第84話 カセットレコーダー
ヨーダに連れられて来たのは、どうしてここであったのかわからないくらい他と代わり映えのしない民家だった。
「ここなら他のアンドロイドはやって来ねぇよ」
そう断言しながら玄関の扉を開けるヨーダの姿に、もしかしたらここはヨーダに割り当てられた住処なのかもしれないと思った。
一家族で生活するにはちょうどいいくらいの二階建ての家だった。
ところどころにひび割れや穴が見られて年期を感じるが、それでも誰かが定期的に掃除をしているのか綺麗な印象だった。
入り口から見て右に向かえば、そこにはリビングと呼ぶのに相応しい三人駆けのソファ。真っ先にパールがそこに腰掛けて、「ふわふわー」と嬉しそうに飛び跳ねていた。そしてその正面には――
「――テレビ?」
武蔵からしてもやや懐かしく感じるブラウン管テレビがそこにあった。リモコンのようなものが見当たらなかったが、そもそも正面の電源ボタンを押しても反応はなかったので完全に壊れてしまっているようだった。
「なに、それ?」
「これはテレビって言って――なんて説明したらいいんだ?
他の場所にいる人が見れる?」
「……なに、それ?」
武蔵の後ろから興味深そうに見つめるパールに、武蔵の持てる語彙でなんとか説明するも、イマイチ理解できない様子だった。ただ武蔵を真似てスイッチを押し、「わっ、変な感じ!」と面白がっていた。
何度もスイッチを連打するパールを置いて別の部屋へ向かえば、今度は台所の流しの前でカルナが首を捻っていた。
「これってかまどよね?
火口と窯を置く場所が繋がってないんだけど、これでどうやってくべるのかしら?」
「ちょっといいかな」
オーブンコンロの前でこちらも何度も蓋を開け閉めしているカルナと入れ替わり、コンロの摘まみを回す。すると慣れ親しんだ着火音と共にコンロから火が着いた。
「えっ? えっ!? 嘘嘘!? なにそれ!?」
目を白黒させているカルナを後目に、火を消す。
ガスも来ていることが確認できた。あとは――。
「えっ!? ええっ!? なんで!? どうして!?」
蛇口を捻れば水が出ることも確認できた。
なぜか焦燥感に駆られる。
気になることが多すぎて、早く次の部屋へ移動しようと駆け足で立ち去ろうとして、
「ちょっと待ちなさい!!」
「ぐえっ!?」
カルナに襟首を掴まれ、呼吸が止まる。あまりの勢いに一瞬気を失ったかと思ったほどだ。
「えっ!? あんたなに、これ、どうやったの!? 魔法なの!? 魔法なの、これ!?」
「と、とりあえず、落ち着いて、カルナ。服を引っ張らないで。
魔法じゃないから。ここ捻れば火は着くし、こっちを回せば水出るから」
「あたしでも!? あたしでもできるの!?」
興奮冷めやらぬというカルナは、武蔵の返事も聞かずに恐る恐るという感じでガスコンロの摘まみを回した。
「ホント! すごい! すごいわ!! これ!!
お父さん! これ持って帰るわよ!」
「あ、いや、待って、それは止めたほうが――無理に引っ張るとガス栓抜けるから! 危ないから!!」
余程興奮したのだろう。普段呼ばないお父さん呼びまで飛び出しながら、ガスコンロを引っ張るカルナをどうにか止める。
「本当に、すごいね……」
そんな様子を遠巻きに見ていたサラスも、感嘆と声を漏らす。
「そう言う割には、冷静だね」
「そうかな? ヨーダに色々と聞かされてたからかも。
でも、想像できないことばっかりだったから、本当に驚いているの」
カルナが興奮し過ぎなのかもしれないが、それでもサラスはキョロキョロと見回すばかりで、他の二人に比べて目に付いたものを手に取ったりということはしない。
「まっ、確かに色々と話はしたがな。
でも、これの話はしたことねぇだろ」
そう言いながら二階から降りてきたヨーダの手元を見て、武蔵は顔をしかめる。
ヨーダが持って来たのは、カセットレコーダー。武蔵からしたら懐かしさすら感じないくらい昔の商品ではあったが、顔をしかめたのはそれ自体に対してではない。そのカセットレコーダーの正面に、武蔵もよく知る日本企業のロゴが刻まれていた。
「ヨーダ、それ……」
「待った、オマエは黙ってろ。
サラス、なんか喋ってみろ」
電源コードを壁のコンセントに差し込んでカセットレコーダーを操作する姿に、武蔵はヨーダがなにをしようとしているのか気付いて、言われた通り口を紡ぐ。
「何かって急に言われても……。
そうね、それはなんの道具なの?」
「よしっ! いいぜ」
ヨーダの手元を見なくてもわかる。キュルキュルと鈍い摩擦音が響く。そして、
「ほらよ」
『何かって急に言われても……。
そうね、それはなんの道具なの?』
「えっ? えっ?」
少しだけ間延びした感じにはなっていたが、それでも間違いなく先ほどのサラスの声がリピートされる。
