第07話 プチメイドは撫でられることを許さない
陽の光が眩しくて目が覚めた。
昨晩はカーテンを閉め忘れたのだろう。
しかし暑い。ゴールデンウィーク前なのにまるで夏休み前のようだ。
そのせい横になっているのにクラクラする。
「……そもそも、ここはどこだ」
天井は見慣れない石造りでしかも平らじゃなくて半円アーチを描いていた。崩れてこないか不安になる。
枕がかつてない使用感。感触としては籠のようなものを頭に敷いているような感じだ。寝ているのに後頭部に風が通る感覚は暑い日差しを中和してくれる。
布団は普段使っているものより柔らかくて心地よい。
「……気持ち悪い」
とにかく頭が痛い。頭頂部辺りがズキズキする。
触って確かめてみるとコブができていた。触ると余計に痛かった。
「ああ、そうか……」
その痛みで思い出す。木刀で思いっきり殴られたことを。
頭がかち割れてないのが幸いだろう。あんなもので頭を殴られたら普通命に関わる。
――それとも手心を加えられたか。
間違いないだろう。
竹刀で、しかも防具を着けてても、頭を叩かれればをかなりの衝撃を受ける。
それが木刀に代わればどうなるかなんて推してわかる。
「ああ、もう、なんなんだよ」
どこだかもわからない場所で、気絶させられ、目覚めて、友好を深めたと思えばまた殴られて――。
生かさず殺さずのまま、誰にも事情を説明されず、振り回されている。
「なんなんだよ……」
思わず涙がこぼれる。
事態の不可解さに、自分の置かれた状況に、嘆かずにいられない。
むしろ今までよく耐えてきたと思う。
泣いたっていいじゃないか。
「えっ……」
そんな武蔵の頬にそっと小さな手が触れる。
驚いてその手の先を見ると、そこにフリフリのエプロンドレスを着た小さい女の子がいた。
十才に満たないくらいの女の子だろう。武蔵が振り向いたのに多少驚いた素振りを見せたが、そのまま武蔵の横たわるベッドに身体を半分よじ登らせて、武蔵の頬を撫でた。
誰かがいると思わなかったので、一気に涙が引っ込む。
そして、そんな小さな女の子に泣いているところを見られたことが、なんだか妙に恥ずかしく感じる。
女の子は何かしら言葉を話すが、やっぱりそれはなにを言っているのかわからなかった。
ただ、それが武蔵を励ましていることだけはわかった
「あ、ありがとう」
武蔵の返せる言葉は日本語しかない。
案の定、お礼の言葉は通じず、女の子は不思議そうに首を傾げるのだった。
――なにか感謝を伝える方法……。
武蔵は考えあぐねて、特徴的な栗色のくせ毛に手を伸ばす。頭を撫でようと思ったのだ。
しかし、その手は叩かれてしまう。
再度、手を伸ばす。
叩かれる。
伸ばす。
叩かれる。
仕舞いには飛び退いて距離を置かれてしまう。
「―――――」
気付けば女の子は顔を真っ赤にして頬を膨らましていた。
そして逃げるように部屋から飛び出していった。
――恥ずかしかったんだろうか?
「まあ、いいか。ありがとう」
乱れた心は落ち着きを取り戻していた。
もう聞こえるわけはないが、伝えられなかった感謝を再度口にした。
上体を起こす。
脳震盪の影響か軽い吐き気を催すがそれを飲み込んで、周囲を見回す。
天井同様の石造りの部屋は、間違いなく昨日連れて来られた寺院の一室なんだろうと推測できる。
特に監視が着いているわけでも、軟禁状態にされているわけでもない。
部屋の入り口は開けっ放し――というよりも、そもそもドアがない。
まさかあの幼児が監視役だったというわけでもないだろう。変な人がいるのが気になって勝手に入ってきたのではないと思う。
逃げようと思えば逃げられる状態。
――逃げるってどこに?
ベッドのすぐ側に窓が備え付けられており、日差しはそこから煌々と照らし出されていた。
窓の向こうは牢屋から見た外の景色とそう変わらない、森と海が見えていた。
脳震盪から回復したばかりの体調で、恐らく逃げ出してもすぐに気持ち悪くなって動けなくなる。過去、練習中に気絶したことがある武蔵の経験則だった。
再度、布団に横になる。
陽の光は今し方日の出を迎えたような角度ではない。
恐らくもう昼過ぎだ。
中学二年の息子が一晩帰らなくなってほったらかしにするような両親ではない。
何なら昨晩のうちに警察へ相談に行っててもおかしくはない。
そのうち誰かが探しに来てくれるんじゃないか。
だったらこのまま横になっていたいと思った。
身体の気怠さも手伝って、そんな投げやりなことを思う。
もうしばらく寝てしまおう。
少なくとも夢の中ではわけのわからない状態を忘れていられる。
武蔵は思考の一切を放棄して、目を瞑った。
こんな状態でも不安感を思い出さずにいられたのは、やっぱり先ほどの女の子のお陰だろう。
やっぱりちゃんとお礼を言いたいと思った。
どこからともなく穏やかな歌声が聞こえ始めた。
子守歌のようなその音色は、武蔵がどこから聞こえているのか確認しようと思う前に、彼を深い眠りへと誘うのだった。




