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第74話 迎撃Ⅰ

 カルナは手綱を強く引き、馬を静止させた。サティも慌てて急ブレーキをかけ、武蔵はその拍子に車から投げ出されそうになるも何とか踏み止まる。

 ドアを開ける時間も惜しい。そのまま武蔵は窓から飛び降りて、


「ムサシっ! お願い!!」


 あろうことか核爆弾を投げて寄越したカルナに、本日一番の憤りと驚愕を覚える。そんなカルナははにかんだ笑みを浮かべていて、彼女の精神状態が本気で心配になる。


「――っ! サティ!!」


 想像していた以上に重い核爆弾をどうにか受け止め、サティの下に。

 サティも既に車から降りて、荷台のミサイルをロープで縛り上げる作業に取り掛かっていた。失った片腕を口で補っているにも関わらず、


「お任せ下さい。今の私は爆弾処理班のサティです」


 とロープを咥えているとは思えないはっきりとした返事。


 リアル時限爆弾ゲームさながら、武蔵からサティへ手渡される核爆弾。


 もし村で見つけた核爆弾が、解体も遠くへ運ぶ時間もない場合の提案を、サティから事前に受けていた。


 曰く、核ミサイルで核爆弾を打ち上げるというものだ。




      ◇




「――つまりミサイルを使って核爆弾を海に放り捨てるっこと?」


 心臓に悪いからミサイルは置いていくことはできないか、サティに問うた際の一幕である。

 あくまでミサイルが手動でしか発射できないことをわかった上で「村にある核爆弾を処理するのに使えますので」と言われ、武蔵なりに考えた結論がそれだった。


「海岸まで移動する時間が残っていれば、それもいいでしょう。しかしそうでない場合、ミサイルの射程がわからない以上、思いも寄らないところに被害を出してしまうリスクがあります。

 私はご主人様さえ守れれば、それでいいのですが、それはご主人様の本望ではないでしょう?」


 これは正解を引いたと思うくらいには自信があった回答を、あっさり否定されて自尊心が傷付く。


「んじゃあ、空に向かって打ち上げよう」

「はい、そうしましょう」

「えっ、マジで?」


 やけくそ気味の回答がまさかの正解で、今度は戸惑う。

 花火のような言い方をしてしまったが、中身はただの火薬ではない。打ち上げ花火としては扱うには人類史上最大だろう。降り注ぐものも火花なんかでは済まない。


「あ、宇宙に放り捨てるって意味か」

「いいえ。これは地対地ミサイルです。大気圏を超えるだけの推進力はないでしょう。真上に打ち上げれば、途中で力尽きて落ちてきます」


 それでは自滅もいいところである。

 ますます訳が分からなくなって眉間に皺を寄せる武蔵に、サティは正解を告げる。


「このミサイルはムングイ城を狙っていたということは、凡そ三十キロの射程を想定して作られているはずです。それを真上に打ち上げれば、恐らく上空二十キロから十五キロ程度は打ち上がるはずです」

「そこで爆発させる?」

「はい。正確には打ち落とします」


 大気圏どころか雲がどの程度の高さにあるのかも知らない武蔵からすれば、上空二十キロなど宇宙と変わらないように思えた。

 ただそれでも気になるのは、 

 

「二十キロとかの距離で、その……大丈夫なのか?」


 核兵器と呼ばれる存在は、武蔵からすればとにかく威力が高い爆弾という程度の認識である。どこまで離れていてもそれが使われたらお終いという印象が拭えない。そしてなにより放射線が怖い。距離とかの問題ではなく、真下にいる時点で、どうしてもそれが降り注いでくるイメージがある。


「わかりません」

「わからないのかよ!?」


 思わず突っ込まずにいられない。サティが提案してくる以上、それは安全性に確信があるものだと信じていただけに、裏切られた気分だった。


「核兵器の威力がどの程度なのか全くの未知数です。仮に以前使われた百五十キロトン相当であれば、爆風も放射線もなんとかなるでしょう。しかし放射熱が大気に吸収拡散し切れるかわかりません」

「……つまりどういうこと?」

「下手をすると全身に大やけどを負います」

「……お、おおぅ」


 放射線以前の問題だということを知り、変な声が出る。


「目標を再設定する余力があるのでしたら、それこそ海にでも捨てたほうが確実です。これはあくまでも最悪一歩手前だった場合に、少しでも生き残る可能性が高くなる方法のご提示です」

