表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あみぐるみ戦争 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 くう、どうも体中が痛くてかなわん。関節がだいぶまいっちゃってね。お酒の飲み過ぎかな。こーちゃんは大丈夫かい?

 こうも痛いと、成長痛を思い出すよ。私は痛みに関して敏感な上に、けっこう引きずる方でね。「この痛みは、あの時の痛みと似ている」と瞬時に引き出せる特技があるんだ。私にとっては「のど元過ぎても、熱さを忘れず」ってとこかな。

 こーちゃんはどうだい? 成長痛があった自分を、覚えているだろうか?

 ――何となく、痛かった、という記憶しかない?

 うん、今までに聞いたところ、そう答える人が多かったね。痛みそのものの質としては「オスグッド」に近いものがあるが、成長期のひざの筋肉が原因と言われる、この症状と違って、成長痛は身体全体に現れる。それはどうしてか?

 その痛みについて、少し面白い話を聞いた。こーちゃんも聞いてみないかい?


 先ほど「オスグッド」と区別するために挙げた成長痛も、大きく分けると二種類あるようだ。一つは下半身に集中し、2歳ごろから10歳ごろまでの間に経験する、夜の痛み。もう一つは10〜15歳くらいの間に経験する、関節の痛み。

 どちらも一昔前には、成長と共に治るから、放っておいて構わないとも言われていたようだ。現在では研究が進められ、ホルモンの問題やメンタルの問題など、一緒にいる人のケアが重要だと認識されることが増えてきている。

 だが、私が聞いた話は、それらとはもっと別なところにあるのでは、という意見なんだよ。


 友人は小学校に上がった頃から、成長痛に悩まされるようになったらしい。

 夜になるとやってきて、朝になるときれいさっぱりいなくなる、耐えがたくも不可思議な痛み。椅子に腰かけている時も、ふとんに寝転がっている時も、問答無用でやってきた。

 時に我慢が聞かずに親を呼ぶことがあったものの、「大きくなれば、そのうち無くなる。身体が育っている証拠だ。辛抱、辛抱」と捨て置かれたらしい。

 友人の場合は月に3,4回の頻度でやってくる。いつ来るか、いつ来るかと心配になって、どうにか避ける方法を考えようと思ったんだとか。その結果、ひと月くらいの間、運動を控えてみることに決めた。


 これまで外で遊ぶことが大半だったから、この自粛期間は、教室の残ったみんなが何をしているのか、観察することができた、いい機会だったと友人は話していたよ。

 教室では女子のウエイトが大きく、中でもクレーンゲームでとったと思しき、動物をコンパクトにかたどった、ぬいぐるみ、あみぐるみを使う、「せんそうごっこ」をよくやっていたそうな。手に持って、ぽこぽことぶつけ合う、ほとんどじゃれ合いのようなものだったとか。

 彼らマスコットは、友人がイメージしていた、「すっぽんぽん」のテディベアなどとは違い、体型に合わせて服を着こんでいた。主にセーターやフード付きのパーカーで、元からついていたらしい、質の高いものから、自作したと思われる、ゆがんだバランスまで様々だったようだ。

 

 特に目を引いた女子の一人が持っていたあみぐるみ。どうやら身体から、それを包む服まで自作しているらしい、手のひらサイズのアザラシだった。

 そのすべては、紅白入り混じる糸で紡がれている。初めて見た時友人は、家にあった出雲大社の「縁結びの糸」にそっくりだな、と感じたらしい。印象に強く残る色の取り合わせ。

 どうして、そんなにどぎつい色を使うのかと尋ねたところ、「お母さんが、これで編みなさい」と、糸を用意してくれるのだとか。自分で編んでいるのか、と友人は驚いたらしい。実際のところは母親が大半で、最後に仕上げを手伝うくらいだが、それだけでも大したもんだ、といたく感心したんだとか。


 それから友人は、毎週、違うあみぐるみを用意してくる彼女と、話をする機会が増えたらしい。時間を重ねるにつれて、じょじょにあみぐるみのサイズは大きく、つくりは複雑になった。更に、服装もどんどん手が込んでいく。

 最初はシンプルなTシャツを着たキャラがほとんどだったが、今はややぶかぶかのニット帽と、長袖のセーターといった具合に、暖かそうな冬の格好をしていた。


「ちょっと仕上げをしくっちゃってさ。ほつれを直しきれないところとか、隠すためなんだ」


 彼女は笑っていたけれど、友人はかえって、こんな手が込んだことをする方が大変なんじゃないか、と思ったんだとか。


 数週間後の夜。友人はコンビニへの買い出しを頼まれた。ちょうど、明日のお弁当のおかずのために、必要な調味料を切らしてしまったんだ。一人で買い物をする練習もかねて、友人にその用事が頼まれた。

 お金を預かって、近くのコンビニに向かう。およそ徒歩3分。近くの道は車通りが多くなく、安全にたどり着けるはずだった。しかし、視界の数十メートル先で。

 すっかり辺りが暗くて、影しか見えないが、何かがしきりに飛び交っている。それは二つのこぶし大の影。それがまるでハエ同士が喧嘩しているかのように、空中で音もなくぶつかり合っているんだ。

 何だこれは。近づきがたい雰囲気に、思わず友人が後ずさった時。


「あーあ、見られちゃった」


 背後から、ポンと肩に手を置かれた。びっくりして振り返ると、あのあみぐるみの彼女。


「よりによって、君かあ。他のみんななら、どうにでもしてやるんだけど……さあて」


 はずんだ声音。楽しくて仕方ない、という気持ちを隠そうともしないで、手を置いたまま、友人の隣に並ぶ彼女。ほおを伝って、汗が垂れ落ちる。

 そこへ先ほどの影の片割れが、こちらに飛んできたかと思うと、彼女の肩にとまった。

 昼間にも見せてもらった、あみぐるみ。服と帽子がひどくほつれている。


「今日はちょっと手ごわかったかな? それとも、調子悪かった? じゃあ、直そうか。今すぐに」


 彼女がすっと、空いた手を友人にかざす。同時に、久しく遠ざかっていた痛みが、両脚に走った。


「前、お母さんが糸を用意してくれたって話したよね。あれ、ウソ」


 あまりの痛さに、友人は膝を抱えるようにして、その場にうずくまる。彼女は悠然と見下ろしながら続けた。


「この子をあむのに、上質な糸は子供からしか取れない。いや、厳密には『すじ』なのだけどね。昼間のせんそうごっこは、夜のための準備のようなもの」


 彼女はすたすた歩き始め、友人は痛む脚をさすりながら、声を押し殺し、背中を見つめるしかない。

 その歩みを止めずに、彼女は続けた。

「私の邪魔をするなら、今度は君の『筋』を全部抜く」と。


 それから彼女は相変わらず、せんそうごっこをしていたけど、友人は忠告通り、近寄ることはしなかったようだ。

 筋肉には赤いものと白いものがある、と知った時には、ぞっとしたみたいだけどね。

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ!                                                                                                      近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