第86話 葬式
その日、ロボク村で亡くなった人たちの葬式が行われた。一度めの魔法の杖による被害から実に半年も経ってことだった。
二度目の魔法の杖による攻撃、生き残った住人達のムングイ王国への避難や生活基盤の確保、そして毒による汚染地区に残してきてしまった遺骨の回収に時間を有したのだった。
ロボク村では亡くなった人の肉体は火葬して、遺骨は川へと流していた。これは亡くなった人を海へと送るためで、海に近いムングイ王国へやってきたロボク村の人たちは直接海へと流した。
サラスが祈りを捧げるのに合わせて、村人もまた無言で祈る。
パティの付き添いとして来ていたパールはその光景が疑問でならない。
どうして遺骨を川へ流すのか。
彼女の二人の母親は、今もムングイ王国の一室で眠り続けている。魂が初めからなかった母親二人。もう起き上がることもなければ、ご飯を作ってくれることも、笑いかけてくれることもない、二人の母親をパールは今でも好きだった。
もう動くことはなくても、パールは時折、サラスに手伝ってもらいながら二人の身体を拭いてあげたりもしていた。
死んでからもなお大切にしていた。
だからこそ、村の人たちはどうして海に流してしまうのか、疑問でならなかったのだ。
大切に思っての行いだということを、パールが一番よくわかっていた。読み取る意思がなくても、その場には死者を想う気持ちが漂っていたから。
「ねえ、どうしておかあさんのお骨を海に流すの?」
葬式の後、実際に遺骨を流していたパティに訊いた。涙を浮かべながらも、少しだけ満足したような表情だった彼女は、なにを当たり前のことをと言いだけに告げた。
「だって、そうしなかったら帰って来れないじゃない」
「帰って来れない?」
「そうよ、海の向こうにぶつかったら、何だって帰ってくるでしょ。
だからおかあさんもね、いつか海の向こうにぶつかって、誰かの赤ちゃんになって帰ってくるのよ」
海の向こうにぶつかってというのがパールには理解できなかった。
海の向こうには他の大地があるのではないのだろうか?
少なくともムサシの生まれ故郷がそこにあるはずだ。本人から直接聞いたわけではないが、時折、ムサシが帰りたいと想いを馳せる先がこの大地ではないどこかだった。
「あ、でもね、悪いことをしてる人は帰って来れないんだって。
そういう人は海の向こうの向こうまで行っちゃうのよ。そうしたら二度と帰って来れないんだって」
「悪いこと?」
「そうよ。人のものを盗んだりした人よ」
「……ふーん」
「ならきっとわたしは帰って来れない」と心の中で呟く。
人の持ち物として一番大切な魂をいくつも奪ったのだ。パールの行いは悪いこと意外に何ものでもない。
「海の向こうの向こうってどんなところなのかな?」
「さあ、どんなところなんでしょうね?
そこまで行って帰って来た人はいないのだから、誰も知らないんじゃないかしら」
少なくとも知っているであろう人物に、パールは二人も心当たりがあった。
どんな場所なのか聞いてみたいと思った。
だってそれほど遠くない未来に行くことになるのだから、どんな場所なのか気になるのは当然のことだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
これと似たような光景を見たことがあった。
大切な人を亡くして、すすり泣く声とどこに向ければいいのかわからない憤りの中で、それでも懸命に死者と向き合おうとする景色。
武蔵も確かに親しい人を亡くした一人ではあったが、それでも幼馴染の母親程度ではそこにいた人たちの想いは到底及ばないと、なんとなく居心地の悪さを感じたのを覚えている。
一年間ほとんど家に引きこもった真姫が初めて自分から外に出たいと申し出たのが、震災から一年経った慰霊祭だった。
今、そのときと同じような居心地の悪さを感じていた。
――いや、居心地の悪さを感じているのは、きっとパールがいるからだ。
あのときの武蔵のようにパティの連れ添いでその母親の遺骨を共に流すパールは、しかしそのときの武蔵とは違い、今この中にいる誰よりも死に近い場所にいた。
近い将来、武蔵もここにいる遺族と同じようにパールの遺骨を流すのだ。
そのときどのような気持ちでここに立つことになるのか、想像できない。
パティは少しだけ泣いた後、「おかあさんの骨を流せてよかった」と言って微笑んだ。
