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第81話 魔王総論

「オレは反対だ。アイツに会ったところでなんも変わんねぇだろ。

 アイツはただ家に帰りたいだけが目的で、そのためなら手段を選ばないクソ野郎だ。会って話をしたからって、はいそうですかって諦めるようなヤツなら、この三百年でとっくに諦めてるだろ。

 危険ばっかりでいいことがねぇ。偵察目的なら今まで通り、オレが行けばいいだろ」


 ヨーダも交えて、改めて自分の意向を告げたサラス。

 最初こそ強くそう反対していたヨーダだったが、結局のところサラスに押し切られる形で、泣く泣く魔王の下へ折衝に向かった。


「どうして三百年も諦めないで帰り続けようとしてるの?

 それってとんでもないことだと思うの。それこそなにか理由がなかったら、とっくに諦めてると思うの」

「……………」


 ヨーダに告げる言葉は、その場でただ静観しているだけに徹していた武蔵の胸に刺さった。

 自然と真姫の顔が浮かぶ。

 武蔵にも理由はあった。それでもこの国に来てから七か月そこらで「今はまだ帰れない」と口にした武蔵には、三百年途方もない時間を諦めずにいられる自信はなかった。


 武蔵の胸中は置いておいて、結局のところヨーダが折れたのはただ一言、


「私が会って話をしてみたいの!」


 そんな我がままにも近い言い分だった。




      ◇




「アルクってどんな人物なんだ?」


 夕食に一人欠けた状態が早くも一週間が経った頃。何事もなければそろそろヨーダが首脳会談の日程を整えて帰ってくるのではないかという頃に、武蔵は今更のように聞いた。

 魔王、あるいは悪魔のような代名詞にもなっている人物である。なので勝手なイメージとして描いていたのは黒いマントに角を生やした如何にも人物像だった。しかしよくよく考えてみて、その配下のような存在であるアンドロイドとは幾度となく戦ってきたが、魔王自体がどんな人間なのか全く聞いたこともなかった。


「あたしは会ったことないわね――パール、食べ物を無意味に潰したらダメよ」

「……はーい」


 鶏肉をソテーしたものを何度もフォークで突くパールに注意したのはカルナだ。自分が作ったものが粗末にされているのが、見過ごせなかったのだろう。

 やや剣に生きる傾向を見せるカルナだが、それでいて意外なことに料理は滅法得意だった。その腕は記憶喪失になる前のサティ以上のもので、武蔵は食欲なさげなパールの分も頂けないものか考えていたところだった。


「昔――会ったことなかったの?」


 掴まっていたときに――とは言えなかった。

 アルシュナがすでに亡くなっていて、武蔵たちが会ったのは妹のクリシュナだったということはすでに聞いていた。

 それもあって、その話題に対しては触れずらいところではあった。


「ない……と思うわ。

 会っても誰が魔王かなんてわかんなかったと思うけど、基本的にあの施設にはフリフリの格好の女しかいなかったし」


 事も無げに言う。

 でも確かに、あれだけ人間のようなアンドロイドを大量に従えていれば、自ら表舞台に出てくる必要なんてないのかもしれない。


「パールは?」

「知らない。会いたくもないし」

「まあ、そりゃそうだよな」


 パールからしたら、自分と母親を捨てた悪い父親以外の何物でもない。

 それこそパールのイメージでも黒マントに角の生やした悪魔のような存在なのかもしれない。


「ヨーダ以外は会ったことないと思うの。私もどんな背格好の人物なのか見たことないもの」


 サラスが丁寧にナイフとフォークを置いて、武蔵に向き直る。


「そうなのか? でも、魔王には不老の加護があるとか言ってなかった?」

「それを鑑定したのは、昔のバリアンなの。それが代々言い伝えられてるだけだから」


 現世の魔王に対するものにしては、昔話のような言い草である。三百年も生きていると一種の伝説のように語られるのだろう。


「ヨーダが言うにはね、一見すると好青年のようだって話なの」

「好青年?」


 その単語は、武蔵の抱く魔法の杖を使って世界を脅かす魔王のイメージからはかけ離れていた。


「すっごく優しそうで、すっごく親切そうで、すっごく紳士的で――とても魔法の杖を使うような人間には見えないみたいだけど、でもなにを考えてるかわからないヤツって、ヨーダはそう言ってた」


 武蔵のなかで友人の江野栄介の姿が頭に浮かぶ。

 彼もそんなタイプの人間だった。なんでもできるし、誰にでも優しい、凡そ天才というのは彼のような人間を言うのだと誰もが信じて疑わないが、しかし何を考えているかわからないところも多かった。栄介のガンコレクターっぷりは、彼の部屋に行った誰もが度肝を抜く。


