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千年の竜血の契りを、あなたに捧げます  作者: 凛子
第三幕:王太子の褒美
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125 征伏の王子

 何処(どこ)からともなく現れる白虎(タァイン)の群れは、追撃にむかうテナン・ドルキア両軍を大いに翻弄(ほんろう)した。

 東方へと軍を進めた皇帝勢力には追いつくこともできず、引き返すにも惜しい距離。砂漠のただ中では、補給を待って駐留することも難しい。


「化け物が遊撃してくるなんぞ……」

「まさかタァインを飼い慣らしたというのか」

 簡易に立てた熱射除けの天幕で、指揮官たちは議論を重ねていた。

 砂丘の向こうへ沈みゆく夕陽が、夜の訪れを告げている。太陽が沈んでしまえば、砂漠は急激に冷えこむ。野営の用意をしていない二千に満たぬ人員を、これ以上ここに(とど)め置くわけにはいかなかった。


「奴らの行き先はわかっている。バッソス公国の傭兵どもと数を合わせるつもりだろう」

 期を計らうように襲い来る化け物(タァイン)の遊撃で、兵たちの体力も底をついている。このまま深追いを続けても、総崩れは確定的だ。

「このままでは、じわじわと数を減らされる一方……」

 二個師団を目視できる限界は、およそ五(キロ)だと言われている。砂煙を巻き上げていた皇帝軍のしんがりは、すでに目では追えぬほど遠い。


「引き返し、後続の部隊と合流する」

 二千の兵たちを伴ってきた、テナン所属の指揮官の一人であった男は、溜息ながらに伝令へと告げた。

「デーテン殿下を喪った今、あのディフアストンに指示を仰がねばならなくなった。鷹を飛ばす用意を」

 深追いしてしまったことへの責任と、皇帝の首を取れることへの欲。二つを天秤にかけた結果がこれか。

 弁明を繰り返しても、おそらくこの命が許されることはないだろう。



* * *




 象牙色(ぞうげいろ)の岩壁がぐるりと街を囲む城塞都市。それがドルキア公国の中心部・副都キャデクだった。

 エルベ海に大きくせり出し、アルマ山脈を横目に城壁が弧を描いて街を取り囲んでいる。港から船を降りれば石畳が美しく舗装され、ゆったりと上る勾配に沿ってキャデクの街並みが広がるのだ。


「まあこれも、メルトローあってのものでしょうがね」

 誰に言うともなく呟いて、カランヌは港からの美しい眺めに顔を綻ばせた。

 ドルキア公王の居城も兼ねた城塞型のつくりは、イクパル帝国領土に於いて非常に珍しい。

 公国同士がまとまりを為していなかった時代。海を挟んでテナン公国、山脈を越えればメルトロー王国、すぐ側にはチャダ自治領(、、、)という、特殊な立地がドルキア公国に架せられた。

 街を城ごと取り込む防衛手段は、実に容易(たやす)く人手も取られにくい利点がある。山脈を越えた北部でよく見られるこの構造を、過去の統治者が取り入れたのだ。


「やあ、こんにちは」

 小さな子供が幾人も、漁に使うだろう網の手入れをしていた。その手を止め、じっとこちらを伺う子供の一人にカランヌは笑顔を向ける。

 港から引き連れた軍勢の多さは、子供には恐怖を誘うもののはず。ぞろぞろと連なる鎧の男たちは、数にして五千。大型の帆船での輸送を繰り返し、ようやく最後の一団となった。


