第88話 ロード・オブ・ザ・リング
「指輪が欲しい!」
「無理だろ」
「無理よね」
「そんなことはわかってるもん!!」
わかってはいるが諦められない。
だからパールは唯一の気心の知れた友人二人に相談したわけだが、見事に一蹴されてしまった。
「そんな高価なもん、いくらすると思ってんだよ。
牛と交換できんだぜ? 腹も膨れないのに、どんな物好きが欲しがるかわからないもん筆頭じゃんか」
「そもそも売ってるところをほとんど見たことがないわ。
あ、でもパティね、この前、花輪の作り方を教わったわ。小さく作れば、指輪にならないかしら?」
「できれば、ずっと残るものがいい」
「無理だろ」
「無理よね」
「うー……」
パティとシュルタの二人から見れば、パールは自己主張というものをあまりしない大人しい友人だ。パティが二人を巻き込んで振り回すことがほとんどだった。だからこそ二人からしても、珍しく声の大きいパールには困惑気味だった。
「どうしてそんなに指輪が欲しいのかしら?」
当然の疑問だった。二人からしても指輪なんて魔除けの一つという認識しかない。てっきりお城で誰か不幸があったのではないかと勘繰ってしまう。
しかしパールからの回答はおよそ二人には想像の外の話だった。
「あのね、実は、結婚することになってね」
「けっ!?」「こん!?」
「うん」
シュルタは開いた口が塞がらず、耳年増なパティは目を輝かせてパールの手を取った。
「ぜひ!! 詳しく!!」
詳しくと言われても困る。
パールはただただ、パティに問われるまま、ムサシに抱き締められて頭を触られた話をした。合いの手ように挟まるパティの歓声が、妙に気恥ずかしかった。
「つまりパールは、ムサシの求婚の返事として、彼が故郷の習慣に習って、指輪を贈りたいってことね!! いいわ!! すっごく素敵!!」
「……そうか? 年の差があり過ぎだし、結婚なんてまだオレたちには早過ぎんじゃないか?」
「シュルトは女心をわかってないわ! 年上の騎士ってすっごい憧れる! パティも年上の騎士と結婚したいわ」
「ぐわぁ……」
シュルトの気持ちを感じ取っているパールにしても、崩れ落ちる彼には同情を禁じ得ない。ただそれ以上に今はムサシのことを褒められて浮き立つ気持ちのほうが強かった。
「で、でもよ、なんにしたって指輪なんて手に入らないだろ。贈りたいってんなら、パティがさっき言ったように、花輪でいいじゃんか」
「だめ!」
「駄目よ!」
「なんでだよ!? いいじゃんか、花輪。素敵だと思うぞ」
「花じゃいつかしなびちゃうじゃない。永遠に残るものがいいのよ。やっぱり女心がわからない男ね。少しはパールの旦那さんを見習いなさい」
「納得いかねー!」
パールの目にはすでに頭を掻いて叫ぶシュルトが入らない。「パールの旦那さん」と言われたことで、胸の中から幸せが溢れ出しそうだった。他人に認知してもらえることが、こんなにも幸福感に包まれることなんだとは知らなかった。
「でも、確かに手に入れるのは難しいわね。
古いナイフを鍛冶屋さんで加工してもらえないかしら?」
「それだって金がかかんだろ……」
「もう! さっきから否定ばっか!
