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千年の竜血の契りを、あなたに捧げます  作者: 凛子
第三幕:王太子の褒美
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123 帝都陥落

 轟音とともに瓦礫が空へ舞い上がる。

 がらがらと、雨粒にはほど遠い嫌な音をたてて、石壁の破片は散らばった。

 金属のぶつかり合う音、怒号、叫び声。そこかしこで起きる攻撃の手が、街の中心部へと迫りくる。


 〝遊撃〟のため移動していたシャルベーシャは、足を止めて赤い城を振り仰いだ。

「隊長!」

 赤砂(あかさ)の土けむりに染まる空の下。帝都の象徴とも言える赤い城の一角が、呆気なくも崩れていく。


 その光景を目の当たりにして、シャルベーシャの奥歯がギリと鳴った。

 特別な思い入れなど無い。それでも育った場所が失くなってゆくのは、腹立たしくてならないものだ。

「隊長――シャル!」

「ああ、わかってる! 行くぞ!」


 戦禍の口火を切ったのは、皇帝直轄領から北西。エルベ海沿岸に位置する、ドルキア公国との国境であった。

 三万に及ぶ軍勢が侵攻し、領土に挟まれる小国チャダは早々に降伏。〝敵〟の補給地点へと成り代わった。

 敵の総指揮はテナン公国・第一王子デーテン。しかしその裏で、メルトロー王国・四将君子のひとり、ディフアストンの息がかかっていることは確定的だ。


「くそ、思ってたより多かったじゃねえか!」

 砲撃を避けながら路地を縫うように走り、シャルベーシャは声を荒げる。

 人が三人並べば(つか)える道幅で、あたりには土けむりが幕のようにただよう。つまり別働隊(じぶんたち)の存在は、まだ割れてはいないはずだ。


 装備は銅の胸当てと湾刀、背負えるわずかな兵糧(ひょうろう)のみ。身軽さを最優先にし、馬もぎりぎりまで使わない。敵が多ければ多いほど、自分たちには不利になるが――……それでもここで引っ張れなければ(、、、、、、、、)、こちらの敗北は決してしまう。


「バスクス二世は?」

 迷路のように入り組む街並みは、自然の城塞と同じ。敵を迎え入れさえすれば、足を留め数を減らすことも難しくないが。

「そろそろ、おっ(ぱじ)める頃だろ。(うま)くいきゃあな」

 それも巧くいけばの仮定でしかない。

 無人に近いこの街には、味方の師団が二個待機する。数にして一万三千。三倍に近い敵の大半を迎え入れ、叩く。

 そうして機を見て東へ突っ切り、何としてもバッソス公国まで走り着くのだ。


「肉を切らせて骨を断つ作戦だな」

「もうちょっと良い名前思い付けよ。しかも古すぎる」

 冗談めかした副官バルバドルの横面を見やって、シャルベーシャは返した。


「……あったぜ」

 そうして辿り着いた井戸の前で、バルバドルの肥厚した頰の瘢痕を見やる。包帯を外した彼の顔は、もはや以前とは別人だ。白虎(タァイン)の襲撃を生き残り、また部隊の編成後もシャルベーシャの元に残った古株の一人。

「隊長……いや、シャルよ」

「ああ?」

 バルバドルは背に担ぐ鉄の大槌を振り回して、組み上げた井戸に叩きつけた。

「なかなかに嫌なもんだな。自分の街を潰していくのは」


 潜伏場所へと展開しながら、街中の井戸や水源のことごとくを潰す。それは遊撃隊に課せられたもう一つの任務だった。

 潰した水源を復活させるには、ひと月では足りないだろう。拠点として敵に居座らせたくない。その為だけに生活の基盤を潰す。……城が潰れ、街も壊滅する。

 活気のあった街並みには、暮らしきた人々の影もすでに無い。

 

「……黙ってやれよ」

 続々と辿り着いた隊員たちが加わって、あっという間に井戸は崩れ落ちた。

「拠点までもう少し! 井戸はここで(しま)いだ!」

 声を張り上げたバルバドルを静かに眺め、シャルベーシャは頷く。

「酒場のひとつぐれえ遺るだろうよ。そしたらまた、」



 そしたらまた、あの日のように笑い合える。皆で酒を酌み交わし、どうしようもない冗談をとばし笑う日が。



「だといいな」

 新たに編成し直したシャルベーシャの小隊は、総勢で二百余名を数える。それをさらに五つに分けて、帝都にくまなく分散させた。

 少数で敵の背を叩く役割は決して安全なものでは無い、が。

「――やるぞ」

 ふっと息を吐き、シャルベーシャは強く瞼を閉じた。

 身体を巡ってゆく血の感触に、深く潜って意識を委ねる。

 じわじわと、足先から頭の頂まで総毛立つ(、、、、)、久しく忘れていた感覚。




 ――次いで目を開けた時。


 彼ら(、、)の姿は、真っ白な虎に変貌していた。




* * *



 「何だこれは」

 攻め入った城のその先で、テナン公国第一王子・デーテンは我が目を疑った。

「殿下、」

 背後から追いついた部下の一人が、焦ったように声を上げる。

「捜索中ですが、誰もいません!」

 厳重に固められた、過去の皇帝の名を戴く三つの門。ジャイ・ハータ、アル・ケルバ、タルヒル――それらを一つずつ攻め落とし、ようやく城内に駆け込んだ。

 中身がまったくの無人だとは、知りもせずに。


「玉座に丸まり震えてるはずじゃなかったのか! バスクス二世!!」


 皇帝の首を斬り落とす。その役目は、王族であるデーテンにしかできない役割だ。そう諭されて乗り込んできた場で、肩透かしを食らう羽目になろうとは。

 ……果たしてディフアストンは知らなかったのだろうか。

「急ぎましょう。伝令にはすでに渡っております」

「ああ、」

 (から)の玉座にのる、漆黒の肘置き。忌々しげにそれを見やると、デーテンは勢いのままに斬りつけた。

「捜せ! まだ帝都内に潜伏しているはずだ!」


 群青のローブを(ひるがえ)し、玉座に(さそり)の背を向ける。

 母を狂わせ、妹を海に沈め……玉座も、弟の未来までも奪っていった。〝皇帝〟という存在が、憎くてたまらない。

 デーテンは小さく首を振って、気を落ち着けるために立ち止まった。

 必ずや――暗愚で無能な狂ったあの男を、この世から消してみせる。皇帝に見切りをつけ、宰相ウズルダンが帝都を捨て逃げ出した。その事実こそ、奴が愚帝である証拠。


 再び足を動かして、デーテンは鎧が鳴る金具の音を響かせた。玉座から続く段差を降りて、ふとした異変に耳を傾けた、その時。



 ――天を切るような轟音が近づいて、


「ま、さか……」

「退避!!! ここから出ろ! 早く!」


 たたらを踏んだ兵たちが、揉み合うようにして玉座の間から逃げ出していく。デーテンも同じように走り出ながら、ふと天井を仰いだ。



 蔦が絡まり波紋のように広がってゆく、瑠璃色の天井装飾(レリーフ)

 突き破る砲撃。

 一斉に落ちる瓦礫が、頭上にがらがらと降り注ぐ。


 火薬も砲台も持たぬはずの奴らが……何故。



 身体を押しつぶしていく重さに、デーテンは怒りの咆哮を上げた。



* * *


 帝都が陥落した報せは、海を越えてテナンまで届けられた。

 赤い城の崩壊に、道連れとなった第一王子デーテン。そして千にのぼる自国の兵たちの死が――伏せられたまま。






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