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第75話 失格者たち

 見届けなくてはいけないと思った。

 支えを失ってしまったような身体をどうにか押して外に出たサラスは、そのときを待った。

 悲しいことに、その光はどこにいても見えてしまう。

 その光がなにを飲み込むのか理解して、それを決めたのは自分で、だからこそ泣かずに見届けようと思った。


「あっ――」


 程なくして、それは見えた。

 太陽のようでありながら、恐怖と脅威の象徴。どれだけ離れようと目を焼く眩しさと、全てを薙ぎ払うような勢いはサラスまで届く。火の玉は熱を帯びたことを主張するように赤く閃きながら、空を突き抜けていく。


「……カルナ……あぁ」


 この世の終わりのような光景を前に、それでも村への被害は最小限に留まるだろうとすぐにわかる。

 大切なものを犠牲にして手に入れたものだ。そうでなくては納得できない。


「カルナぁ……カルナぁぁぁ……」


 そうであっても、納得などできないのだと、そのとき初めて気付く。


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 泣かないと決めたのに、そんな意識とは裏腹に、声は抑えることができない。

 突風は轟々と響くなか、それでもサラスの叫びは掻き消えない。


 これをヨーダは弱い人の選択だと言い、それでもサラスはそれを受け入れなかった。

 しかし、それは間違いなく弱い人の選択だった。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 こんなにも涙が出る。これが弱い人以外のなんだと言うのだ。

 こんなにも胸が締め付けられると想像できなかった。こんなにも涙が堪えられないものだと考えられなかった。

 そんなこともわからないで、傲慢にも王を名乗り、選んだ気になっていた自分がどれだけ愚かで弱い人間なんだと思い知る。


「ごめん……なさい……ごめんなさいっ」


 今更、失ったものの重さを知る。

 今更、命を背負っているということがどのようなことなのかを知る。


 王様失格どころの話ではなかった。

 サラスは一度として王様になんてなれていなかった。


「ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!!」


 ただ、口から零れ落ちるのもおこがましい嗚咽と謝罪を繰り替えす。




 気付けば光は収束して、僅かな上昇した熱量と肌をざわつかせる風だけが残り――それさえも大気のなかに消えていく。

 魔法の杖が使われた恐怖と不安が村に漂っていた。

 ナクラに「サラス様」と声をかけられたが、それでも動くことができないでいた。


「今は……少し……時間を下さい」


 辛うじて紡いだその言葉を受けて、その後の村人への対応はナクラが買って出てくれたことだけは何となくわかる。


 太陽が傾いていく。

 その日が終わってしまうことが信じたくなんて、また涙が零れていく。

 それでも取り乱すようなことがなくなったのは、いつの間にかもたれるように一緒に座っていたパールのお陰だろう。

 パールはなにも言わずに、ただサラスのそばにいてくれた。

 今はそれがありがたく――そしてそれに甘えてしまいたくなる自分が情けなかった。


「あ――」


 そんな風にずっと黙っていたパールが突然、声を上げて立ち上がった。

 何に対しての声だったのか、遅れてサラスも気付いて、


「えっ――」


 全身が震える。それは寒気のような、感極まってか、サラスにもよくわからなかった。

 まるで歩くことを初めて知った子供のように、ゆっくりと立ち上がって歩き出す。


 馬に跨る人影が三つ。夕焼けを背負いながらゆっくり近付くその影は、しかし昔からよく知る形だった。


「――あぁ……」


 先頭の人影がはサラスの近くで馬から降りると、


「……ただいま」


 なぜか懐かしく感じる声でそう呟くので、サラスは思わず彼女に抱き着いた。


「あっ……あぁ……あああぁぁぁ」


 いろいろな想いは、口から出ても言葉にならなかった。

 サラスはカルナに抱き着いて、ただただひたすら泣いた。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 ロボク村でのそのあとの出来事を、武蔵はあまり知らない。


 サラスたちの無事を確認すると、毒の影響がどうとかと止められながらも、騎士団への伝令役という名目の下でサティを連れて一早くムングイへ帰還した。


 その後、生き残った村人たちは、新村長のナクラの指示に従ってムングイへと一時避難することになったらしい。


 武蔵が帰還してからのムングイが慌ただしかったのは、なんとなく人の足音で察した。


 ――いや、混乱していたと言うべきか。


 この国に実質的な指導者がいなくなってしまった。

 ヨーダは行方不明ということになっている。

 そしてサラスは――。




      ◇




 ムングイへ戻ってきてからの一ヵ月、喉元から込み上げてくる嫌な感じが止まらない。

 試合前に足を捻挫したような感じだった。

 練習をしないといけないのに、怪我で休まざるを得ない。いつまで経っても轢かない腫れを無視して、独断で勝ってに動かしてみればますます悪化していく。焦燥感に駆られてなにかをすればどんどん暗転して行くようなひっ迫感。


