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千年の竜血の契りを、あなたに捧げます  作者: 凛子
第三幕:王太子の褒美
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130 資格をもつ者



 エトワルトが犯した過ち(、、)は、速やかにメルトロー国王の元へと伝達された。

 国王ノルティスは、「戦争中の両国にとって〝極めて優先度の低い事案〟である」という簡潔な返答をもたらし……「終戦まで婚姻は認めぬ」と釘をさすことも欠かさなかった。


 立場だけで考えるなら、何十人といる王女の末席でしかないサディアナ。この決断と返答は、まさに規範(きはん)通りとも言えるのだろう。


 半球状に広がりを見せる玉座の間の天井。じっと見つめて辿った後で、アシュケナシシムは目を伏せる。

 玉座に降り注ぐ光の帯は、今は誰の身も包んではいない。そこへ座るはずの国王は、すぐ隣で同じ光景を見つめている。


「お(とが)め無し。……良かったじゃないか」

 軽口を込めて言いやっても、互いを慰めることにはならない。むしろ皮肉にも聞こえただろうその言葉に、エトワルトは短い溜息で応えた。

「勝つよ。ノルティス陛下の、寛大な御心に報いるためにも」

 結果的にサディアナは、エトワルトを釣りあげる大きな餌になったのだろう。終戦まで結婚は認めない。つまりは、敗戦したなら罪にも問おうという返答。

 勝てば傀儡(かいらい)、負ければ斬首。ノルティス王の狡猾な手口は相変わらずだ。

 じりじりと無くなる立つ瀬を、エトワルト自身の手で壊してしまった。自業自得とはいえ、弱味を握られることに同情せざるを得ない。


「ギルウォール兄上、連れてきましたけど」

 気持ちを切り替えようと、アシュケナシシムはいつも通りの態度に(つと)め声をあげた。

 ギルウォールが指定した場所は、テナン公王の玉座の間。声は響くし、広すぎる。内緒話(、、、)をするには、お世辞にも相応しい場所とは言えなかった。たとえ人払いを徹底させ、扉を全て締めきったとしても。


「遅かったじゃねえか。我らが父上様から、死刑の沙汰でも出たか?」

 玉座の向こう。列柱のひとつに身を預けていたギルウォールが、皮肉めいた調子で(わら)う。

 メルトロー王国の第二王子で、不在のディフアストンに次ぐ王位継承権の持ち主。つまり発言権も多大にあるはずの彼が、詮議出席を拒絶した。

 居ても居なくても結論なんか変わりゃしねえ――そう残して。結果は彼の言葉の通り、親の情にさえ欠けた返答だった。〝エトワルトに懲罰を〟と叫んだところで、投げられた(さい)の目は変わらない。王位継承権第三位の、ギルウォールで以ってしても。


