握られている。


「ほれ」

『……くれるの?』

「食い方は分かるか? ああ、ちょっと待ってろ」


 エルの手を取り串焼きを握らせた店主は、再び屋台に戻ってもう一本の串焼きを持ってきた。


「こうやって食うんだ。ハムッ! むしゃむしゃ……かぁー、やっぱうめぇなあ〜、うちの焼き鳥(ビーガ焼き)は」


 串を横にして噛みちぎるように食べる。野性的な(ビーガ)の味がいっぱいに広がり、店主は笑顔を見せた。


(……食べて良いのかな。うぅ、だめだ。我慢できない! いただきます!)


 エルは恐る恐る焼き鳥(ビーガ焼き)を口に運んだ。

 じっくりと焼かれていたのだろう、表面は意外と歯ごたえがあったのだが……噛んだ瞬間、肉汁がビュッと飛び出してきた。

 少し肉の臭みが強いが、よく絡んだ甘じょっぱいタレのお陰で、それも一つの味わいかもしれないと思える仕上がりだ。


『……おいしい! おいしいよこれ!』


 エルは夢中で串にむしゃぶりつく。

 言葉はわからなかったが、その様子を見れば自分の商品を少女がどう感じたのかなんて一目瞭然だ。

 店主は満足そうな顔で笑った。



 暫くして、店主に勧められるままに焼き鳥(ビーガ焼き)を3本も完食してしまったエル。

 おなかがいっぱいになって幸せな気持ちになったのだが、一転、何も考えずに何本も焼き鳥(ビーガ焼き)を平らげてしまった事に気付いて青ざめる。


『あ、あの……』

「ん、どうした? まだ欲しいのか?」


 イイ笑顔で更なる串を差し出してきた店主に、首をブンブン振りながら後ずさるエル。


「もういいのか?」

『おじさん、あの……ごめんなさい、僕、お金持ってないんです……』


 俯いて、手を握りしめて震えるエル。

 その手には、三本の串が握られている。


 前世のエルが住んでいた駅前の商店街には、美味しい焼き鳥屋さんがあった。店内に入らずとも、通りに面した小窓から注文すればすぐに焼きたての串を出してくれる。

 店先でそれを食べて、食べ終わったら串の本数分だけお金を払う。そんなシステムだった。

 その習慣から何となく食べ終わった串を持ち続けていたのだが、今のエルには手の中の串が無銭飲食の証拠であるように思えてしまい、居心地の悪さを感じていた。







(……これだけ待っても親が来ないって事は、やっぱ迷子だろうな。この身なりで孤児ってこたぁ無いだろうしな)


 焼き鳥屋の店主――ノイジーは、困っていた。

 エルが言葉の通じない異国人の子供である事は間違いない。

 早いところ親を見つけるか、衛兵に引き継いで親を探してもらう必要があるのだが、屋台を放っておく訳にもいかない。

 顔見知りの客の一人でもいれば任せられるのだが、生憎と今は誰もいないし、今のノイジーに出来ることは子供をあやしながら誰かが来るのを待つだけだ。


(うーむ、腹一杯になって不安が来ちまったのかな? まいったな、どうするか……こんなもん(ビーガ焼き)で機嫌が治るならいくらでも食わせてやるんだが……)


 当然、ノイジーにはエルに焼き鳥(ビーガ焼き)を売ったなどという認識はない。腹をすかせて泣いている子供が可哀想だったので、自慢の商品を食わせてやっただけだ。

 美味しそうな顔で必死にむしゃぶりつく姿が可愛かったので、思わず二本三本と追加で渡してやったのは仕方のないことだ。

 その後、おなかがいっぱいになったらしい子供が再び泣きそうな顔を浮かべたのを見て、飯を与える以外の慰め方が思いつかなかったノイジーは困り果ててしまったのだ。


 と、そこに丁度よいタイミングで顔なじみの姿を見つけた。


「おーい! サジット! こっちだ!」

「ん? なんスか?」


 そこに居たのは、綺羅びやかなハーフプレートの鎧に身を包んだ、この町の衛兵だ。兜は付けておらず、癖のある赤毛を風にたなびかせている。眠たそうなタレ目は柔らかい印象を人に与え、やや面長ながらも整った顔立ちでこのあたりの女性をきゃあきゃあ言わせているが、それに彼が一切反応しないのは、そんな事をしたら後で嫁さんが怖いからだ……という事をノイジーは知っている。


 そんな彼――サジットは、この屋台の顔なじみでもあり、ノイジーの友人でもあった。


「悪い、ちょっと店見ててくれねーか。迷子っぽい子供を見つけてさあ、困ってたんだよ」

「迷子ッスか?」

「ああ、ちょっと来てくれるかい」


 そう言って、サジットを屋台に連れていく。

 そこには、串を握ってぐすぐすと泣きべそをかいているエルの姿があった。


「お、こりゃあ……」

 エルの姿を見たサジットは、驚いたような表情を浮かべる。


「その子なんだけどな……ふらっと現れて、ぐすぐす泣いてたんだよ。とりあえず飯食わせたら、落ち着いたみたいなんだが」

「そうなんスか……ノイジーさん、この子、ちょっとウチで預かってもいいッスか?」


 サジットの意外な提案に、少し驚いたノイジー。

 彼は面倒くさがりなので、自分から子供を連れていくと言い出すとは思っていなかったのだ。

 店の商品(ビーガ焼き)を食ってもいい代わりに、店の番を頼めれば十分だと考えていた所だったので、サジットの反応は意外だった。


「ん? お前が連れてってくれるのか? それはそれで助かるが」


 訝しむようなノイジーの視線に、サジットは事情を説明する。


「うーん、多分その子、うちの上司(・・・・・)が探してる子だと思うんスよね」

「そうなのか? ……あいつが?」

「ええ。探してるっていうよりは、見つかったら教えろって感じだったんスけど」

「なるほど。まあ、異国人の子供だからなあ……あいつが関わってる事もあるか」

「ッスね」


 サジットの説明で納得したノイジーは、そのままエルの事を彼に任せようとしたが……


「じゃあ、ちょっと連絡入れてくるんで、もう少しこの子の事見てもらっててもいいッスか?」

「おう、任せとけ」


 そう言って、サジットは一旦屋台を後にした。

 預かると言っておきながら、面倒をこちらに押し付けている。ちゃっかりしているサジットの行動に、ノイジーは思わず笑ってしまった。






(……やばい、やばいやばいやばい……)


 その一方で、二人が会話している光景を見たエルは、顔を真っ青にして震えていた。






次話は本日18:00の更新になります。

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