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第71話 機械の腕Ⅰ

 武蔵は全身の力が抜けて、ややもすれば倒れそうになる身体を必死で踏み止めた。

 プリムスが完全に壊れたのを確認できた途端に緊張の糸が切れたのか、それとも限界を超えて行使した身体への反動か、今すぐにでも横になりたい気分だった。


 しかし事態はこれで終わったわけではない。ロボク村は相変わらず核の脅威に曝されたままである。

 急いで戻らなければいけない。


「ご主人様、大丈夫ですか?」


 武蔵の様子を気にかけてサティが近付いてくる。

 右手足の失った身体ではバランスが取れないのか、這った状態のままで、一見して武蔵なんかよりも余程大丈夫には見えない。


「サティこそ、そんな状態で大丈夫なのか?」

「車の運転は可能です。

 全てが終わって帰ったら、そこのご主人様好みの手足と交換してくれますか?」


 そもそもプリムスには元から右腕がなかったわけで。それも恐らく彼女なりの冗談なのだろう。

 軽く「はいはい」とあしらいながら、サティを起き上がらせようと彼女に近付いてー―


「プリムスさんに勝ったのですね。

 やはり貴方はわたくしたちにとって危険な存在ですね」


 凛とした声に脊髄反射で刀を構える。

 切っ先の向こうには、紺色の和服姿の女性が悲しそうな眼で武蔵を見つめていた。


「サキさん……」

「武蔵君、改めて約束を交わしませんか?」


 そんな悲しそうな眼のまま、サキはまるで懇願するかのように手を合わせて言った。


「先ほどはわたくしの一方的な都合を押し付けてしまいました。まったくお恥ずかしい話、つい頭に血が上り、武蔵君に殺意を向けてしまいました。大変反省しています」

「……………」

「ですから、改めて約束です。

 武蔵君が元の世界に帰ることを諦めてくれれば、わたくしたちも武蔵君に手を出しません」

「――諦める?」

「はい。

 元から帰る方法なんてありません。”あの人”が三百年探し求めて見つかりませんでした。それが結論です。

 ですからここで諦めて下さい。そうすればお互いに平和に静かに暮らせます。とても簡単な話です」


 ――……とても簡単な話。


 武蔵は空を仰ぐ。

 太陽が燦燦と輝き、昼間だと言うのに大きな月が見えた。

 サキはここを異世界だと言ったが、その空は現実の空と変わらないように思えた。

 この空が続く場所に真姫たちがいるように思えて、手を伸ばせば届きそうな気がする。


 ――真姫。


 その名前を思い出せば心が軋む。ジャラジャラと鎖のような音を立てて、武蔵の心を縛って離さない。

 部屋に引きこもって震える彼女が思い出される。すでに彼女から離れて四か月以上も経つ。「どこにもいかない」と約束したのに、すでにそれだけの時間を武蔵はどこかへ行ってしまったままだ。

 真姫は泣いているだろうか? 震えているだろうか?

 そう思う度に心が軋むのだ。


 だからそれを反故にするような約束を、勝手に結ぶことなんてできるわけがない。


「元から帰る方法なんてない……」

「はい。ですから――」

「本当に?」

「―――――」


 サキがここに現れてから、悲哀が滲んだ表情は一度も変化していない。

 それは武蔵の答えが最初からわかっていたからじゃないだろうか? あるいはどう答えたとしても、サキの答えが変わらなかったからじゃないだろうか?


「ならサキさんは、どうして俺に諦めて欲しいんだ? どうして魔王に会わせたくないんだ?」

「……………」

「俺がここにいること自体が、元の世界に帰れるって証明なんじゃないのか?」

「……………」

「もしかして帰る方法を、知ってるんじゃないのか?」


 サキは答える代わりに、武蔵に刀を振りかぶる。それがそのまま武蔵の問いの答えでもあった。


 ――やっぱり、知ってる!