少しくらいは役に立つこと言えないの?」
「だから花輪でいいじゃんかって言ってるだろう……」
何だかんだ言いながらも真剣に考え始めてくれるところがシュルトのいいところだ。
本当にいい友人を持ったと思う。
やがてシュルトは、何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。
「なになに、なにか役に立つこと思いついた?」
「いや……んー、指輪っつーか、最近、鉄の輪っか状のものをいっぱい見つけたんだけど……それがいいかどうかわかんないからなぁ……うーん」
「じれったいわね。あるなら見てから考えればいいでしょ?」
「ちょっと遠いぞ? 大人たちと一緒に村へ行ってきた帰りに見つけたから、行って帰ってくるだけで六時間はかかる」
「今から行けば暗くなるまでには帰って来れるじゃない。心当たりがあるなら早速行きましょう。誰かに先越されたら悔しいじゃない」
「うーん、確かに……回収される可能性もあるけど、だからこそ危ないってか……」
「パールもいいわよね?」
「えっ? うーん……」
心配するシュルトを無視して、パティが押し切る。
なんとなくいつも通りの雰囲気になってきた。パティが何かをすると言い出したら、二人には止められない。
もともとパールが言い出したことでもあるので、パールとしてもなにか手掛かりがあるならぜひとも探しに行きたい。
唯一、気かがりなのは、サラスに言い付けられていることである。
「あんまり遠くまで遊びに行かないこと。
無理するとまた熱出して倒れるかもしれないの。わかった?」
往復六時間という距離は、さすがに遠いとパールにも感じた。
しかし、
「パールの旦那さんも、きっと喜ぶわよ」
「行く!」
そんな甘言に乗せられて、軽い気持ちで出発してしまうのだった。
◇
片道三時間という距離を甘く見ていたとしか言わざるを得ない。
シュルトが騎士団を目指していたために、同年代の子供たちよりも自己鍛錬に励んでいた点も失念していた。
「シュルト……まだなの?」
「いや、もう少しだと思うんだけど……」
「もう三時間以上歩いたと思うんだけど?」
「いや、パティたちの歩くのが遅いんだって!」
「しょうがないでしょ! 歩きにくいんだもの!」
実のところシュルト自身も「こんなにも遠かったっけ」と感じるほどであったが、それも当然である。シュルトが目指した場所は、当時、ロボク村からの帰り途中に海岸線で一休みすることになって偶然見つけた場所だった。それを見落とすまいと永延と海岸線を歩いてしまったがために、当時よりも極端に体力を使う結果となった。
「……………」
「パール、大丈夫?」
「……うん、だいじょうぶ」
実のところとっくに頭は熱に浮かされていたパールだったが、持ち前のやせ我慢で耐えている過ぎなかった。自分が言い出してこんなところまで来てしまったのだ。とてもじゃないが大丈夫じゃないなんて言えなかった。
「シュルト、実は当てずっぽうで歩いてない? 確かに海岸ならいろんなものが海から帰ってくるし、指輪くらい偶然見つかるかもしれないけど」
「いや、本当に見たんだって! 大人たちも一緒だったから間違いねぇよ。
……ただ、確かに回収されててもおかしくはないんだけど……」
「さっきからあんた、回収回収言ってるけど、誰がこんなところまで来て回収するっと言うのよ?」
「いや、だって、ものがものだったし……」
「……あんた、それって一体……」
「あ、あ、あれ!! あれ!!」
突如、シュルトが走り出す。
しばらく先まで先行して行き、仕切りに「あった!! あった!!」と喜ぶシュルトだったが、パティもパールも彼に続く元気ももう残ってなく、ゆっくりと近付いていった。
石一つない砂浜ばかりが続いていた景色。
それがその場所に近付くと、まるで空から振ってきたのではないかというくらい至る所に瓦礫や木々が散乱していた。
それがどうしてそんな風に点在することになったのか、パールたちには知る由もない。
「……なに、これ……」
しかしシュルトが見つけたというそれが何のことであるのか、一目瞭然だった。
「あんた……これを指輪にしようと思ったわけ!?」
「だから言ったじゃんか! これでいいかどうかわかんねぇって!」
「いいわけないじゃない!! 馬鹿じゃないの!?」
ここまで来た結果がそれでは、パティもさすがに辛辣にならざるを得ない。しかしシュルトとしても「見てから考えればいいでしょ?」と言われたので連れて来たこともあり、一方的に責められるのは我慢ならなかった。
二人の言い争いになった原因に――しかしパールだけは全く違う反応を示していた。
そこに落ちていたのは、一体のアンドロイドだった。
手足は完全にもげてしまっているどころか、胴体まで拉げて穴が空いていた。その穴からは様々なパーツが溢れ出していて、そのいくつかが輪っかの形状をしていた。シュルトが言っていた「鉄の輪っか状のもの」とはこれのことを言っていたのだろう。
パールにとっては見覚えのあるアンドロイドだった。
わからないはずがない。だってそれは――
「――おかあさん」
「「えっ?」」
ムングイ王国の一室で半年以上眠り続けている母親二人、それと全く同じ姿をしていた。
恐る恐る触れた冷たさも全く同じ。動いているときの熱さはなく、それもまた完全に死んでしまっていた。
だけどパールにとってはそれは母親であることに違いはなかった。
四人目のおかあさんだった。




