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千年の竜血の契りを、あなたに捧げます  作者: 凛子
第三幕:王太子の褒美
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124 戦鬼が愛した砂海の至宝

 「貴重なものを……」

 (またが)る馬のたずなを引いて、コディ・タイハーン・ベシャハが呟く。

「……よくも使い切りましたな、この序盤で」

 抗議の意味合いも兼ねたタイハーンの言葉。その苦い顔を横で眺めて、バスクス二世帝ディアスは肩を揺らした。


「これでいい」

 イクパルが持つはずのない火砲。それはイリアスの海賊に南方諸国から入手させた、旧式の廃棄品だ。旧式とはいえ充分な火力もあり、的を撃つだけなら問題はない。

 据え置きを想定された砲身は、持ち運ぶには重過ぎる。その点にさえ目を瞑ることができれば。


「しかし、二百発ですぞ」

 納得のいかぬ様子のタイハーンが、なおも続けて言った。

 城門から真東。入り組んだ街並みに遮られ、こちらの居場所は死角になっている。砲撃を命じた味方の騎兵がおよそ三百。小さな広場に肩を寄せ集まっていた。

 その中心部に立ちながら、倒壊した玉座に居なかった(、、、、、)皇帝は嗤う。

「そんなにあったか?」

 冗談を言うように肩を竦めて、崩れた城に目をやる。倒壊した城の上空には、未だ赤砂の土けむりが濃く漂うのが見える。

 砲弾は一斉に球状の屋根を貫いていった。執政区であり、玉座の間が位置する区画へと。

 

 ――あの玉座と死をともに。


 牢獄から解放され、皇帝の称号を得た時の決意は変わらない。命を賭してでも、この国を生まれ変わらせる。長きに渡って停滞し、滅びゆくばかりのイクパルを立て直すために。

 古きものを棄て、新しきもので国をつくる。そうして玉座で死を迎える筋書きが、なんと大きく捻じ曲げられたことか。

 帝国復活の花として迎えるはずだったコンツ・エトワルトも、叛逆の首謀としてテナン王位に就いた。

「思い通りにはいかんものだな、」

 小さな贖罪の念を吐き出すように、ディアスは息をつく。


「陛下?」

「タイハーン、あれを持ち歩くほど我々はのんびり構えて居られぬ。重過ぎるうえ、命中率もクソほどに悪い」

「……はあ、クソほどに悪いですな」

 手に入れた砲弾を使い切った挙句、本体すら井戸に放りこませた。無謀としか言えぬこの指示を、納得できないのも正しい意見だ。温存すれば、使い道があったかもしれぬ貴重な火砲だけに。


「そうですか」

 苦い顔を続ける隣人の顔を見やって、ディアスは笑った。

 奴隷出身ながら、先帝から男爵の位まで賜った男。それがコディ・タイハーン・ベシャハだ。あの破天荒なシャルベーシャを拾い上げたとは思えぬ、慎重な思考を持つ。

「お気になさいますな。単に勿体無いと思ったまで。出自ゆえ、お許し願いたい」


「お前の出自も私の出自も大差なかろう。それでも、大盤振る舞いした甲斐はあったぞ」

 あからさまな混乱の色が、敵の動きに見て取れる。土けむりの昇る方角を示してディアスは続けた。

「見てみろ」

 城門を突破し、内部へと侵入を計った敵兵はおよそ六百。大半はすでに瓦礫の下だ。あれだけ豪快に崩してからでは、馬での離脱は不可能。運良く難を逃れはしても、足止めされた敵の多くが、馬を棄て瓦礫を除ける手間を避けることはできない。