「……終戦後、然るべき処遇は受けるつもりです。国土と民さえ、お(まも)り頂けるなら」

 向けられた視線を受け止め、エトワルトが頭を下げる。その目に暗い光を灯しているのに、失意の色は見られない。

 強い意志さえ宿る眼差しを見やって、ギルウォールは忌々しげに舌を打った。

「そんじゃあ、壊すぜ。俺は利き手が使えねえから、お前らやれ」

「壊す?」

「……壊すって何を」

 同時に言葉を続けて、アシュケナシシムとエトワルトは顔を見合わせる。


「何って玉座しかねえだろ」

 ギルウォールの手に握られた鉄製の短槍(たんそう)。疑問を口にする隙も無く、彼から投げるようにして渡される。

「喜べ、野郎ども。お宝探しだぜ」

「えっ?」

 低い声で笑いはじめる次兄の顔と、鉄の槍、光の帯が注ぐ玉座。アシュケナシシムはそれぞれを順番に眺めて、なおも首を横に振る。

「兄上、意味がわかりま……あああ!」

 ヒュッと脇を通り抜ける風に身を反らせば、あろうことかエトワルトだ。自らの玉座を、何の迷いもなく槍で突き崩す。

「エトワルト、」

 砕け散る大きな音が、半球の空間にがらがらと響き渡る。

 さすが軍人上がりと言うべきなのか。白く美しい貝殻装飾(ロカイユ)の玉座は、いとも容易く彼の一撃で壊れたのだった。


「君ってやつは、なんてこと……」

 エトワルトの腕を驚きのままに掴み、アシュケナシシムは眉根を寄せた。曲がりなりにも一国の(あるじ)が、その象徴ともいえる玉座を迷いなく破壊するとは。

 軽率にもほどがある、そう言おうとしてエトワルトを見れば、意外なほど怪訝な目を返される。

「……アシュ。ここに何が隠されているか、俺は知っている必要がある。少なくともフェイリットに関係してるんだろう」

 エトワルトの眼差しに宿る、〝強い決意〟の源泉。昏睡のまま時間を止めたサディアナを思い、アシュケナシシムは渋々頷く。

 〝サディアナに関係する〟――ここに来た理由はたった一つ。


「思った通り(もろ)いな。初めから退()かす為に造ったとしか……」

 そんな二人を尻目に、ギルウォールが一人呟いた。床に散った破片を足で履き、残った玉座の下部分も蹴り壊している。その粗暴な背中は、控え目に見ても略奪に(ふけ)る賊にしか思えない。

「……見ろ、隠し扉だ」

 ギルウォールが示した足下に、四角い石蓋(いしぶた)が見える。三人がかりでそれを持ち上げ、露わになった穴を覗きこむ。

「階段?」

 明かりを灯しているわけではないのに、ぼんやりと視界が利いていた。螺旋(らせん)を描く白い階段を見つけて、アシュケナシシムは首を傾げる。ふとして上を見ると、強い陽光が目を直にくらませた。


「……成る程な、」

 眩しさに腕を掲げるアシュケナシシムを見て、ギルウォールが笑う。

 玉座を包む光の帯は、見る者に畏怖を与える細工のはずだった。意図して造られたその光は今、真っ直ぐ穴に向かって射し込んでいる。

「この採光はこっちを照らすためだったのか」

 本当の目的は、玉座ではなくその下。開かれた扉の先、螺旋の階段の下にある。


「こんな場所があったとは……父も知っていたかどうか」

 驚きも露わに、エトワルトが呟いた。その手を皿に採光を受け、じっと何かを考えている。

「そりゃ、もう分かんねえな」

 ギルウォールは明らかに含んだ目で、ちらと彼を見やった。


「五百年ほど前までは、テナン公国はメルトローの間接統治領(もちもの)だった。お前たちテナン人は、歴史の中にも忘れちまってんだろ?」

 テナン公国の文化や建造物の数々は、メルトローの支配を受けた記憶を確かに宿している。メルトロー王城を模したであろう、均一に並ぶ塔に囲まれた城。区画を制し自然を征する庭のつくりを見ても、イクパルの帝城とは様相が違う。


 そして何より、コンツ・エトワルトという名。脈々と継がれる、メルトロー風の名付けに間違いなかった。

「古書を読まなければ……知ることはない歴史だと思います。自分は八歳までこの城で読み書きを覚えたので、軽く知識のある程度で」

 何百年も前の歴史など、人々の良いようにすり替わるもの。そうして統治を続けてきたシマニ公爵家の、決断でもあるのだろう。

 ギルウォールは深い息を吐き出した後で、エトワルトの瞳を覗き込む。

「コンツ・エトワルト・シマニ。お前にも資格(、、)は十分にあるってことだ」

「資格……」


「さて。この階段の先にある秘密は、俺の独断の開示だってこと忘れるなよ。ノルティスじじいにバレたら、仲良く死刑になれるだろうがな」

「秘密? この隠し通路は、いったい何の目的で」

「まあまあ。まずは俺からの質問だ、エトワルト」

 螺旋の階段に両足をつけ、「やっぱ埃臭(ほこりくせ)えなぁ」と呟くなり舌を打つ。

 そうして数段低い場所から、



「……タントルアスって知ってるか?」


 

 ギルウォールは薄い灰色の瞳を鋭く細めるのだった。



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