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千年の竜血の契りを、あなたに捧げます  作者: 凛子
第三幕:王太子の褒美
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115 朝餉の憂鬱


 「昨夜はお楽しみだったの?」

 隈をつくり、壮絶な顔で欠伸(あくび)を噛み殺している隣人を眺め見て、アシュケナシシムは笑った。

「そんなふうに見えるか」

 食堂の椅子を自ら引いて席につくエトワルトは、本当にひどい顔をしていた。何かしらあったのが如実に見て取れる、表裏(ひょうり)の無い性格。それはきっと本人にとっても面倒なものだろう。


「まったく見えないね」

 アシュケナシシムは小さく声をたてて笑い、籠に盛られた丸いパンを彼に手渡す。

 受けとったそれに齧りつくこともせず、彼は卓の上で両手を組んだ。その姿は食事のために祈っているようには、到底見えない。

「…アシュ、」

「なんだい」

「フェイリットの様子見てきてくれないか」

「……それを僕に頼むの?」

 勘弁してよ、と息をついてアシュケナシシムは朝食の豆の浮いたスープを匙で掬う。

「どうせ、無理やり手篭めにでもしたんだろ」


 ぶっ、と噴きだす音が聞こえて目を向けると、卓の向かい側のカランヌだ。噴きだした諸々を手巾(しゅきん)でぬぐいながら、こほんと咳払う。

「食事中ですよ。それと殿下方、軟禁中のサディアナ殿下にはお近づきにならないようお願い致します」


 豆のスープと鶏の卵を焼いたもの、そしてパン。栄養だけを重視した質素な艦上の食事を、アシュケナシシムは平らげる。最後の一切れのパンを口に入れてから、声をたてて笑った。

「軟禁なんだろ? 監禁ならばともかく、接触しちゃいけない理由はないじゃないか」

 カランヌはじっと黙って、優雅にスープを掬って口に入れた。その所作の美しさに(ひる)みながら、アシュケナシシムは舌を打つ。

「明日にはテナン公国にも着きます。向こうにはディフアストン殿下がいらっしゃるのをご存知では? あの方なら間違いなく、サディアナ殿下を〝監禁〟に移すでしょう」


 メルトロー王国の第一王子、ヒョルド・ディフアストン。遠くから見かけたことしか無いにしろ、その噂なら星の数ほど知っている。情けや仁義や配慮といった、人の心情全てを否定する現実主義者の男だ。

 玉座に一番近いところで、手の届く実力も持ちながらメルトロー国王の右腕として陸軍を掌握する。何を考えているのやら、いっこうに尻尾を見せない人物でもあった。


「……抵抗したら拘束するって話だったはずだろう」

 手持ちのパンを見つめたままのエトワルトが、低い声を割り入れる。

「テナン公国に滞在するうちは俺の意見も通るはずだ。王太子として、彼女の監禁も拘束も認めない」

 エトワルトの言葉に、カランヌは肩を竦めて見せた。空になった食器をそっと向こうへ押しやって、その右手をすらりと差し上げる。


「エトワルト王太子殿下。畏れ多くも忠言させて頂きますが、ヒョルド・ディフアストン王子殿下には、お会いにならぬほうが宜しいでしょう」

 彼の合図に従って、食後の茶が卓に並んでゆく。そっと見やった先のエトワルトは、怪訝に眉を寄せカランヌを睨んでいた。

「……貴方達はおそらく相容れない」

 そう呟くと、飴色の芳ばしい香りの茶を口につけて、カランヌは目線だけをこちらに寄越した。


 確かに、とアシュケナシシムは息をつく。水と油を絵に描いたような二人は、相入れることは無いだろう。エトワルトの青く美しい理想論は、ディフアストンの前に成立することはまず絶対にない。

 茶に注ぎ入れた牛の乳が、ぐるぐると回る手元の器を見て、アシュケナシシムは口を開いた。

「けれど、ディフアストン殿下はすぐにドルキア公国へお立ちになると聞いたよ。サディアナはテナン公国からメルトロー王国へ移すのか? それともドルキア公国へ?」

「いいえ、サディアナ殿下はエトワルト殿下の元に留め置くと聞いております」

「……何のために?」



 ――エトワルトを思いのままに動かす為に。



 その言葉にされることのない一言を思って、アシュケナシシムは首を横に振った。〝テナン公国〟ではなく〝エトワルト殿下の元に〟と敢えて表現したその口に、パンでも突っ込んでやりたい。そうして茶を啜り、顔を顰める。

 乳を溶かし入れたのに、茶の苦味もやけに舌について不快だった。

「……ああもう、先に失礼するよ」

 手篭めにされたかもしれない姉を見舞わせられるのは、正直ごめんだ。けれどカランヌにそこまで言われたのでは、じっとやり過ごしている訳にはいかない。

 口元を手巾でぬぐって、アシュケナシシムは立ち上がる。


「じゃあ、あとで来てくれる?」

「……ああ」

 目の前にいるカランヌの手前、サディアナのところに行くから、とは言わない。それでもエトワルトには分かるはずだ。

「でも伝言は受けないからね」

 言いたいことがあるなら、お互い直接言い合うように。彼の耳元に小声で釘を刺しながら、アシュケナシシムは食堂をあとにした。





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