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千年の竜血の契りを、あなたに捧げます  作者: 凛子
第一幕:宰相の小姓
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015 寝ものがたり

 強い風で土埃が舞い上がる。目の前に黄色い靄がかかるような練兵場で、コンツェは自分の隊に号令をかけた。

 中隊長という役職は、士官ではあれど近衛師団の中で下層の部類。新人を鍛えたり、戦争では前線に出て指揮の伝達を請け負う。


 いくつかの組に分け、騎馬で模擬試合をするのが鍛錬の殆んどだが〝模擬〟というほど生易しいものでは決してない。

 一対一の試合ではなく、一対三から始まって、できる者には十人の騎馬と戦わせたりする。やられたらやられたで、当然落馬だ。そこでくたばっていては、馬の足に踏まれてあっという間に命を落とす。


「ガジィラ! 死ぬぞ、落ちたら奪ってでも乗れ!」

 落馬したまま大の字で空をぼんやりと見上げていた騎馬兵の一人――ガジィラを叱咤して、コンツェは試合の流れがよく見渡せる位置まで馬を戻した。


「コンツェさん!」

 馬を駆りながら伝令に向かい指示を出していると、足元から声がする。コンツェは慌てて目線を落とし、瞠目した。

「トリノ!?」

 乳色の、丈の短い衣装。どこの小姓かとよく見れば、ワルターの所のトリノだ。舞い散る土埃に顔を顰めながら、必死になって騎馬上のコンツェを見上げている。


「何やってんだ!」

 騎馬が入り乱れる中、丸腰の人間が紛れ込むなど危険極まりない。

 手を差し伸べて、コンツェは小柄な身体を引き上げた。馬に轢かれて怪我でもさせたら、ワルターに面目も立たない。

 自らの前にトリノを座らせ、コンツェはたずなを横に引っ張った。騎馬の群れから少しはずれた場所まで移動し、小姓の額を小突く。


「馬鹿、死にたいのか」

「申し訳ありません、大佐が至急の言伝をと。宜しいでしょうか」

「は、俺に?」

 頷くその顔をまじまじと見つめて、職務中に珍しいなと首を傾げる。

 無階級の自分に、職務上の事柄が大佐であるワルターから直々に下りてくることはまず無いのに。


「わかった、言ってみろ」

「テナン公爵がお見えだそうです。面会をお求めだと」

 再び目を丸くして、コンツェはトリノの言葉に軽く頷く。

「親父が?」

 父が、帝都に来るのは何年振りであろうか。現帝が即位と同時に元老院を凍結して以来…だったような気がする。


 コンツェは〝少佐〟とつくべき階級を、ずっと断り続けていた。

 二十にもなった貴族の息子が、階級も付かず中隊を牽引している。それが批難の対象になることも珍しくない。

 覚悟が無いと、帝国を(そら)んじるとさえ言われても。快諾に至れない一番の理由は〝父親〟だ。


「来訪の理由は知らないな?」

 問いかけにトリノは「はい」と頷いた。彼を安全な場所に降ろして、コンツェはワルターの居る執務区まで馬を駆る。




 *


 「大元老が集結したですと…!?」

 驚きの声を上げる元老院議長―――トゥールンガを横目で(にら)みつけ、ウズは小さく息をついた。

 驚くべきことではない。イリアス公爵…いや、イリアス公王にまで、先の竜狩りの話が届いたのだろう。それが他の公王に流れたのは、至極当然のこと。


「ご存知ありませんでしたか」

 ウズの問いに、トゥールンガの顔はみるみる青ざめていく。

「陛下との謁見をご所望のようですが、その前に帝国元老院議長であるトゥールンガ元帥閣下に、真意の程をお聞きしようとかと思いましてね」

 皮肉を込めてそう告げる。まさか二年も前に凍結したはずの議会のことで、呼び出されるとは露ほども思っていなかったのだろう。


 議会の用事でもなければ、この男が〝宰相〟の執務室に呼び出されるはずがない。あろうことか足取りも軽やかに現れたこの男の頭を、花でも咲いているのではないかとうんざり眺める。


 上申機関(げんろういん)を凍結したのにはそれなりの理由があった。が、ただ媚びへつらうだけが特技の男に、同等の目線をくれてやるのは耐えられるものではない。


「トスカルナ宰相閣下…只今確認して参りますのでどうか、」

「必要ありません」

「…は、といいますと」

 きょとん、と肩を落とすトゥールンガに溜息をかけて、

「議会は凍結したはずです。陛下は元老院を拒んでいらっしゃる」

 ウズは目を細めて言った。トゥールンガは視線を受けて小さくなったが、しばらくしてようやく「ではそのように計らいます」と礼を残して足早に立ち去っていく。


「……性格の悪さが(うかが)えるな」

 小さな笑いとともに、仕切りの後ろから男が出てくる。朝にはきっちりと着込んでいたはずの衣装も崩れたり広がったり―――大きく開いた胸元を見て、ウズは苦笑する。

 昼間から、大方の行き先は検討がついた。


「自分の性格の悪さは熟知しておりますが、トゥールンガ公爵は世襲の能無しです」

 ウズがきっぱり言い捨てると、男は肩を竦めて苦笑した。

「私も世襲なんだが……まあ、否定はしない」

 この国の中枢部の人間は殆んどが世襲だ。もちろんウズもその類の中に収まるが、単に位だけ継いだのとは訳が違う。


 目前のこの男もつい二年前まで、牢獄で監禁されていた。それを知る者は恐らく〝関係者以外〟に片指の数ほどもいないはず。

「…面白いものだ。所詮(しょせん)寝物語の竜一匹に、大の大人が子供のように駆けずり回るのだからな」


 たかが竜など、本気で信じているわけではなかった。ただ本気で信じている側の人間に「竜を狩った」と、匂わせたいだけ。

 今ごろ焦りに焦った大元老である四公たちが、保身のために動き回っていることだろう。思惑に嵌められているとも知らずに。


「四公王には、お引取り戴いて参ります」

「ああ、お前のその毒口で精一杯焦らしてやるといい」

 憎らしげに吐き出すその表情は、どちらかというと楽しんでいるように見える。そこで初めて片膝を床につき、ウズは略礼をとった。

「御意に」


 ウズの礼を受けて、イクパル帝国の若き皇帝―――ディルージャ・アス・ルファイドゥル・バスクスは、ゆっくりとした動作で椅子から立ち上がる。

「まずはバッソス公国か」

 呟くようにそう残し、バスクス帝は執務の幕を乱雑に()ね退けて行った。




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