「今朝はよく漁れたかい?」

 話しかけられると思わなかったのだろう。漁師の子供は、驚いた様子で口をぽかんと開けた。

「あんたたちの世話に大人たちが連れていかれて」

 もそもそと言いにくそうに視線を漂わせる子供。そうか、と頷いてカランヌは眉をひそめた。

「それは悪かったね。食料は私の国からも運ばせているから、君たちが飢えることは無いと思うが……大人たちが早く帰って来られるよう、祈ってるよ」

 口先だけでそう返し、カランヌは柔らかな顔で微笑む。

 五千の兵士たちは、先だって引き入れた三万に加える予定のメルトロー王国軍の一部だ。

 おそらく、ディフアストンは出る(、、)つもりだろう。その際に使う配下の精鋭を、メルトロー国土から呼び寄せたと考えるのが自然だった。


 港から石畳を歩き、開かれた堅牢な表門をくぐり抜ける。カランヌは、分厚い岩壁が通り過ぎるのを物憂げに眺めた。

「アロヴァイネン」

 すぐ側から声がかかり、

「…………」

 表門を背に立つ人物を見て、カランヌは動作を止めた。

「このような場所にお出でになっては……」

 あろうことか顔を見せびらかし、豪奢なローブまで風に(なび)かせて。ディフアストンその人が目の前に立っている。

 港に面したこの表門は、大国メルトローの第一王子でもある人物がのこのこ降りていい場所では決してない。

 しかし慌てるカランヌを尻目に、傍を通り過ぎる兵士たちは慣れた態度で敬礼していく。成る程、と息をつきながら、カランヌは主人(あるじ)に向けて礼をとった。


「遅いぞ」

「申し訳ございません。敵帝都陥落、おめでとうございます」

「ああ。めでたいことに、邪魔者(デーテン)も片付いた。テナン公国には教えてやらんがね」

 皇帝軍はあろうことか、自分たちの居城を破壊し尽くしていった。その狂気の沙汰の餌食となったのが、皇帝の首を取りに向かったテナンの第一王子だ。倒壊した瓦礫の中を、捜索している暇はない。そう言って〝なかったこと〟にする命令を下したディフアストンを、カランヌは静かな目で見ていた。


「……良いのですか」

「良いも何も。テナン公国もドルキア公国も、デーテンの方が従いやすかろう。お堅い真面目王子様の皮を頂戴して、晴れて俺が総指揮だ。それに、」

 鋭い目を海の方向に向けて、ディフアストンは腰に履いた大振りの(つるぎ)をカチリと鳴らした。

「ここで高みの見物でも決め込む予定だったが。出るのも案外面白いかもしれぬと思ってな」

「やはりこの補充の兵は殿下の」

 先だっての帝都攻略で、失った兵の数は一割にも満たない。編成はおろか、補充すら通常は成されない数だ。

 思わず渋るように眉根を寄せたカランヌの眉間に、ディフアストンの人差し指が突き立てられた。痛みと衝撃に負けそうになりながら、カランヌは奥歯を噛みしめる。


「――バスクス二世だよ、アロヴァイネン」

 血の滲むカランヌの額から指を離し、ディフアストンは続けた。

「とんだ木偶の坊(、、、、)だった。もっと早くに判っていれば、俺直々に遊んでやったものを」

 遊んでやる――つまりは侵略すると同義の言葉。

 その実、有能で戦才に秀でると知れれば、ディフアストンは黙ってはいない男だった。己の力量を試すように、時には魅せしめるように。領土を奪われていった北方の小さな国々は、この二十年で十は超えている。


 さしたる資源もない砂漠の国土で、玉座の君主は女に溺れる痴れ者。宰相は頭脳明晰だが、その力は国を保つので手一杯だ。……というのが、イクパル帝国の(つね)だった。その批評は先帝の時代に付けられたものだったが、引き継いだ第四皇子(バスクス)も同じであると。

 ディフアストンでさえ伝聞を信じ、疑ってこなかったのだろう。後ろ手を組みながら、愉しげな顔で彼は嘲笑(わら)った。


「バスクス二世、もしやと思ったが……正解だった。奴は先帝とは真逆の男らしい。俺は、まんまと(あざむ)かれていたわけだよ」


 笑い立てるままに踵を返し、ディフアストンの背中が軽やかに過ぎていく。

 カランヌは額から流れる血に手を充てて、歩き去る征服者の背に付き従った。






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