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第97話 崩壊の足音

「落ち着いて、騎士団の人に着いて行って下さい! あの化け物からはまだ距離があります!

 怪我人の避難を最優先に! 無事な人はお年寄りと子供の手助けを! 

 家財や家畜が気になるのはわかるけど、今は耐えて!

 あれは魔法の杖ではありません! 事態が落ち着けばまだ戻って来れるから、今は逃げることを第一に考えて!」


 見張り台の上から気丈に振舞いながらも声を張り上げて指示を出すサラスだったが、その内心では不安で堪らないだろうということは、レヤックでなくても容易に察せられた。


 何せヨーダ自身も焦っていた。


 ムングイ王国が直接魔王に襲われたことは一度もない。ウェーブによってサラスの留守中に襲撃をかけられたことはあったが、それも魔王とは直接的には関係のない出来事だった。

 ここにはサラスがいる。アンドロイドはバリアンに手出しができない。理由は定かではないが、そう作られている。

 だからこそ、この国は城壁も設けずに――むしろそれは魔法の杖の爆風によっていらぬ被害を被る危険さえあった――魔王という絶対的な脅威を認識しながらも、日常生活を営むことができたのだ。

 いつどこで魔法の杖が全てを奪うかわからないような状況が、国民を暴徒にさせることだってある。

 少なくとも一度、無謀にも魔王に挑んで大敗を喫したこの国では、藪蛇を突くくらいなら、厄介な隣人は無視を決め込んだ方がいいと考える人は多い。その前提にあったのが、一度もこの場所が戦場になったことがないという実績だ。


 見張り台から巨大自動人形を睨む。

 魔王が大量に所持している人を模した自動人形とは違い、あまりに巨大で、また辛うじて人型を取っているだけで、とても人を模しているとは言い難い。太古の物語に出てくるゴーレムに近い。


 ヨーダは少なくともそれを見たことがなかった。


 街の沿岸部から突如として現れたゴーレムは、民家や商店を破壊しながら真っすぐにムングイ城へ向かってきていた。

 ロボク村で魔法の杖が使われた件といい、サラスを狙ったものと考えるのが妥当だ。


 アンドロイドがどのような仕組みで動いているのか、ヨーダには理解できなかった。

 しかし彼女たちにとっては設けられた制約は絶対のものだということだけは理解できた。


 ――アイツが作ったもんじゃねぇのか?


