表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年の竜血の契りを、あなたに捧げます  作者: 凛子
第四幕:黄金の竜
157/174

156 貴女に添う


 「我が(ディファン)最愛の(・エル・)娘へ(ギエータ)……」

 コンツェは表題を呟くと、そっと頁をめくった。

 特徴のある装丁と、整然と並ぶ筆跡。そして、なにより意図的につけられたであろう意味深な(、、、、)表題。

「この字……」

 この整然とした筆跡を、目にしたことがある。言いかけたまま、コンツェは口を(つぐ)む。


 すぐに思い当たったのは、ウズルダン・トスカルナ。帝国宰相の筆跡だ。

 本来ならば文官の長であるはずのウズルダンは、帝国軍総司令――つまりは皇帝の代理として、長年のあいだ指令書を軍部に下していたのだ。それは当時、中隊を指揮していたコンツェの手にも例外なく渡っていた。


 武官であったコンツェは、文官の最たる位置の〝宰相〟と、仕事でつながることがほぼない。そのため、指令書の字はウズルダン本人の筆跡と長く思い込んでいた。


 しかし、コンツェはテナン公国の王になった。即位後、数々の引き継ぎで目にした宰相ウズルダン・トスカルナ本人(、、)の筆跡は、まったく記憶とは異なるものだった。

 ウズルダンは筆跡を変えていた。それも、ただ変えていた訳ではない。皇帝の筆跡を、本人であるかのように模倣していたのだ。


 頁を()る手を止めて、コンツェは首を横に動かす。

 間違いなかった。これは、帝国宰相の字ではない。コンツェが武官であった頃、頻繁に目にしていた筆跡の本来の主――、


 イクパル帝国皇帝・バスクス二世だ。



 そして幾百にも及ぶ口承(こうしょう)の物語を、彼が単なる道楽で編さんしたはずがない。何かが秘められている。それはきっと、イジャローテが言う意味での〝暗号〟ではない。

 皇帝はなぜ、手ずから本など書いたのか。


 一見すれば、親が子に読み聴かせるための物語。表題の〝ギエータ〟も、娘を表す言葉として使われる。


 だが、皇帝に子は居ない。裏にも表にも、その点は確かであることが知られている。

 最愛の娘、というのが、別の者を指すのだとしたら。〝ギエータ〟が示すもう一つの意味。広義である〝若い女性〟の方を指すのだとしたら。


 我が最愛の娘へ――とはつまり〝愛してやまぬ若い女性へ向けた〟とも考えられるわけで……。


「まさか……」

 呟いて、コンツェは手元を凝視する。


 砂漠の地に伝わる大陸創世譚。海に咲く薔薇の話。盗賊と羊飼い娘の旅話。砂漠を泳ぐ人魚の恋話。

 頁をめくれば、大半が恋の物語。イクパルに伝わる大陸創世譚でさえ、愛に報われぬ太陽の嫉妬が始まりだ。


 まるで恋文のようだった。


 全編に渡って綴られる〝愛している〟という台詞。



 ――愛している。たとえ気付かれなくともいい。ただ夢におちるその瞬間に、貴女に寄り添える寝物語を。


 秘められた想いに気づいた途端、全身の肌が粟立っていく。



 バスクス二世は、フェイリットを愛していたのか。



 浮名ばかり流していたはずの男だった。(もてあそ)ばれた女は数知れず。コンツェはフェイリットもまた、弄ばれた一人であると考えていた。

 まさか想い合っていたとは……それも、互いに好意を伝え合うことなく。

 見ていた限り、フェイリット本人に〝両想い〟の認識は無かった。報われない片想いだと思い悩む様子さえあった。


「どうかなされたか、シマニ大公」

「……いえ、」

 イジャローテに、この本の意図は汲めないだろう。

 元老院は凍結され、四公たちは執政の中枢から長く遠ざけられていた。そのせいでドルキア公王は皇帝(かれ)と面識が殆ど無い。筆跡を知れるはずもない位置に居る。


 ドルキア公王イジャローテと、コンツェの決定的な違い。それは皇帝との距離の近さ。帝都に長く暮らし、直轄軍に身を置いていたからこその近さだ。


「これを……捕虜(、、)が持ち込んだと仰いましたか」

「そうだ」

 問いに答えたのはディフアストンだった。そうして(おもむろ)に、無くなった右腕をコンツェに見せる。


「ヤンエ砂漠で奇襲を受けた。白虎の姿を模した、化け物の群れだった」

 その中の一頭がディフアストンを襲い――無惨にも片腕を喰らった。失血で朦朧(もうろう)となりながら、彼は残りの力でその白虎を組み伏せたという。

 一頭を捕えると、化け物の群れは蜘蛛の子を散らすように退却していった。捕らえた一頭をよく調べれば、厚い毛皮の下に何かを隠し付けている。

 それが(くだん)の本だった。


 どのみち指揮官(ディフアストン)を欠いては、それ以上の進軍はできない。本が暗号である可能性をみて、暴れ狂うその一頭を連れ帰ることになったらしい。


 当時の痛みを思い出すのか、ディフアストンの表情が語りながら歪んでいく。

「ザラナバルとかいう、獣に変われる一族がいるとも聞く。だが何をしようにも、あの化け物はヒトの姿に戻らん。捕虜ではあるが、捕虜協定には当てはまらない。人間ではないのだからな」


 ディフアストンの殺伐とした眼差し。本が暗号でないことが分かれば、すぐにでも白虎を始末させるだろう。

 ザラナバル……と心中に呟いて、コンツェは本を閉じた。

「会わせてください。その白虎(タァイン)がもし、皇帝の手の者であるなら……自分には面識があるかもしれません」


 フェイリットを捜す。ディフアストンの信頼を得る。そして、講和の締結を働きかける。

 すべてを一息に片付ける策が、コンツェには見えていた。



◇あとがき◇

いよいよ令和ですね。GW更新3話目でした。

お読み頂きありがとうございます^^


作中、字が綺麗な人ランキングを作るなら、一位はディアスかウズかというところでしょう。(ちなみにフェイリットはとりわけ字が雑)


それでは、次話の予告です。

157話「黄金の竜」は【 5月3日(金)20時ごろ 】の公開を予定しています!


平成の終わりから令和の始まりまで。

どうぞあなたのGWに、フェイリット達がお供できますように^^

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


ブックマークや評価、ご感想など戴けますと
続けていく勇気になります^^

web拍手へのお返事はこちら
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