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千年の竜血の契りを、あなたに捧げます  作者: 凛子
第四幕:黄金の竜
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169 竜血の呪い


 突然の発火が起きたあと、フェイリットは意識を失った。

 コンツェは何の躊躇もなく二人の元へ駆けつけてから、気づく。フェイリットを抱えたバスクス二世まで、片膝を地に落としていることに。


 苦しげな息を吐いているが、バスクス二世の意識はあった。それよりも、問題はフェイリットだ。頰に触れても、揺すっても、ぴくりとも動かない。ただ首筋の脈は強く打ち、呼吸も均一に繰り返されている。

 アルマ山で重傷の彼女を助けているから、間違いはない。フェイリットは無事のはず。コンツェは半ばそう願いながら、

「軍医は!?」

 と周囲を見渡す。真っ先に駆け寄るであろうアンジャハティが不在ということは、答えを聞かずとも分かった。


「必要ない。……誰も動くな」

 コンツェの問いに答えたのは、エレシンスの声だった。はっと横を見れば、バスクス二世の腕に居たはずのフェイリットが、エレシンスの腕に抱えられている。

シフィーシュ(、、、、、、)、だと?」

 エレシンスは強い視線でバスクス二世を眺め、歯噛みした。



 バスクス二世が咄嗟に叫んだ、フェイリットの名前。

 サディアナ・シフィーシュ・ファロモ=フィディティス――それがフェイリットの正式な名だった。メルトロー王国の慣例に従うならば〝シフィーシュ〟と呼ぶのは正解。しかし、あれほど打ち解けた関係を見せておきながら、今さら慣例の呼び名など使うだろうか。〝フェイリット〟と呼ばれることを、なによりもフェイリット自身が望むはずではないのか。



 バスクス二世は空になった腕をしばらく見つめ、沈黙のまま立ち上がった。エレシンスにその目を向けるが、やはり何も言うつもりはないように見える。


「……貴様、」

 エレシンスは(ひね)り出すような怒声を張った。

「しらを切るつもりか!?」



 バスクス二世の表情は、何も映してはいない。(わら)うでも(しか)めるでもなく、漆黒の瞳が静かにエレシンスを捉えている。

 初対面であるはずの二人の間に、儀礼的な挨拶はなかった。微かな違和感の元は、きっとこの二人の空気にあるのだ。とコンツェは思う。



「……何が言いたいのか、分からんな」

 わずかの空白ののち、バスクス二世は返した。エレシンスが鼻で嗤う。

「誰だ? とまず問われるものかと思っていた」

 そのエレシンスの問い詰めに、ディアスは小さな息をつく。

「では、誰だ?」


 要求通りの台詞を聞いて、エレシンスの首に筋が浮かんだ。深い怒りはゆらゆらと彼女の髪を揺らす。その姿は、あきらかに人間とは思えない風貌だった。たいていの人物ならば〝何者なのか〟と疑問に感じるところだ。


「……覚えているのか」

 エレシンスの片方だけの目には、涙が滲んでいた。決して弱さを表すものではない。強い怒りの雫が、ゆっくりと頬をつたう。

「何を?」

「しらばっくれるなと言ってるだろう! これを見ろ!」

 エレシンスは、握りしめたままのフェイリットの手を無理矢理にこじ開けた。そこから真っ黒な塊を掴み上げ、

「炭化してる。こんな反応が、無知覚の者に起こる筈がない」

 エレシンスは忌々しげに言った。



「アルジャダール!」



「私は私だ」

 バスクス二世は低く答えて、エレシンスを見やる。

「その娘と同じくな。ディルージャ・アス・ルファイドゥル・バスクス――申し遅れたが、私の名だ」

 エレシンスは肩で息をして、よろよろと後退(あとじさ)った。フェイリットを固く抱きしめるまま、その柔らかい髪に唇をうずめる。

「覚えておけ。竜と契約した者の魂は、死後砕け散って消えていく。二度と同じ人格として生きることはない。……帰るぞエトワルト」

 エレシンスは踵を返し、フェイリットを抱いたまま駱駝に跳び乗った。白虎姿のままシャルベーシャが、何も言わずに背を向けてくる。

「……アルジャダール……? どういうことなんだ、いったい……」

 コンツェの呟きに、答える者は無い。白虎(タァイン)のままの姿で、シャルベーシャが横に並んだ。その背に跨り、思案のまま硬い毛を掴む。

 その後ドルキア公国の門扉をくぐるまで、エレシンスは何も語ることはなかった。




 *


 急速に遠ざかっていく使者(かれ)らを、ディアスはじっと眺めていた。姿も見えなくなった頃合いに、天幕の向こうからウズルダンが現われる。

「陛下、あちら(、、、)の用意はとうに出来ておりますが。どうなさいますか」

「防衛線は崩すな」

「承知いたしました」

 ウズルダンは先の出来事を問うことはせず、自らの仕事だけを見ている。なんともウズルダンらしい働きぶりだった。

 ふと頬を歪め、ディアスはアルスヴィズの背に跨がる。

防衛線(ギスエルダン)に入る」


「信じてやらないのですか。……講和を、と耳にしましたが」

「机上で組み上げた策など、ひとたび外へ持ち出せば大なり小なり齟齬(そご)が生じるものだ。その軌道を修正する力が、あれらに果たして備わっているか」

 その齟齬のいい例が、あの女になるだろう。

「応用は経験でのみ培われます。ディフアストンの人となりを思えば、生じる摩擦は我々にとっても大きいでしょう」

「ああ、やはり一筋縄ではいかんようだ」

 エレシンス(あのおんな)が再び彼女を抱き込むつもりなら、もうイクパルに未来は望めないだろう。

 今から遡ること千年と少し。その断片的だった記憶の全てを、ディアスは取り戻しつつあった。


 *


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