「……ちなみに最悪の場合は?」

「間に合わなかった場合です。それはもう考える必要がありません」




      ◇




 ――なんとか間に合ったと考えるべきか。


 片手片腕を失っていると思えない手際のよさでサティが核爆弾をミサイルに括りつけていく。


 武蔵は武蔵で起爆装置の用意を始める。


「えっ……。なに、それ……?」


 武蔵が荷台の隅から引っ張り出してきたものを見て、カルナが怯えたような声を上げる。

 持ち上げれば腕がパンパンに突っ張る程度に重いそれを使って、上空二十キロに達したミサイルを打ち落とせと、サティはあっさり言う。


 武蔵の身長と同じだけあろう長さを誇るそれは、プリムスが使っていたレールガンだった。


 信管がどうとか詳しい説明を受けたが、結果的に武蔵が理解したのは、上空二十キロ地点でミサイルを爆発させることができないということだった。なので打ち上げたミサイルを打ち落とすというマッチポンプ的な手段を取る。うまくいけば爆発自体も回避できる。


 ――二十キロ。


 適当にミサイルから距離を取った場所でレールガンを構え、目算もできない距離感を求めて空を見上げる。


 それを支持され、一も二もなく「無理だろ」と口にした武蔵に、サティは「ご主人様ならできます」と謎の信頼を置いた。

 今だって正直に「無理だろ」と言う気持ちは拭えない。しかし――


「――なんとかするっと言ったからな」

「なんですって?」

「なんでもないっ。カルナはサティに肩を貸してあげて」


 不安はなるべく表に出さないように心がける。

 負けると考えてしまえば、勝利の加護は発動しない。心で負けてしまえば、その時点で負けなのだ。

 そしてそれ以上にカルナが見ているのだ。憧れたカルナにカッコつけてしまった以上、もう一切の泣き言は許されないと思う。


「ご主人様、カウントダウンです。あと三十秒で発射します」


 サティがカルナに支えられて走ってくる。

 覚悟を決める。

 片膝をついて、銃床を地面に置きながら、レールガンの砲身がなるべく安定するように脇で固定する。

 それをさらに安定させるように、サティが武蔵の反対側に回り込んでフォアエンドを支える。


「狙撃手は基本的には二人で一組だそうです。高度は私が観測します。今の私は観測手のサティです」

「何言ってんだ、サティは最初から俺のバディだろ」

「――はい」


 サティが身を寄せてくる。

 レールガンをさらに安定させるために近付いたのだろうが、今はそれが心強く感じた。


「十秒前です。爆風に備えて下さい。

 ……五……四……三……二……一……」


 サティのカウントダウンがなければ、その光と轟音に実は爆発してしまったのではないかと勘違いするほどだった。

 爆風は身体を軋ませ、せっかく重心を置いて支えたレールガンが揺れる。

 それに気を取られた一瞬――


「―――――っ!?」


 物凄い速度で空へと飛び立つ流線形が見えた。


「ご主人様、まだです!」


 思わずトリガーを引きそうになるのを、耳元で聞こえたサティの声でどうにか堪える。


「上昇速度三百。目標到達高度までおよそ一分です」


 発射時、驚異的に見えた光と爆風はぐんぐん離れていく。だと言うのに、一分もそれに耐えなければいけないことが恐怖に感じた。

 ミサイルは見る見る小さくなっていく。相対的に武蔵のなかの自信もどんどん小さくなっていく。


 ――これ、本当に当たるのか?


