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千年の竜血の契りを、あなたに捧げます  作者: 凛子
第三幕:王太子の褒美
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119 古来よりヒトの求める、

 磨き上げられた白大理の床に、真青のローブが映りこむ。ガツンと音をたて、視界の中へと踏み進められた足先は、軍の長靴に似合う大きなものだ。

「アロヴァイネン、」

 靴の主が声をあげる。

 カランヌは片膝を床につけ俯きながら、声がかかっても顔を上げることをしなかった。


 〝顔を上げろ〟と言われなければ、微動だにしない。本来なら、それが王族に対する相応しい態度だ。

 国王相手にさえしたことのないこの礼儀を、カランヌはわざとらしくも見せつける。

「殊勝だな。お前の噂は聴いていたが、そういう男じゃなかったような」

「殊勝なことが、私の信条なのですが」

「……成る程ね」

 笑い声とともに目の前の軍靴がわずかに浮いて、カランヌの顎を跳ね上げていく。靴先で無理やり上げられた視界に、黒塗りの鎧を纏う男の姿が映った。


 力強く波打つ濃い金髪が、鎧に覆われた幅の広い両肩から腰元までを隠す。踝丈(くるぶしたけ)のローブは、ふちが毛皮で飾られた豪奢なつくりだ。

 男の獅子に似た威風を感じさせる出で立ち。それは亡き国王の実弟――サミュエル・ハンスを思い起こさせる風貌だった。


「お前は王の専属から離れた。俺の支配下にうつったわけだよな」

 わずかに首を傾けるその肩から、濃金の髪が揺らいで落ちる。

「はい、ディフアストン殿下」

 カランヌの肯定の態度を眺めながら、メルトロー王国第一王子は口を開けずに嘲った。


「王の狙いは永遠なる統治。あの(じじ)、ついに俺が邪魔になったのかね」

 母親は第一王妃、それもタントルアス王政下から続く公爵家の血筋で、現王を産んだ故王太后の出身した家筋という、完璧な王位継承者である男。

 それが第一王子ヒョルド・ディフアストンだ。


 三十九歳という年齢は、玉座に就くには充分な時期。一向に退位に向かわぬ父王を煙たがっている――と噂のたつ一方で、彼は陸軍のすべてを掌握し遣える、王の右腕とも言われる存在だった。


「邪魔だなどとは。右腕と称される貴方に、サディアナ王女を託されたのでございますよ。なによりの信頼の証しではございませんか」

 ノルティス王としては、一刻も早く〝竜〟と〝永遠の命〟を手に入れたいはず。それを敢えて玉座を狙っている〝かもしれない〟息子に与えたのだ。


「信頼というより、試してると解釈した方がよさそうだが。もしくは……そうだな、あわよくば俺を殺そうとお前を差し向けたのではないのかな?」

「滅相もございません」

 王の真意など知る由もない。もし本当に、ノルティス王が息子たちの〝死〟を願っているのなら、そのように動く覚悟はある。そうして動いてきたからこそ、王の側らで生きてこられた自負も。

 爪先で上げられた顔をうつむけて片方の膝をつき、胸に片手をあてつける。カランヌは忠誠を誓う姿勢をとりながら、ディフアストンの言葉を待った。


「ふん、……どうにもお前の立ち位置が、俺には腑に落ちない」

 メルトロー王国の最高位に、もっとも近いとされる四人の王子たち。

 王は彼らを統治の尖兵(せんぺい)として使いたいのか、玉座の邪魔者として始末したいのか。しいて言うなら、自分はそれを見極める立ち位置だ。


「まあいい。俺の(もと)へ来たのだから、怪しい行動は控えて貰う。王との繋がりをいっさい断て。王には俺から伝えておいてやるよ、〝腹の中が見えるまで預かります〟とね」

 肩をすくめてやれやれと言った後で、ディフアストンはローブの裾を引き寄せる。

 さっと隠れた鎧の重さは、女ひとり分にも近いといわれている。その重さを全く感じさせることなく踵を返し、彼は「ああ」と言って付け加えた。


「サディアナ・シフィーシュの首に鎖でもつけておけよ。暴走して竜にでもなられたら、お前にも対処できないだろ」

 立ち上がりざまに、カランヌは首をすくめる。こちらに背中を向けているディフアストンには、おそらく肯定の無言にとられたはずだ。

「わざわざ堅固な艦に乗せてきたってのに、何の拘束もなく陸まであげたとは。ギルウォールの奴も何をやってる」


 イクパル帝国の者たちには、おそらくは〝威嚇〟ととれただろう、メルトロー王国の最新鋭の艦。

 だがその本来の用途は、サディアナ王女の拘束と、彼女が逃げ出した際の捕獲に使われる予定だった。捕虜をとらえる鉄製の檻も、敵の艦を潰す外づけの大砲も、さして軍事力の目立たぬイクパルに宛がうものでは無い。