パールがいなくなってしまった後、そんな風に笑えるだろうか。
慰霊祭の後、真姫がどんな顔をしていたのか思い出せない。ただ部屋に閉じ籠った真姫の姿ばかり鮮明に思い出される。
「……つらいことだって、投げ捨てて……間違ってる……か」
それは以前、武蔵自身がパールに言ったことだ。
母親を失ってサティを母親代わりにして、サティも失いそうになって暴走したパールに、武蔵は偉そうに説教してみせた。
わかったようなことを言って、しかし今になってようやくそれがどれだけ難しいことだったのかわかる。
武蔵は死に逝くパールから、助けられないパールから、逃げ出したかった。
だけどそんなことだけはしたくなかったから、だから彼女の頭を撫でたのだ。
◇
「パールのためにできることってなんだろう?」
「それをなんであたしに聞く? 本人に聞きなさいよ」
葬式のあとパールは、今日は海岸に残るパティのそばにいるのだと言って帰らなかった。
パールの体調のことを思えば、それは止した方がいいのではないかとも思わなくはなかったが、サラスが反対しなかったので許可した。
だったら自分も残ると主張した武蔵を、パールはなぜか無理やり追い返した。パティと二人で話をしたいことがあるようだ。
サラスもまだ海岸に残っている。聞けば葬式は親族が一昼夜見送るのが通説のようで、今晩はロボク村の全員が海岸に居座っている。ヨーダはサラスの護衛だ。
そんなわけで城には珍しく武蔵とカルナの二人きりだった。
「……本人には聞いたけど、何もないって言われたからさ」
正確には「子供が欲しい」とは言われた。
それはもう様々な葛藤と押し問答を経て、色々な理由から「今はまだ」となった話を、わざわざカルナに伝える必要はないだろう。
「じゃあ、何もないんでしょ。いつも通りにしているのが一番よ」
「……冷たいな。まだパールのこと恨んでるのか?」
最近はパールとカルナの二人でいるような場面も目にしていた。
てっきりカルナのなかでパールに対するわだかまりはもうないものだと感じていたのだが。
「……恨んでるかは別にしても、冷たくなんてないわよ。
戦士が戦場へ行く前に望む一番のことって何だと思う? いつも通り過ごすことよ」
「いつも通り……」
「そう。それが一番幸せなことだからよ。
だからパールが特別なことを望んでないのなら、やっぱりいつも通りに過ごすのが一番だと思うってだけよ」
「……いつも通り……」
再び口の中に繰り返すその言葉がどんなものなのか、考えれば考えるだけわからなくなる。
だってもうパールの命が残り少ないことを知ってしまったから、だからそうじゃなかったときに意識して過ごしていなかった日々は、もうどうしたって違うものだからだ。
「あんた、やっぱり人の死に慣れてないのよ。羨ましい話だけど。
あたしたちはそれがすごく身近だったから、だから死に対して何らかしらの折り合いをつけてるわ。今日の葬式だってそうよ。死んだ人がいつか帰ってくるって信じて骨を流す。そうやって大切な人が死んだことを受け入れるのよ。
それだけじゃないわ。死んだ人の代わりを演じたり、死んだ理由を恨んだり、そうやってみんな死に対して折り合いをつけてるわ」
「……俺も、魔王を恨むべきなのかな?」
「さあね。あんたがそうしたくなったら、そうすればいいと思うわ。あたしが止めることじゃない。
……だけど、今はそうじゃなくてパールのそばにいてあげたいんでしょ」
魔王がパールの父親だからなのか、それとも同じ世界から来た数少ない同郷の人間で、彼の目的が武蔵にも痛いほどわかるからか、不思議と魔王を恨む気持ちは今はなかった。もしかしたらパールが死んだ後、その嘆きは恨む気持ちに向くのかもわからない。だけど確かに今はパールのそばにいたいという気持ちのほうが強い。
「……そもそも、あの子は、死ぬってことをどんな風に捉えてるんでしょうね?」
「……えっ?」
「……ううん。
なんにしても、あんたがそばにいたいなら、パールの望み通りに、何もせずにそばにいてあげたらいいじゃない。
……もしかしたらそのうち、何か望んでくるかもしれないしね」
カルナとそんな話をした翌日。
城へ帰宅したパールは確かに今までにないお願い事をしてきた。
それはどういう理由があってのお願い事なのか、武蔵にも全く理解できない内容だった。
「ニホンゴを教えて!」
それが死に逝くパールが望んだことだった。