 瞬間移動のような肉迫に加えて、高周波ブレードによる防御無効の必殺の一撃だが、武蔵はそう来ると読んで一早く回避行動を取る。


 その動きがマリウスと同様であれば、そこから一瞬の間が存在するはずである。

 その隙に反撃に出て、一気にサキを戦闘不能にまで持ち込もうと――


「――っ!?」


 考えた武蔵の思惑は脆くも瓦解する。


 サキはマリウスと違い、一瞬のタイムラグがない。

 動作と動作の合間は流れるように移行され、攻撃には一切のムラはなく、回避に乗じて距離を置けば一瞬のうちに詰められる。反撃の隙など発生しない。武蔵はひたすらに回避することだけを迫られる。そんな状態にも関わらず、


 ――身体が思ったように動かない!?


 勝利の加護を行使し続けた反動は着実に武蔵の身体を蝕んでいる。

 ただでさえ勝ち筋の見えない戦いであるにも関わらず、自覚できるほど身体の動きが鈍い。


「死んで下さい……」


 耳元を掠める高周波ブレードの風切り音とモスキート音に混じって、サキの囁きが聞こえた。

 それは祈りのようにでも呪いのようでもあって、少しずつ声量を増していく。


「死んで下さい死んで下さい死んで下さい死んで下さい死んで下さい死んで下さい死んで下さい死んで下さい死んで下さいっ死んで下さいっ死んで下さいっ死んで下さいっ」


 まるでその声に追い詰められるているような錯覚する。躱す刃が少しずつ近付いてくる。


「死んで下さいっ死んで下さいっ死んで下さいっ死んで下さいっ! 死んで下さいっ! 死んで下さいっ! 死んで下さいっ!! お願い、わたくしから”あの人”を奪わないでっ!!」


 ――駄目だっ! 躱し切れない!!


 サキの怨嗟のような叫びは、とうとう武蔵を捉えた。

 触れれば対象を問答無用で切断する刃は、武蔵の頭頂部から一刀両断する軌跡を描き、


「――ぐえっ!?」


 予想した鋭い痛みは訪れず、代わりに側面から強烈な衝撃と鈍痛が襲う。

 車にでも撥ねられたのかと思った。それほどの何かが武蔵にぶつかり、地面を転がる。


「――こりゃどういうつもりだっ!? ああんっ!?」


 威嚇するだみ声が耳に届き、武蔵は一気に人心地ついた気分だった。

 顔を上げる。

 そこには頼もしいまでに筋肉隆々とした男が、高周波ブレードの刃を両手の平で挟んでいた。


「師匠っ!」


 思わず、声を上げる。

 それに応えてニヤリと笑うヨーダの姿は、しかしその反応とは裏腹に余裕があってのそれではなく、どちらかと言えばただ引きつっただけのようにも見えなくもなかった。あの刹那のなか、武蔵を突き飛ばし、襲い来る高周波ブレードを白刃取りしてみせたのだ。確かに余裕なんてあるはずはない。


「ヨーダ団長ですか。例え貴方でも邪魔をするのでしたら容赦しませんよ」

「んだ、そりゃっ? 話がちげぇだろっ? アイツのことは黙ってたら見逃すって話だっただろっ!?」

「状況は変わりました。武蔵君が”あの人”と接触しようとしてます。

 そうなれば貴方がたにとっても彼は危険ではありませんか?」

「―――――」


 ヨーダが戸惑いのような一瞥を投げ、武蔵は気まずさに視線を反らす。

 ヨーダたちからして見れば裏切りとも取れるその気持ちを、武蔵は彼らになんと話をしていいかわからなかった。

 ただ武蔵にしても言い分はある。


 ――そのやり取り、まるで前から連絡を取り合ってたみたいじゃないか?


 そんな武蔵の思いも、ヨーダ自身の戸惑いも、全て投げ打つように、ヨーダは「ハッ」と鼻で笑って続けた。


「だからなんだよっ!?

 いいか、コイツはウチの姫様のお気に入りなんだよ!!

