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千年の竜血の契りを、あなたに捧げます  作者: 凛子
第四幕:黄金の竜
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155 君に捧げる伽物語

「フェイリットは、貴方に向けて微笑みました」


 フェイリットがディフアストンを〝サミュン〟と呼び、駆け出してからの僅かな時。コンツェは止めようと手を伸ばして、彼女の素早さに間に合わなかった。背をかすめ、(くう)を掴んで、コンツェはたたらを踏む。

 フェイリットは既に、実兄であるはずの男に首を掴まれていた。



 ディフアストンは文字通り、包帯だらけの上体をしていた。フェイリットが驚いたのは、もっともな反応だろう。

 赤黒く血が滲むディフアストンの右腕は、肩をすぎたあたりから先がない。重症と知らされていたものの、片腕を失っていたとは。

 縫合を終え、とっくに塞がっているはずの傷口。微かに漂うのは――まさか腐臭だろうか。


 フェイリットの淡い色の金髪が、ふわりと浮かんでいた。やわらかな光が背中あたりから漏れ出して、あっという間に彼女の身体を包んでいく。


 彼女をディフアストンから守らなくては。踏みだしたコンツェの足は、いつのまにか止まっていた。それに気づかないほど衝撃を受けていた。


 フェイリットが微笑んだのだ。

 ディフアストンに向けて、そしてコンツェに向けて。



 フェイリットの肌を無数の白光が裂き、大きく膨らんでいく。あまりの眩しさに、コンツェは延べていた腕で顔を覆った。

 ――再び目を開けた時、もう彼女の姿はなかった。

 黄金のきらめきが、真っ直ぐに空を(つらぬ)いた後だった。


「殿下へ向けたあの微笑みが、逃亡を企てる者の表情には思えません」

 コンツェは明瞭な口調で告げる。

「きっと戻ります」

 ディフアストンは瞠目して、鼻で嗤った。

「……恋仲でもないお前が〝きっと戻る〟だと?」

「彼女を信頼しています」


 ぎり、と奥歯を鳴らす音がした。ディフアストンの苛立ちが、張りつめた空気を伝わってくる。

 フェイリットを信頼している。それ以上に真摯(しんし)な言葉を、コンツェは持っていなかった。たとえ、彼女からコンツェへの信頼は無かったとしても。


俺は(、、)何者も信用しない、コンツ・エトワルト・シマニ。……だが、互いに国をけん引する者同士。形ばかりの友好として貴殿の意見も取り入れてやろう。サディアナが自らの足で帰るならば、逃亡の疑いを晴らす。だが、我々が捕らえれば命はない。……期限は一昼夜のみ」

 それは意見の尊重というより、試されている、というほうが合うものだった。ディフアストンはこの強引な〝友好の印〟を、コンツェが断れないと踏んでいる。


「……分かりました。では、自分も捜索に加わりましょう」

 渋い顔を見せぬよう、コンツェは細心の注意を払う。

 この状況下。戦争の終結を表明したところで、一笑に付されて終わるだろう。思わぬ遠回りをすることになった。

 フェイリットを捜し出し、ディフアストンの信頼を得る。おそらく、話し合いが持てるのはその後だ。


「ついでに私からも宜しいかな」

 唐突な声は、ドルキア公王イジャローテだった。コンツェが許諾を応える前に、イジャローテは進んでくる。

「お久しぶりですな。大きくおなりで」

 刈り込まれた白髪と、褐色の精悍な顔だち。壮年も板についた歳のはずだが、温和に微笑んでさえ、侮れない空気が垣間見える。反皇帝派として長くありながら、父――先代テナン公王とは決して馴れ合う仲ではなかった。


 コンツェは眼前に立つ男に向けて、丁寧に会釈する。

「齢二十一になりました。再びお会いでき光栄に思います」

 イジャローテは温和な顔のまま頷き、「これを」と懐から取り出した何かをコンツェに向ける。


「……本、ですか?」

 手渡されたものを見ると、美しい布で装丁された書物だった。水色とも翠色(みどりいろ)ともつかぬ微妙な色合いをしている。


「捕虜が持っていたもので、なにかの暗号ではと考えておる」

 本を凝視したままのコンツェに、イジャローテが言い足す。


我が(ディファン)最愛の(・エル・)娘へ(ギエータ)……」

 コンツェは表題を呟くと、そっと頁をめくった。


◇あとがき◇

GW更新2話目でした。

お読み頂きありがとうございます^^


次話はいよいよ令和元日です!

【 5月1日(水)20時ごろ公開を予定しています 】


平成の終わりから令和の始まりまで。どうぞあなたのGWに、フェイリット達がお供できますように^^

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続けていく勇気になります^^

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