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第72話 王の選択

 ――カルナは、サラスの生き方に最も影響を与えた人物である。


 幼くしてバリアンとしての務めを全うしたサラスは、レヤックに操られた動く死体のような状態で、ときどき女神からの言葉を媒介させる神聖な存在として生かされていた。

 幼いサラスはその務めを当然の責務として、進んで買って出た。歴代のバリアンが――母がそうであったように、国のために務めを果たす。それはごく自然なことだと思い、周りもまた女神の代弁者として崇め祀っていた。


 そんな中でカルナだけが、サラスの扱いが違った。

 今にして思えば、生き神様のような存在だったサラスを普段持て余していたのではないかと思う。そこに唯一同年代で城で暮らしていたカルナは都合がよかったのだろう。サラスのお守りとしても、カルナの遊び相手としても、どちらの意味でも適任だった。

 まるでお気に入りのお人形さんかなにかと勘違いしていたのか、サラスの手を引いてあっちこっちに連れ回しては、仕切りに話しかけていたという。


 バリアンとしての務めを全うしてからの記憶はほとんど残っていない。

 しかしそれでもカルナが傍にいたことだけは、朧気ながらに覚えている。

 全てが波に攫われる砂粒のようにボロボロと崩れ流れていくなかで、カルナの存在だけが確かに感じられたような気がした。

 それがサラスを現世に引き留めた要因になったのではないかと思う。


 ただ、サラスの意識が回復したとき、カルナはすでにムングイ城にはいなかった。


 サラスがバリアンとして告げたは言葉は、この国を無謀な争いに導き、多くの犠牲を生み、大地を疲弊させた。

 その責任を誰かが取らなくてはいけなかった。

 本来であればサラスは、女神を騙り悪魔の言葉を降ろしたレヤックとして、極刑に処されていてもおかしくなかった。

 しかしバリアンであると同時に王女でもあるサラスは、父である王に他の子供がいなかったこともあって、次期国王選出のための最重要人物でもあった。

 意識がなくても子は成せる。要はそういった役割のために生かされた。そしてその代わりに大敗の責を問われたのが、カルナ母娘であった。


 カルナがいたからサラスは戻って来れた。

 しかしそんなカルナは、ある意味でサラスの身代わりとして、いなくなってしまった。


 それが悔しくて、許せなくて――意識が戻ったサラスは、ムングイ王国国王としてカルナ捜索に全力を捧げて、彼女たちを追放した要職のものたちを、奸計を巡らせて同じように追放していった。

 それはサラスが唯一、私情を持ち込んで行った政であり――結果的に言えば、それもまたムングイ王国が衰弱していった原因になった。




      ◇




「サラスっ!!」


 部屋に飛び込んでくるカルナに気付いて、サラスはさらに慌てる。

 抱えた凶器が告げる時間は、まだそれほど経過していない。カルナがこの事態に一早く勘付いて飛んで来たことがわかる。


 ――できれば、来ないで欲しかった。


 結論を先延ばしにするのはサラスの悪い癖だった。今が先延ばしにできる時間すらないこともわかっている。それでもなお、そう思ってしまった。


 カルナは憎々しげに村長の死体を一瞥しながら、サラスに近付いて来た。

 サラスが抱き締めるように抱えたそれを覗き込んで言った。


「止められないの?」


 カルナにそんな意図はないだろうが、サラスにはその質問は詰問のように聞こえた。嘘を決して見逃さないような、そんな力強さを感じた。


「……止める方法はあるの」

「……ある、けど?」


 サラスにとって誰よりも付き合いが長いのがカルナだ。

 サラスが続けられなかった言葉の先を見越して、さらに問い詰める。


「……そしたら、私が壊れるの」

「……そう」


 短い返事のあとに、唾を飲み込む音を聞こえた。

 それが何を飲み込んだのか、サラスにはわかった。

 だからカルナが続けた言葉は、先ほどと全く同じものだった。


「サラス、あたしは大丈夫だから」

「―――――」


「なにが大丈夫なの?」とはもう言えなかった。


「――っ!!

 サラス様っ!! これは村の責任です!! ここは私が――!!」


 事態が把握できずに静観していたナクラが、ここにきて状況を理解したのか、そう提案してくる。

 しかしそれで済むならこれほど悩んでいない。


「あんた、自分の立場がわかってんの!? あんたでいいなら、サラスはとっくにこいつ抱えて飛び出してるわよ!!

 村長が死んだ今、あんたもサラスとおんなじなのよ!?

 あんたが死んだら、この村はどうなんのよ!? それこそ無責任だわ!!」

「――っ!?」


 サラスがなにも口にしなくても、その全てをカルナが代弁してくれた。

 しかしそのことがサラスには返って恐ろしかった。

 命が惜しいわけではない――そのことがカルナには筒抜けで、そのうえで魔法の杖を奪おうとするでもない。


「サラス――あたしに命じなさい」

「―――――」

「この国のお姫様なんでしょ? この国のために戦うって決めたんでしょ?

 あたしは、そんなサラスの支えになるって決めたんだから。

 サラスにできないことは、あたしがやるって決めたんだから。

 だから、あんたがあたしに命じなさい!」


『誰か一人を犠牲にしても、全員が助かればそれでいいって思ってるだろ?』


 きっとヨーダはそれを認めない。

 この決断はヨーダを敵に回すことにもなる。


 だけど、サラスは――


「カルナ――これを、できる限り、遠くへ」


 震える声で、そう告げ、魔法の杖を差し出し、


「――ええ、了解したわ」


 カルナは短い返事で、それを掴んで走り出した。

 

 不意に片足を失ったような、そんな感覚に襲われて、サラスはその場に倒れ込んだ。

 うまく息が吸えず、浅い呼吸を繰り返すなかに嗚咽が混じりそうになるのを必死で耐えた。

 泣くことは許されない。

 サラスは国民の多くを守るために、カルナ一人を犠牲にした。

 それは弱いヤツの選択だとヨーダは言った。

 だけど、そうしなければならないときには、そうする必要があるとサラスは考える。

 それは王の選択だ。

 王は誰よりも気高く、そしてどんな状況でも国民に希望はあると信じさせないといけない。

 王の選択に、泣くことは許されない。

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