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千年の竜血の契りを、あなたに捧げます  作者: 凛子
第三幕:王太子の褒美
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120 友と

 テナン城に到着すると、フェイリットは予定通り軟禁となった。

 しかしテナン王は〝王太子(コンツェ)〟の同伴のもとに限り、自由を約束したらしい。なぜ、という言葉に父王は何も返さなかったが、つまりはそういう(、、、、)ことなのだろう。

 二人をともに行動させて、恋にでもおとすつもりなのだ。王女に〝自由〟の恩を売り、あわよくば婚姻関係を結べたなら。その考えはテナンにとって、得にしかならない措置だ。


「よかったね、ディフアストン殿下が行っちゃったあとでさ」

 思考の片鱗を読みとるように、隣を歩くアシュケナシシムが言った。

「ああ」

あの人(、、、)が居たら、姉さん人間扱いされてなかっただろうな」

 ふと立ち止まり、アシュケナシシムが海の彼方(かなた)に目を移す。


 テナン王城の瑪瑙宮へとつながる空廊は、心地よい海風にさらされていた。ここから見える海と、彼方にあるだろうイクパル本土。メルトロー王国の第一王子ディフアストンは、妹の顔を見ること無くイクパルへと渡っていったらしい。


「人間扱い……」

 非情、と名高いメルトローの次期君主。彼と対峙せずに済んだのは、コンツェにとっても有難いことだった。

 外交の手腕など自分にはない。フェイリットを閉じ込めるよう命じるディフアストンに、正面をきって楯突かない自信がなかった。

 コンツェは小さく息をついて、立ち止まるアシュケナシシムの横顔を眺める。


「前から疑問だったんだが、フェイリットは亡命の罪にでも問われているのか?」

 彼女を連れ戻すためにと、手錠や鎖が用意され、軟禁や監禁が当然のごとく言い渡される。加えて〝人間扱いしない〟とまできては、一国の王女に対する待遇とはお世辞にも言えない。

 メルトロー王国を脱出してイクパル帝国に潜んでいた。彼女に向けられる懲罰の理由が、そのひとつしか思い浮かばない。


「人間じゃないからだよ」

「……は、」

「……なんてね。こっちにも色々と、複雑な事情があるのさ」

 アシュケナシシムは、いつになく張りのない声で答えた。言葉をにごすような響きさえ感じて、コンツェは口を開く。

「それにしても……」

「うん、わかってるよ」

 尚も続けようとしたコンツェを遮って、アシュケナシシムは強い声で続けた。


「わかってる。メルトローの奴らはみんなおかしい。〝サディアナ王女〟に躍起になって、王子を筆頭揃えて四人もこっちに寄越した。それだけで充分おかしいだろ?」

 何を考えてるんだか……そして最後の呟きは、アシュケナシシムの口の中に消えていった。この現状に一番納得していないのは自分だ、とでも言うように。


「僕たちは、所詮(しょせん)あの老いぼれの〝駒〟でしかない。サディアナもね」

 父王のことを言ったのであろう口振りは、暗い色しか持たぬものだ。

 コンツェはアシュケナシシムの背に手を置いて、首を横に振った。〝駒〟というのなら、自分も同じだ。一国の君主(あるじ)に与するものはみな、同じ気分でいるのかもしれない……そう思いながら。


「俺たちは違う。同じ〝駒〟でも、思考や意志があるだろう」

 アシュケナシシムは小さく笑って、それ以上なにも言わなかった。瑪瑙宮にあるフェイリットの部屋の前に立ち、扉を叩いて開けるまで。





 そうして扉の前に立ち、彼女の名を呼んだ。同時に扉を叩くと、中から小さな声が返る。

「コンツェ」

 侍従が出てくると思った扉から、張本人が顔を出した。淡い色の瞳を見つめて、コンツェはふと笑う。

「またそんな格好してるのか」

「相手してくれるっていうから、気合い入れてみたの」

 言いながら、彼女は朗らかに笑った。

 小さな(ボタン)が胸の前にたくさん並ぶ、詰襟の蒼の軍衣。お世辞にも女らしいとは言えない姿だが、決して粗野には見えない。

 軍衣を纏うその姿さえ、不思議と色香がただようようだ。


「でも、ドレスが嫌だって言ったらこれが用意されたのよ。極端で笑っちゃった」

 メルトロー王国の国色でもある、深い色の蒼や藍の軍衣。それが、当然のように用意されている。メルトロー側は(はな)から、彼女にドレスを着せるつもりなんて無かったのかもしれない。

「似合ってる」

 コンツェがつとめて優しく微笑むと、フェイリットもそっと笑った。

「それで、式典の予行はもう終わったの?」

「ああ、」

 フェイリットの問いに、コンツェは曖昧な声をあげる。


 コンツェが事実上〝王太子〟の位を受けて、ひと月はたっていた。簡略化されるはずだった立太子の式典が、今さら執り行われることになったのだ。

 それは他ならぬ〝客人〟のためだろう。メルトロー王国からの賓客を、過去にない数で受け入れている今。テナン公国の新しい顔を知らしめるためには、恰好の機会だ。


 早朝から縛られていた長時間の予行を思いやり、コンツェは首を振った。

「俺がすることはそんなにないからな。退屈だった……のか?」

 そうして彼女の部屋を見やれば、恐ろしい量の地図や海図が散らばっている。暇つぶしの領域を超えて、一体なにをしていたのか。

「あっ……これはちょっと」

 ぱっと頰を赤らめたフェイリットに押し出されて、コンツェは廊下の壁に背をつける。

「み、見ないで…」


 頰を染めたまま伏せられた金色の睫毛を見つめ、はっとする。彼女の両手が胸板にあてられ、壁と挟まれている状態だった。

「フェ、イリット」

 持ち上げた指先で衝動のまま、彼女の睫毛にそっと触れる。指をくすぐるそれは、雛の羽毛のような心地よさだ。

 柔らかい感触をもっと味わいたい……。そして顔を近づけたところで、彼女の瞳がこちらに向いた。

「あっ、ごめんなさい…苦しかった?」

 吐息がかかるほどの距離で視線をからめ、フェイリットは首を傾げた。


「いや、苦しくは…」

「あの……わたし、散らかしてたから…恥ずかしくて…」

 ふっと息を洩らす音が聞こえて目を向けると、アシュケナシシムだ。

「――姉さん、ちゃんとあとで片付けて戻しておかないと、怒られちゃうよ」

「わかってるわ。でもしっかり許可は貰ったんだから」

「えっ誰に?」

「ギルウォールおにいた……兄上に」


 話しながら先へ向かう二人の背を眺めて、コンツェはようやく自分が静止していたことに気づく。

「あれ、エトワルト? 庭園に行くんじゃなかったの。姉さんのお相手(、、、)するんでしょ」

 振り返ったアシュケナシシムに言われて、コンツェは苦笑を返した。

「行く」

 にやにや笑うアシュケナシシムが戻ってきて、「手ごわいね」と耳元で付け足していった。





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