「そんなことするヤツには見えなかったって、なにかあると決まってそんなこと言うもんよ」


 カルナのコメントによく見たニュース番組の場面を思い出して、確かにそんなものかもしれないと納得する。

 何れにしても魔王が全く話にならないような人物ではなさそうだということだけは理解した。その辺りの印象を予め聞かされていたからこそ、サラスは魔王に会いたいと言ったのかもしれない。


 ――そうなると魔王と会うにあたって、警戒しないといけないのはサキさんか……。


 武蔵と同郷を名乗るアンドロイドは、魔王と会おうとする武蔵を本気で殺しに来た。恐らく今回も殺してでも止めようとするだろう。ヨーダの反対要因はここが大きいように思う。


 魔王が魔法の杖を使うのを止めたいという共通の目的があるものの、その根本理由は武蔵の目的とは全くもって相反する。

 そして実のところサラスたちの本来の目的とも相反している。

 サラスたちからしてみれば、魔王が異世界転移実験を成功させてしまえば、それはそれでこの恐怖は終わるのだ。しかしそれこそがサキが最も阻止したいことのようだ。

 サキがどうして魔王を元の世界に帰したくないのかはわからない。

 帰る方法なんてないとも言っていたが、必要に武蔵と魔王を会わせようとしないのは、そこに帰る手掛かりがあるように思えてなからなかった。


「……あ、ちょっとパール、もういいの?」


 考え事をしているうちに、気付けばパールが祈りを捧げていた。

 ちなみにこの国では「いただきます」や「ごちそうさま」に代わる言葉がない。食事の前後で無言で祈りを捧げるのが習わしだ。


「うん、もうお腹いっぱい」

「ホントに? 全然食べてないように見えるんだけど」


 先ほどから食事のマナーに口煩いカルナだが、それは躾のためだとか元々マナーに厳しいというわけではない。単純に美味しくなかったのかどうかが気になっているからだ。心配しなくても十分に美味しいのだが、意外と努力家のくせに自分に自信が持てない損な性格なのだ。


「大丈夫よ、カルナ。残りはムサシくんがすごく食べたそうにしてたから」


 そんなカルナの内心を察したパールの言葉は、武蔵の心をちくりと刺す。なんとなく自分のさもしさを見透かされたような気分で、武蔵は二人のやり取りから目を反らした。


「そ、そういうんじゃなくてっ!

 ちゃんと食べないと大きくなれないんだから」


 胸を張ってそう主張するカルナの言葉は、執拗以上に説得力があった。


「……ムサシくんは小さいほうが好きだから、いい」

「いや、大きい方が好きだからねっ!」


 なぜか一々飛び火させられて、思わず突っ込みを入れるも、


「そうなのっ!?」

「なんでサラスが一番驚いてるの!?」

「……そうなの……」


 ――いや、控え目でもいいと思うけどさ。


 俯くサラスの視線が何を捉えているのか気付きながらも、武蔵は一度口から出た言葉を訂正しなかった。


「――あんた、もしかして」

「おう、戻ったぞ」


 カルナがなにかに気付いてか、パールに手を伸ばしたそのとき、ちょうど食堂の入り口からヨーダが顔を覗かせた。

 敵の本丸に行って戻って来たにしては、ちょっと散歩に行ってきたかのような気軽さだった――いや、ヨーダからすれば、敵陣でもないのかもしれないが。


「ゴチソウサマデシタ」


 パールはその隙に、武蔵が教えてあげた日本語で強制的に食事の切り上げを宣言して、ヨーダの脇をすり抜けて行ってしまった。


「あーあ、腹減った腹減った」

「あっ……」


 入れ替わりにテーブルに着いたヨーダは、パールの残したソテーを素手で摘まんで食べてしまった。


「もうっ。なによ、ゴチソウサマデシタって」


 などと口のへの字に曲げるカルナだったが、それでも味に文句があったわけではないだけはわかって満足なのか、とりあえずは席に戻る。

 当然の如くあるであろう報告をこの場にいた全員が待つが、しかしヨーダは「うまい、うまい」と一週間ぶりのまともな食事に夢中だった。


「あのー、師匠?」

「……………」


 うまいうまいと言う割には、その表情はあまりに浮かない。困っているというか、悩んでいるというか、そんな雰囲気だった。


「ヨーダ、報告しなさい」

「……わぁってるよ」


 サラスに命じられて、ようやく渋々と重い口を開く。


「いいか、これはオレがアルクに会わせたくないからってついた嘘じゃねぇぞ」


 そんな牽制のような前置きに続く言葉は、確かにこの場の全員を困惑させるものだった。


「魔王アルクがいなくなった。どこに行ったかもわかんねぇ。完全に行方知れずだ」

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