第83話 ニューシティ・ビレッジ
魔王城と呼ばれるその場所は、武蔵から見れば、巨大な工場と、そこからやや距離をおいて閑静な住宅街が並んだ、所謂一つの都市のようなものだった。
工場地帯に立ち並ぶ円錐型の煙突からは白い煙が立ち上っており、その工場が健在と知れた。
偵察としてヨーダが魔王城へ先行したため、武蔵たちはその場で待機となった。
辺りが暗くなるに従って、魔王城はますますその存在感を増していった。明かりが付いたのだ。
それは街全体を照らし、辺りの暗さとも対比して、さながら不夜城と言った形相だ。サラスがその場所を「摩天楼」と呼んだ理由もなんとなくわかる。
「噂では聞いてたけど、すごい光景……」
「きれい……」
「そうね。まるで地上に星空が降ってきたみたいだけど、でも、少し気味が悪いわ」
女性陣がその景色に見とれながらも、どこか異質なものとして恐怖している。
武蔵はヨーダが「エレクトリカルパワーが欲しい」と言っていたことを思い出した。こんな光景を見させられたら、畏怖するか羨望するかしかできないだろう。
「電気、か」
武蔵の住んでいた世界では当たり前のように存在して、当たり前のように教授していた。一時は震災で脅かされたが、それで武蔵は初めて電気は自然的に発生しているものではなく、誰かによって作られて供給されているのだと意識できた。
――つまり、これもどこからか供給されてるってことか?
それがどこからなんて考えるまでもなかった。
そして魔王が扱う武器がなんであるかも知っている以上、魔王城の正体は推測できた。
「この工場……もしかして原子力発電所なのか?」
確証があるわけではなかった。武蔵自身も映像や写真なんかで見ていても、直接、原子力発電所を見たことはない。実際にはメディア越しに見ていたそれらと、今目の前にある光景はややも違っていたが、それでも口にしてしまえば、ますますそうとしか思えなかった。
――これを、この世界で作ったのか?
アンドロイドなんて現実離れしたものを実用化させているのだ。今更、原子力発電所くらいどうだという話ではある。しかしそれでも目の前に明らかに規模の違う巨大建造物を見せつけられると、ムングイ王国との技術力の差に愕然とする他ない。
「……………」
それはサラスたちも同じような思いだろう。気付けば口数は減り、魔王城を見入るばかりだった。
「おう、戻ったぞ」
ある種の諦観を帯び始めていた空気を押し返すように、いつもの軽い調子でヨーダが帰ってきた。
少しだけ救われたような思いを感じながら、ヨーダに魔王城の様子がどうだったのか聞く。
「この前とまったく変わってねぇな。
相変わらず、ヤツは戻ってきてねぇ。サキも一緒っぽいな。
こりゃ、いよいよ目的見失って、二人で心中でもしたかもわかんねぇな」
「……………」
サラスたちは、そうであれば朗報だろう。
しかし武蔵としては、それはそれで複雑な心境だった。手段はどうあれ、同じ目的を持った人間が夢破れたとあっては、武蔵は同じ覚悟をしないといけない。
「まだそうと決まったわけじゃないと思うの。
日の出を待って、私たちも魔王城へ行ってみよう。
ここまで来たんだもの。手ぶらでは帰れないの」
そう提案するサラスの視線を感じて、それが多少でも武蔵の心境に配慮したものでもあるとわかる。
「……いいぜ。どうせ反対したって言うこと聞かねぇんだろ。
その代わり、なんかあったら、オマエが盾になれな」
ヨーダもまた武蔵を見ていた。彼の場合はなにか考えがあるようだったが、それよりも何よりもこの後の発言は聞き捨てならない。
「ちょっと待ちなさいよ!! どうしてサラスが盾にならなきゃいけないわけ!? 普通、逆でしょ! 逆!」
それはカルナも同じだった。武蔵が訪ねるよりも先に声を荒らげていた。
「カルナ、大丈夫だから。
本当に私が盾になるのが一番なの。理由は行けばわかると思うから」
以前、ヨーダが言ったのと全く同じことをサラスは言う。当然、それだけで納得なんてできないカルナはさらに声を上げようとして、
「おっと……大丈夫か?」
うたた寝でもしていたのか、武蔵はパールが倒れそうになったのをすでのところで抱きとめる。
「あっ……ごめん、なさい。
ちょっと、眠くて……」
そう言いながらパールはまばたきを繰り返しては目を擦る。
無理もないと思う。どちらかと言えばパールはインドア派だし、何よりもまだまだ幼い。丸二日間の長旅は体力的に厳しいものがあろう。
「もう寝よっか?」
「ムサシくん、一緒に寝てくれる?」
「パールが寝るまでは一緒にいるよ」
「えへへ、じゃあ、寝る」
ヨーダの言う通りにムングイ城で留守番させていたほうがよかったのかもしれない。そんな後悔もあってやや甘くなっていると思いつつも、武蔵はパールの手を取る。
「とりあえず今日はもう休もうか?