 確実に、敵の戦意は落ちる。

 指揮官であるテナンの第一王子、デーテンを喪ったと知れれば尚のこと。


「あとは東の敵四千を蹴散らして離脱、ですな」

 チャダ小国を乗り越え、侵攻してきた敵の総勢は約三万。街の四方を取り囲んで布陣している。

 三門が連なる正面に一万、残る三方に四千ずつ。おそらくどこかに予備も隠しているだろう。玉座に皇帝が居ないことに気づけば、斥候にその八千が割かれる可能性も出てくる。

「我々も一万三千は隠している。大丈夫だ」


 ディアスの乗る馬が一瞬身じろぎ、小さな嘶きをたてた。今にも走り出そうとするように、その(ひづめ)を幾度も踏みしだく。

「アルスヴィズ、……そろそろか」

 月毛のたてがみを宥めるように軽く叩き、ディアスは低い声で言った。

「良い子だ、お前()察しがいい」

 アルスヴィズの忠告(、、)通り、喧騒と怒号が近づいてくる。おそらく追っ手はすぐそこだろう。

 玉座が(から)であることが敵に知られた。

 月毛の馬の本来の持ち主――その敵方へ去っていった存在に想いを巡らせ、空を仰ぐ。

「……タイハーン、伝令だ」


 仰いだ空のただ中、鷹が一羽だけ泳ぐようにして飛んでいた。そこへ向けて腕をかざし、ディアスは指笛を鳴らす。

「あちらも準備が整ったようですな」

 不思議な形に旋回しながら、ゆったりと鷹が降りてくる。

 差し出した腕に留まったその脚に、細い紐が巻かれているのを確かめ、ディアスは小さく頷いた。

「皇帝旗の用意を。全力で抜けるぞ」

「御意」

 そうして、長い指笛を三度吹く。

 再び放った鷹は、天空を滑るようにして消えていった。




* * *



 鷲の頭に獅子の身体、そして漆黒の翼を広げる奇怪な生き物。

 掲げられた葡萄(えび)色の旗に描かれる図案を見つけて、テナン・ドルキアの両軍勢は勝鬨(かちどき)を挙げた。


「バスクス二世だ! 逃すな!」

 指揮官の声が太くこだまし、一層の速さで旗の上がる方角へ馬を駆る。

 逃げ遅れたのであろう、皇帝を囲む一団は目視でおよそ三百ほど。数なら余裕で上回る。

 皇帝は尻尾を巻いて逃げるはず。その背を片付けるだけでよい。後方の指揮官が大声で(わめ)き立てて、兵士たちもまた呼応した。


 しかし、安易に考えていたその構図は真っ向から崩される。

 皇帝旗を高々と掲げて、三百の騎兵がこちらに突進してきたのだ。

 雷鳴に似た耳を裂く金属音が、両軍勢がぶつかると同時に轟いた。


 何かにぶつかり落馬した勢いで、一人の兵士が土の上に転がる。混戦の中、馬を逃しては終いだ。兵士は土壌に頰を擦りながら、やっとの思いで人垣が途切れた空間に這い出た。

「バスクス二世……?」

 もみ合い圧し合いの最中に立ち回る人物を見つけて、呟きが口から洩れ出る。

 月毛の馬に乗る鎧の男が、大きな湾刀を一太刀(ひとたち)ふるった。その度に一人、時には二人と、相手を斬り伏せながら。


 男の周りに出来た小さな空間は、他を(しの)ぐ速さによるものだろう。

 たずなを握らずとも意のままに馬を動かし、空いた両手で自在に湾刀を操る。敵を処理する正確さと、速さに追いつけない後方の新手。

 潜在的に感じる近づくことへの畏怖が、その空間の正体だ。

「くそ……」

 お陰で命拾いした兵士は、泥だらけの顔で悪態をついた。

 敵ながら惚れ惚れとする手際だが、あの男がバスクス二世のはずはない。伝え聞いていた人物像と、かけ離れすぎている。


 いつの間にやら上空を舞っていたらしい鷹が、長い声でひとつ鳴いた。

 まるでそれを合図とするように、左の方角から大量の軍勢が押し寄せてくる。横殴りに押しつけられる力に混乱を覚えながら、兵士はようやく人の乗らぬ馬にしがみ付くことができた。

「奴め、隠してやがった!」

 慌てたように指揮官が怒鳴って初めて、皇帝を囲む一団はその背をこちらに向ける。


 斬りつけるなら今しかない――!


 衝動のままに飛び出した何人かの兵が、離脱を始めた背中を追いかける。

 その動きに引きずられるように、半数程度が倣って馬を駆り立ててしまった。

「退け!」

 後方の指揮官の指示がぎりぎりに届いた頃には、すでに遅かった。しんがりを追いかける二千ほどの兵たちの横目に、等しく白い影が映ったのだ。


 それは恐怖だったのか、驚愕だったのか。

 一様に悲鳴をあげた兵たちに、百にも迫る白虎(タァイン)の群れが襲いかかる。

 化け物だ! と誰かが喚いた。

 戦うことさえ放棄して、兵たちは散り散りに逃げ惑うことしかできなかった。

 混乱に乗じて、皇帝を飲み込んだ大群は土煙を巻き上げて遠くなっていく。



 策士ウズルダンが去ったと噂される皇帝陣営の中で……一体誰が指揮をとっているというのか。

 まんまと逃げ(おお)せた彼らの手際に、みな唖然とするより他なかった。





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