 すべて〝彼女の為〟に用意されたものだ。


「……同乗されていたテナン王太子が、許可を出さなかったもので」

「許可? あの場の最高位はギルウォールだろう」

 海軍艦隊の総指揮を宛がわれたはずの弟王子の名を言いながら、ディフアストンは振り返る。

 その顔に〝呆れ〟の色を見つけて、カランヌは肩をすくめた。


「ギルウォール殿下は、それどころではなかったようで」

「はっ、また自称〝海の呪い〟か……くそ。だからあいつに現場は無理だと言ったんだ。格好つけてるつもりだろうが、まったくついとらんのをいい加減気づくべきだ。なにが好きで艦に乗るのか俺には理解できないね」

 苛立ちもあらわに、ディフアストンが濃金の髪を掻きやる。


 海の男に〝呪い〟は必須条件だ―――と豪語する第二王子の口ぶりを思い出しながら、カランヌも苦い顔をうつむけた。

「それが実は、その点においてサディアナ王女と妙な連帯感が」

 驚いたような目でこちらを見据え、ディフアストンは首を横に振った。

「ああ? ……まったく聞いて呆れる。世界最強ともあろう存在が、うちの〝格好つけ〟と同程度とは」

 言い捨てるように去っていくその背中を追いかけるように、カランヌは口を開く。


「お会いにはなられませんか」

「会わん。(ひざまず)いてしかる相手ではないとわかった」

 力強く波うつ濃金の髪が、ローブに合わせてひらめいてゆく。

 ―――この姿を見たならば、おそらくサディアナは瞬時にして彼に心を開くだろう。


 彼女を育てたサミュエル・ハンスと酷似した容姿。それは彼よりも血筋の近いはずの丞相イグルコ・ダイアヒンには、受け継がれなかったものだ。

 もしもサデイアナがディフアストンを見かけたなら、死んだと思っていたサミュエル・ハンスが、まるで生き返ったかのように感じてしまうはず。それを教えてしかるべきか考えて、カランヌは渋る。


「お喜びに……なるかと存じますが」

「喜ばせてどうする。お前は俺に契約を結ばせたいのかね?」

 扉に手をかけ、ほんの一瞬振り返った瞳が細められる。


「……そんな地獄(、、)に、耐えられるかよ」



 ――千年を生きる苦痛を、理解できるものは少ない。



 古来よりヒトが求め続けてきた不老長寿。

 しかしそれは、同じく求められてきた〝愛〟や〝友〟のことごとくを、失ってしまう表裏(ひょうり)にある。

 竜が主を選ぶとき、それらの感情を抱いてしまうのも―――突き詰めれば本能がなせるものでしかない。


 (とど)められた時間の中で、己の周りだけが生き生きとして移ろいゆく。その孤独たるや、永遠に耐え続けられるものでは決してないのだ。

 竜はそれを血で知るからこそ、努力を惜しまない。それは「生きることに飽きた」と、主に言わせぬ努力だ。


 エレシンスがかつて、己の身をもって滅ぼそうとした孤独の血。同族のことごとくを喰らい、最愛の主まで喰らって。

 呪縛から解放しようと足掻(あが)いてもなお、人間たちのあさましい争いは残り続けている。


 この現状を今、彼女が見たらどう思うだろう。己の選択を後悔するのか、はたまた呆れて笑っているか……。

 自分もまたその人間の一人に数えられることを思いながら、カランヌは顔を歪める。


「王が貴殿に、サディアナ王女を預けた理由が理解できましたよ」

 怪訝そうに見える新しい遣え主を見やり、カランヌは礼を以って返答した。

 ノルティス王が求めるものを、この王子は同じく欲してはいない。結局、王は信頼でも試練でもなく、自らの息子を〝駒〟としてしか考えてはいないのだ。




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