「ご主人様」


 サティの声に思わず指が動きそうになる。止めることができたのは、単に彼女の声が妙に優しかったからだ。


「ご主人様の”勝利の加護”は、人間の超えた部分には届かないと申しました」


 ミサイルが雲を切り裂いて、空の向こうへと消えていこうとしている。

 こんなときに何を言い出すんだろうと思った矢先に、


「訂正致します。

 ご主人様の加護は、気持ちで負けない限り、誰にも負けないものです。

 レールガンにも、核兵器にも、魔王にも勝てるものです」

「―――――」

「ですから、勝って下さい、ご主人様!」

「当然!」


 ミサイルの姿は、空を飛ぶ飛行機よりも小さくなってしまった。

 太陽の光で、ややもすれば簡単に見失ったしまいそうなほどのそれを、それでも武蔵には見えるような気がした。

 飛び立つ前よりもよりはっきりと、正確に――


「――最期に。これからもパールのこと、お願いします」

「えっ――」


 サティの言葉の意味を、問い質す暇はもうなく、


「今です!!」

「――っ!!」


 その声に押されて、武蔵はレールガンの引き金を引いた。


 高度二十キロに届くのに、例え秒速七千メートルと言っても一瞬ではない。

 それでもそれほど長くない時間のなかで、サティは武蔵とカルナを押し倒し、覆い被さり、


 ――武蔵はそのサティ越しに、この世の夜明けを見た。


 太陽はずっと燦燦と輝いていたはずなのに、そう感じたのだ。

 ミサイル発射時の閃光など、まるで線香花火の火花のごとく霞む。

 全てを白に包まれるような、そんな強烈な光が全てを飲み込んでいく。

 二十キロも先の空はすでに宇宙なのだと思っていた。それを見れば、まだ近いと感じてしまう。


「――っ!!」


 まともに見てはいけなかったと気付いて顔を反らすが、白の世界のなかでは目が潰れてしまったのかさえ判断できない。

 その直後、爆風が武蔵たちを襲う。


「きゃぁ――――――」


 一瞬だけ、カルナの悲鳴が聞こえたが、そのあとは耳鳴りなのか風音なのかもわからない雑音に全てが掻き消えた。

 サティに抱えられていなければ、恐らくカルナも武蔵も吹き飛んでいたのではないだろうか。そう思えるだけの風が肌に突き刺さっていたかと思えば――それは突如、熱を持つ。


 真夏の太陽がまるで降りてきたかのような熱が、武蔵たちの肌をジリジリと焼いていく。

 熱いと思えるのは、感覚が残っていたからだ。

『放射熱が大気に吸収拡散し切れるかわかりません』とサティが言っていた。それがこれだとわかる。

 サティが身を挺して守ってくれている分だけ、全身大やけどという結果にはなっていないが――じゃあ、サティは?

 サティはアンドロイドである。生身の人間よりは丈夫なはず。

 それでもこの異常な熱量の中では、どれだけの慰めになるのか。


「サティ!! サティ!!」


 自分の声さえ聞き取れなくなりそうな状況のなか、必死でサティの名前を呼ぶ。

 返事があったからと言ってそれが聞き取れないのはわかっている。それでも反応がないことが不安で、さらに呼びかける。


 そしてその返事がないまま、やがて光と風は穏やかさを取り戻していく。

 潰れたかもと思っていた目はどうにか白い世界からの復帰を果たす。耳は相変わらずガサガサとした雑音を拾うが、それでも風音が変化していくことから正常に戻っていくのがわかる。手足の皮膚はヒリヒリと痛む。見ればところどころ赤くなっていたが、それも日焼け跡程度にとどめている。


 核爆発という脅威に曝されながら、大した被害を被らなかったことを、今は驚きも感謝もできない。


「サティっ!!」


 相変わらず身じろぎ一つしないサティの下から這い出る。

 嫌な想像が離れない。それは広島平和記念資料館で見たおどろおどろしい人形という形で、武蔵の脳裏に浮かんでくる。しかし想像した末恐ろしい光景は、そこにはなかった。


「……ムサシ……サティは?」


 同じようなサティの下から這い出てきたカルナ。武蔵よりも元が白かった分、赤くなった肌が痛々しかったが、それでも目立った外傷はない。


「わかんない……見た目は……元から酷いことになってたけど……でも、爆発のせいでどうこうなったようには見えないんだけど……」


 サティの身体にも一切の外傷はなかった。身に着けたエプロンドレスでさえ、ところどころ煤けた跡はあっても、焼け爛れたような部分は見えない。むしろ爆発前に失った手足のほうが、なお痛々しく映る。


「Wake up サティっ」


 以前、彼女が再起動を果たしたときのように、武蔵は英語で起きろと命じる。


「Wake up! サティ!」


 爆発による外傷は確かに見当たらない。

 彼女に触れても、多少熱っぽい感じはあっても、それでも異常を来すほどの熱を受けたように思えない。


「ウェイク、アップ!! サティ!!」


 しかし、サティの身体を掻っ捌いて中身を覗いたことはあっても、武蔵は機械に詳しいわけではない。それがただの気休めの判断だということは重々わかっている。


「ウェ、イク、アッ、プ!! サティ!!」


 わかってはいても、それで目覚めるはずだと、馬鹿の一つ覚えのように何度も叫ぶ。

 本当はわかっていたはずだった。声はいつの間にかしゃくり上げるようなものへ変わっていて、涙が頬を伝っていることにもわかっていた。


「ウェイクっ!! アップっ!! サティィィィ!!」


 きっと届くと、何度も叫ぶ。

 だけど結局、届くことはなかった。


 サティが再び目覚めることはなかった。

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