声をやまびこされたサラスは気味が悪そうにカセットレコーダーを睨みながら、
「これは……小さい人間を閉じ込めてるの?」
「なんでそんな発想になるの!?」
突飛な発想に思わず突っ込まずにいられない。
「だって、急にしゃべりだすから……。
あっ、機械人形の頭の部分ね、これ。よく見たら眼と口があるもの」
「どこが眼と口だと思ったの?」
「違うの?」
思っていた反応だったから、満足したのだろう。ヨーダはニヤニヤした表情で自慢げに、
「コイツはな、音を閉じ込める道具だ!」
まるで自分が作ったかのように宣言する。どう見てもメイド・イン・ジャパンである。
「音を閉じ込める? えっ、今のって私の声なの!?」
「どこをどう聞いてもサラスの声だったよ」
「私、こんな変な声なの!?」
「驚くとこはそこ!? いや、なんかわかるけどっ」
録音する機械が溢れている世界にいた武蔵からしたらあるあるネタではあるが、この世界に生きるサラスは一生気付くはずなかっただろうに。
「これって一生残るの?」
「たぶん残るんじゃないかな」
「それは、ちょっと、恥ずかしいかも……。
――ヨーダこれどうやって使うの?」
ヨーダに使い方を教わると、サラスはカセットレコーダーを抱えて二階へと上がってしまった。自分の声を消そうと考えたのだろう。
その間に武蔵はさらに目ぼしいものとして、書棚にあった本をいくつか取り出してパラパラと捲る。年代を感じるくらいボロボロになってしまったそれらは、全てが英語で書かれていて、内容までわからなかった。
しかしそれでもわかったことはある。
『……三百年ほど前、この島の西岸のほうに、突如として摩天楼のような建物が現れたと言われているの』
恐らく、この家は――いや、たぶん街そのものが三百年前に異世界転移してきたのだろう。
少なくとも、この世界で造られたものではないと武蔵は感じた。別の場所から無理やり持って来たものを、なんとか維持しているように見受けられた。
でも、そうすると――。
「どうだ、懐かしいって思うか?」
本を閉じると同時にヨーダが声をかけてきた。恐らく話しかけるタイミングを見計らっていたのだろう。
ヨーダが何を聞きたいのかわかる。
以前、彼は「エレクトリカルパワーが欲しい」と言っていた。ヨーダはここにあるものをムングイ王国でも使えるようにしたいと考えているのだろう。そのヒントを武蔵から得ようと思っていたとしても不思議ではない。
むしろサラスに押し切られたように見せかけて、実はヨーダ自身が武蔵をこの街に連れて来たのではないだろうか。思えばヨーダは昨晩、サラスをこの街に入ることを一切止めなかった。
「確かに、懐かしいって感じるよ。
……だけど、たぶんヨーダが考えてるような懐かしさじゃなくて……」
ヨーダが言いたいのは、恐らくノスタルジックのような懐かしさだろう。
しかし武蔵が今感じているのはレトロという意味での懐かしさだった。
ここにあるもの全てが武蔵の感覚で古いと思えてしまう。
そしてそれこそまるでテレビや映画の中を歩いているような、非現実的な感覚がどうしても拭えない。
「……この街が、魔王が異世界転移前に生活していた街だとするなら、俺と魔王は全然違うところから来たんだと思う」
少なくとも、この家が日本で建てられたとは思えない。
どうしても家に入ったとき感じてしまった違和感。玄関がない、靴を脱がずに家に入るという違和感に対して、異世界に転移して半年以上経ってもなお、日本人である武蔵に強烈な抵抗感を与えていた。
この街に入った時点でそうじゃないかとは感じていたが、この家に入ってほとんど確信に変わった。「ニューシティー・ビレッジ」と呼ばれるこの街は、元々はアメリカのどこかの街だったのだろう。
「そりゃまあ、もしオマエと魔王が同じところから来たんだとしても、三百年も前だかんな。全然違うっちゃ違うのかもしれねぇわな」
「……それもなんかおかしいんだけどな。
確かに、ここにあるものは古いって感じるけど、それでも三百年も前じゃない。俺が知ってる時代から三百年も遡ったら、ここにあるものは何一つないはずだ」
「つーことは、ここにあるもんは三百年もかからずに作れるってことか……」
「……………。
……せいぜい百年くらいじゃないかな」
「……すげぇな」
ヨーダの興味はここの機械に取られてしまっていて、武蔵が話したいことからは微妙に逸れてしまっている。
それはしょうがないことなのかもしれないが、少しだけ悲しい気分だった。
武蔵はヨーダから距離を置くように、再びリビングへと戻る。
そして気付く。
先ほどまでテレビのスイッチを連打して遊んでいたパールが、床に伏して倒れ込んでいた。
「……パール? ――パールっ!?」
呼び声に返答はなく、慌てて抱き起こしたパールは、ただただ苦しそうに浅い呼吸を繰り返すばかりだった。