 未来の王様、最有力候補なんだよ!!」


 ヨーダの怒声のような叫びに、サキもやや困惑した表情をした。

 ただこれに関してはサキ以上に武蔵の方がパニックだった。本当に軽い気持ちでサラスの頭に触れてしまっただけで、事が王様になるならないにまだ発展している。


「……………マジか」


 ただ一言、今はもうそれしか口にできないでいた。


「……貴方とは共感できるところもあったのですが。

 すでに袂は分かれていたのですね。残念です」

「共感だ? 誰が機械人形と共感なんかすっかよっ」

「――機械人形?」


 そのときサキが動いた。瞬間移動のような動きを、武蔵はどうにか捉えた。

 刃を受け止められた高周波ブレードをあっさりと手放して、もう一本、帯留めの中からナイフを取り出して、


「――わたくしは」

「師匠逃げて!!」

「機械人形ではありません!!」


 武蔵の声は、しかし超高速移動するサキより早くは届かない。

 辛うじて身を捻ったが、それでもサキのナイフはしっかりとヨーダの左肩を抉り取った。

 それもまた、高周波ブレードだったのだろう。切り取られたヨーダの肩は綺麗な断面を見せて、そこからは見るも耐え難いほどに赤い鮮血が――


「――えっ?」


 赤い鮮血は飛び出なかった。血の代わりに、断面からは青白い光がバチバチとスパークしていた。

 そこに見えたのは決して肉や骨の姿ではなかった。ここのところ見慣れてしまった、鉄の骨とケーブルの束で出来た黒々しい金属がそこにはあった。


「……し、師匠?」


 武蔵の混乱し切った呟きは、


「わたくしは!! ”あの人”の嫁で!! 人間です!!」


 サキの絶叫によって掻き消えた。

 ヨーダは高周波ブレードを投げ捨て、さらに距離を取ろうとよろめくように半歩下がり、サキはそこに追撃をかけるつもりで二歩も三歩も距離を縮め、


 轟音と暴風がサキの横を掠めていく。

 着物の帯を引き裂いたそれは、遥か後方まで届き、大地に大きな傷跡を付けていた。


「なるほど、確かに砲身の消耗が激しいみたいです。射線が大きくズレます。

 しかしこれなら補正は可能です。次は当てます」


 はだけた着物をそのままにサキが睨む。その先には巨大な銃身をまるで寄りかかるように構えるサティの姿があった。


 武蔵もまた立ち上がって刀を構える。

 サティの援護で呆けた頭は、なんとか戦うことへ切り替わっていた。

 

 そしてヨーダも未だ戦う姿勢を崩さない。

 左腕は辛うじてぶら下がっているだけだが、それでも右腕だけでファイティングポーズを取る。


「三人相手ではさすがに分が悪いですね」


 もう戦うつもりはないということか、サキはナイフをしまうと、武蔵に向き直って優しく微笑んだ。


「武蔵君、よかったじゃないですか」

「……なにがだよ?」


 武蔵はもうその微笑みが、気味の悪いものとしか感じられなかった。だから続く言葉に対しても、どうしても身構えてしまう。


「武蔵君に、元の世界に帰る手段なんてありません。

 ですが、もうこの世界で帰る場所があるじゃないですか。それはとても幸福なことです。

 それでいいじゃないですか?」


「……………」


 身構えていても、その言葉は重く圧し掛かってくる。ただただ押し黙るしかできなかった。


「それではみなさん。

 二度とお会いしないことを願っています。

 どうかみなさんの今後に幸多からんことを」


 そんな馬鹿みたいに偽善的なことを本気で祈って、サキは武蔵たちに背を向けた。武蔵たちが追撃してこないと信じてか、それとも本当にそれっきり関わらないようにしようと考えてのことかわからないが、サキの姿が見えなくなるまで彼女は一度も振り向くことはなかった。


 ただ武蔵は、彼女がどれだけ拒絶しようとも、二度と会わないなんてことはないだろうと、それだけははっきりと確信していた。

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