 サティがどんどん壊れていくようだった。


 直そうと試みれば試みるほど、得体の知れないパーツがどんどんと広がっていく。

 手足を失っただけでどうこうなる身体でないことはわかっている。それでも動かなくなってしまったからには、なにかしらの原因があるのだと、彼女の身体を暴いた結果だ。頭を切り開くのだけはどうしても抵抗があったせいで、頭部だけは綺麗に残ったが、それが今ではカエルの解剖図のようなグロテスクさが残った。


 サティだけじゃない。彼女の修理のために、またしてもウェーブの身体を使った。

 元はどちらがどちらのだったのかもわからないくらいに入れ替え入れ替えを繰り返した。


 友人の倉知に触発されて、興味本位で父親の腕時計をバラしてしまったことを思い出す。

 蓋を開けた瞬間から小さなバネのようなものが飛んで、中身がボロボロと崩れ落ちていく。

 今やってしまったことはそれと同じだ。そして、やらかしてしまったことはもっと性質が悪い。


 ――俺が、殺した?


 アンドロイドの彼女たちがどの時点で命を落としたのかわからない。

 だからこそ諦められなくて、何度も何度も手術紛いな行為を繰り返して、結果的にそれは解体になってしまった。


 もう取り返しがつかない。

 それはつまり――


 ――俺が、殺したんだ……。


 一ヵ月間ずっと感じていた焦燥感はそれだった。


 逃げ出すように、サティとウェーブの部屋として割り当てられたそこから出た。




「――ひどい顔してるね?」


 部屋を出たところですぐに声を掛けられる。ひどくやつれて霞んだ声だった。

 不意打ちだったそれにに驚くと、もたれかかって眠るパールを後ろから抱き締めるサラスの姿がそこにあった。


「――そういうサラスだって、ひどい顔してるよ」

「……そうかも」


 そして眠るパールの顔も、涙の跡が伺えた。

 みんな酷い顔だった。


「……こんなところにいていいのか?」

「……うん、私は王様失格だから」

「そう……」


 自虐的に笑ってみせるサラスに、武蔵はなにも言えなくなる。

 なにを持って王様失格と言っているのか、学級委員だとかそういう人前に立たなくてはいけないことの全てから逃げてきた武蔵にはわからなかった。

 だけど以前のサラスのように、何にしても率先していくような姿は見なくなってしまった。ある程度言葉に不自由しなくなったこともあるが、武蔵の手を引いて歩くようなことももうない。今のサラスは、抱きかかえたパールと変わらない。いや、パールをそうしてぬいぐるみのように抱えているサラスの姿は、パール以上に子供のように見えた。


「……俺も失格だよ」

「なにに対して?」

「いろんなことに対して」


『サラス、俺も戦うよ』


 そう口にしたのに、彼女と一緒に戦えていない。

 サティのことを理由に、どちらかと言えば彼女と一緒に逃げている。


『帰ったらいろいろと話をしよう』


 その約束だって今はもう反故にしてしまっている。

 それは武蔵が望んだからか、それともサラスが望んだからかはわからない。


 そして何より―― 


『パールのこと、頼みます』

『あの子のこと、よろしく頼むわよ』

『――最期に。これからもパールのこと、お願いします』


 二人の母親に散々頼まれたのに、武蔵はパールに何もできていない。

 眠るパールの頬に、また涙が零れていた。


 パールを泣かせてしまったのは武蔵だ。


 武蔵の心配をして、来てくれたパールに「出ていけ!」ときつく追い出したのだ。

 無残な姿になってしまった二人の母親の姿を見せたくない――というのは言い訳で、武蔵はきっとあの二人を殺してしまったということをパールに見られたくなっただけだ。


「サラス……」


 そんなひどい顔の三人組に、もう一人、やつれた顔をした人間が加わる。

 彼女の場合は、ヨーダの代わりを引き受け、かつ溌溂さを失ったサラスのフォローに回りながら、さらには武蔵の身の回りの世話までこなした疲れによるものだろう。気付いたら部屋の入り口置かれたチャーハンを頬張る度に、武蔵はありがたさと申し訳なさを噛み締める気分だった。でも恐らくそれがなかったら、武蔵はとっくに倒れていた。


「……ヨーダが、帰ってきたわ」


 眉間に皺を寄せながら、カルナがそう告げた。

 怒りなのか、喜びなのか、それとも安堵なのか、いろいろなものを感じるしかめっ面だった。

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