 それは考え難い。

 あれだけのものを作れる組織がこの島に二つとあるはずがない。

 少なくとも魔王に連なるものが作ったものであることだけは疑いようがない。


 ――そもそも今更なんでサラスを狙う? アイツらにとっちゃオレらなんざ虫けら同然だろうが。


 虫けら同然。言い得て妙だとヨーダは自虐的に笑う。

 現にゴーレムはこの国を簡単に踏み潰して歩いている。

 騎士団を名乗っても、できることは国民の逃げる手助けをする程度。目の前にある脅威と戦う気概さえ沸いてこない部下ばかりだ。

 それを責めはしない。ヨーダだって逃げ出したくて仕方がない。だと言うのに――


「戦ってやがんな……」


 真っすぐ城に向かっていたはずのゴーレムは軌道を変え、今は街を蹂躙するかのごとく暴れ出していた。

 結果的に時間稼ぎになったそれを、しかしヨーダは「頼むから逃げてくれ」と内心では祈らずにいられなかった。

 これだけの騒ぎになっていても未だに娘の姿が見えない。無謀なことに顔を突っ込むのは両親揃っての性格だが、今はとてもじゃないが笑えない。


「サラスっ! 師匠っ!」


 待ち望んでいた小僧がようやくやってきた。


「おせーよ」


 思わず毒づいてしまうが、やって来たムサシは目の前に映る光景に唖然としていて、恐らく耳に入っていない。


「ウソダロ……」


 彼の母国語だろう。意味まではわからなくても、どんな類の言葉なのか手に取るようにわかる。ここにいる全員が同じ気持ちだった。


「師匠っ! あれって……」

「言っておくが、オレだってあんなん見んのは初めてだよ。テメェの方がわかんじゃねぇのか?」

「あれと対抗する手段は?」


 武蔵の言葉に、ヨーダはただただ感心した。


「……テメェが勝てると思うことが、今は唯一の対抗手段だ」

「――ヨーダ!?」


 サラスが避難の声を上げるが、ヨーダはムサシに戦ってもらうことを期待する。

 そう訊くということは戦う意思があるってことだ。

 ムサシに戦う意思があるというのは、単純にそれだけでヨーダたちからすれば希望だった。

 ”勝利の加護”は諦めてしまった人間にはもたらされない。それはヨーダが一番よく理解していた。ヨーダは少なくとも、アレに勝てるだなんて微塵も思えなかった。


「くっ……」


 怯えた様子を見せながら、それでも奥歯を噛み締めて、ムサシはゴーレムを睨んだ。

 怖いだろう。重い期待に足が竦むだろう。

 その気持ちは、かつて同じように無遠慮な期待を押し付けられて死地に送られたヨーダが一番わかってはいた。しかしそのときの大人たちと同じように、ヨーダもまたムサシに重石を押し付ける以外できなかった。

 かつて自分がそうしたように、いつかこの責任をムサシによって取らされる日が来るとしても、今は彼に期待する他なかった。


「ムサシ……あのね、無茶しなくてもいいの。

 あれからはまだ逃げられるの。無理して戦わなくてもいいの。だから……」


 確かにこの場で逃げることもできるかもしれない。

 しかしサラスはきっと気付いていない。

 安全な場所がないと国民に思われた時点で、この国の破滅は近い。


「報告します!」


 街へ斥候に行かせていた一人が戻ってくる。

 そうじゃないかという疑念が確信に変わるものだろうとは、ヨーダは予感できた。


「カルナがあの怪物と交戦してる模様!」

「えっ――」

「――っ!!」


 聞くや否や、ムサシは飛び落ちる勢いで見張り台から降りていく。

 臆病な癖に、こういうときに躊躇を無くす点は、ヨーダがムサシを気に入った要因だった。


「オレも行くぜ。騎士団の一部を借りてく」

「どうして!? 逃げた方が被害は少ないはず!」

「またどっちが多く助かるかなんて考えてたか? カルナが時間を稼いでくれてるうちに逃げた方がいいってか?」

「――っ!

 ――だ、だとしても!」

「だとしても、戦う方が正解なんだよ」

「えっ? それってどういう――」

「オマエは引き続き避難を呼び掛けながら、騎士団が時間を稼いでるって伝えろ。できる限り堂々と、頼もしそうにな!」


 サラスの言葉をほとんど聞き流して、ヨーダもムサシに習って(やぐら)から飛び降りる。

 今がこの国の――サラスを王とするこの国の正念場である。

 一度でもこの国が安全でないとわかれば、不安に駆られた国民がどのように動くか想像ができない。


「この国が好きだってヤツはオレに続きな!

 国なんかよりも大切な人がいるんだってヤツは引き続き避難誘導な!」


 その指示でどれだけの団員が付いてくるかわからない。

 もっとも、一人も付いて来ないとしても、それはそれで構わないとヨーダは思う。


 続くものがいるかどうかも確認しないまま、ムサシに続けと走り出そうとすると、


「待って、ヨーダ!

 わたしも……わたしも連れてって!」


 思い掛けない声に、ヨーダは振り返る。

 そこにはシュルタとパティに支えられて、辛うじて立っているパールがいた。


「パール……わりぃけど、足手まといだ。

 ムサシが心配なのもわかっけど、今はサラスと一緒にいな」

「違う!

 ムサシくん、勘違いしてる! このままだとムサシくんが死んじゃう!」

「……勘違い?」


 パールはレヤックだ。人の心を読み取る能力がある。

 そもそも魔法の杖の毒に侵されているとは言え、誰かに支えられなければ立っていられないほど弱ってはいなかったはずである。


 ――広域でレヤックの力を使ったか?


「……馬の用意を! はやく!

 パール、詳しい話は移動しながらな」

「うん……」


 パールが勘違いを指摘している以上、そこに間違いはない。

 彼女を連れて行くことは、きっとムサシの反感を買うだろう。しかし今は戦場にパールもまた必要だと、ヨーダの中にある”勝利の加護”が告げていた。

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