明日はもっと疲れるだろうし」
そのまま解散という雰囲気もあり、サラスの提案に、もう少し物申したい様子のカルナも尻すぼみだった。
最後に、武蔵は改めて魔王城と呼ばれる都市へ目を向ける。
工場地帯が武蔵の考える通りの発電所だろうと、例えばアンドロイド生産工場だったとしても、それはそれでどうでもいいと思った。
ただどうしても気になったのが、昼間に見えていた住宅街の方だ。
夜になり、そちらには一切の明かりが灯らなかった。今ではほとんど暗闇のなかに沈んでしまい、その全容を再確認することができない。しかし家の形をしていたことだけは間違いなかった。それも一軒や二軒という数ではない。それこそ住宅街と認識できる程度には並んでいたのだ。
それらに果たして誰が住んでいるのか――。
もしかしたら魔王アルクやサキ以外にも、自分と同じようにこの世界に来てしまった人がいるのではないかと考えずにはいられなかった。
しかし、結論だけ言ってしまえば、その街には既に人間は誰も暮してなんていなかった。
◇
工場を魔王城と呼ぶのなら、そこは魔王の城下町と言ったところか。
特に街とそうでない部分に門や壁という仕切りがあったわけではなかったが、それでも明確にここからが魔王の城下町と呼べる転換点があった。
地面を馴らしたあぜ道は、突如として舗装路へと変わった。それも砂利や岩を敷き詰めたようなものではない。アスファルトで出来た道だった。
そして舗装路に入ってすぐに見えたのは青い屋根の家。その入り口にはメイド服を着た女性が立っていた。
「ヨーダ……」
「心配すんなって、ありゃ問題ないタイプのヤツだ」
アンドロイドもすでにこちらを認識していた。警戒するように視線を外さず、ただ武蔵たちを凝視していた。
「よう、今日もご機嫌麗しくて?」
そんなアンドロイドに、ヨーダは軽く挨拶を交わす。。
「貴方が何度もこの村を出入りするなんて珍しいですね。
何か問題でも起きていて? その後ろの方々は?」
ヨーダの馴れ馴れしさに反して、アンドロイドは眉一つ動かさずに疑念の眼を向けてきた。
「バリアンだ。わかんだろ?」
「―――――ええ、存じております。
ようこそ、ニューシティ・ビレッジへ。貴女の来訪を歓迎致します」
「えっ、ええ……」
しかしサラスの存在を認識すると一変して、微笑みを浮かべてきた。
その余りの変わり様に、向けられたサラスも戸惑いを隠せないでいた。
舗装路を入って最初の家の前である。もしかしたら門番のような役割のアンドロイドなのかもしれない。しかしそれもバリアンの名前を出せば顔パスで、その後一切の追求はなかった。
ヨーダやサラスが「行けばわかる」と言っていたのはこのことだろう。しかし――
「……これってどういうことよ?」
確かにサラスが安全だという理由はわかった。しかしその理由が全くわからない。
カルナの疑問は最もだった。
「知らねぇよ。
知らねぇけど、アイツらにとってバリアンってのは、危害を加えちゃならねぇ一つってことになってんだよ」
「……これのせいで、ムングイ王国内で内紛が起きたの。魔王と王国は裏で手を組んでるんじゃないかって。
各町々で人工の流出も起きてたから、王国に対しての批難は抑えきれなくなって、その潔白を証明するためにもお父様は魔王に宣戦布告せざるを得なかったの」
「……………」
ロボク村でサラスが妙に気を使っていた理由もなんとなくわかった。
サラスにとっては魔王との戦争は、自分が扇動したものであるが、同時に自分が起こしたものでもあると感じているのだ。
「まっ、昔の話なんてどうでもいいさ。
今、大事なのは、サラスが一緒なら襲われる心配はねぇってことだ」
この話はここで終わりとばかりに、ヨーダは先頭をずんずんと歩いていく。
それに続きながら、武蔵は先ほどのアンドロイドの言葉が気になって、そっと振り返る。
アンドロイドは武蔵の視線に気付くと、再び微笑んで会釈を返した。
「……ニューシティー・ビレッジ?」
レールガンを持ったアンドロイド――プリムスも同じ名称を口にしていた。恐らくこの街のことを指した言葉なのだろうが、それは武蔵でもわかる程度の英単語だった。
新しい街の村。
辺りを見回せば、どこかフレンチカントリーな雰囲気が漂う家々。海外ドラマで見るアメリカの民家がこんな様子だったと思い出す。
「なあ、ヨーダ。どこかの家に入れないか?」
何かを確かめたいと、焦る気持ちを隠さずに武蔵はヨーダに詰め寄る。
「ああいいぜ。
つーか、オマエにはぜひ見てもらいたかったからな」
不敵に笑うヨーダは続けて言う。
「コレがオマエのいた世界だろ」




