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第70話 果たせなかった約束

 ――助けられなかった。間に合わなかった。約束、守れなかった。

 

 騎士団員として初陣を果たした場所で、カルナは強烈な既視感に見舞われた。

 魔王は島の至る所に似たような建物を建てているが、それでもその伽藍洞とした空間には、一種の懐かしさのようなものを感じて、カルナはそこがかつて彼女たちが天国に一番近いところと呼んでいた場所だと気付いた。


 百人以上の人をただ生かすためだけに作られた建物は、当時ですら墓場のような雰囲気を漂っていたのに、そのときには既に建物自体が息絶えてしまったような錯覚を覚えた。

 見張りのアンドロイドすらいない。だからこそまだ未熟なカルナの初陣の場所となったわけだが、至る所で見つかる鋭器損傷と血痕が、カルナにショックを与えた。

 想像してしまう、ここにいた人たちは生かされていたのとほとんど同じ理由で、処分されたのだ。


 そのときカルナが騎士団に入った理由の一つが消えた。


 ――一緒に逃げようって、約束したのに。


 希望とは、こうも簡単に、理不尽に潰えることをカルナは知った――知ったはずだった。


 だけど、アルシュナが未だ魔王に囚われているのであれば、助ける機会があるなら、それはカルナにとっては希望だった。

 約束を果たすことができると、歪んだ希望を見てしまった。


 十分に知っていたはずなのに――カルナはこの世界が理不尽だということを、またしても忘れていた。




      ◇




 村外れで大きな四頭の馬を見つけて、カルナは一先ず安堵する。村を発っていたら捕まえることは困難だった。

 焦る様子で荷台で作業をしているアルシュナは、カルナに背を向けているのもあって、まだカルナの接近に気付いていなかった。

 そのまま逃げられても困る。カルナは彼女が気付く前に荷台に飛び乗った。


「アルシュナっ!」

「―――――っ!?」


 不意に現れた気配に驚き振り返るアルシュナは、それがカルナだとわかると、諦観にも似た苦笑いを浮かべた。


「――ああ、やっぱ、バレちゃったっすか?」


 何をしに来たかさえも最早聞きもしなかった。アルシュナはちょっとした悪戯を見つかった子供のような軽薄さで、そう言ったのだ。

 以前から多少の軽薄さを滲ませる人物ではあったけれども、それでもカルナはそんな軽い物言いがショックだった。そんな悪びれもしないで、この村に魔法の杖を運んできた彼女に対して少なからずショックを受けたのだ。 


「どうしてこんなことしたのよ!?」

「どうして? そんなの生きるために決まってるじゃないっすか」

「じゃあ、やっぱりあんた、まだ魔王のところに……」

「嘘ついてごめんっすね。ウチは魔王んとこで小間使いしてるっすよ」

「小間使い――?」


 それはまだ捕まっているということを言っているのか、カルナにはわからなかった。

 だけど、まだ魔王のところにいるのなら、今が逃げ出すチャンスなのではないかと思った。

 一人でこの村にやってきたアルシュナに監視がついているようには見えなかった。そもそも今回、魔法の杖を恐れてなのか、アンドロイドたたちをほとんど見かけていない。しかしその魔法の杖はサラスが止めた。今なら彼女を連れて帰ることは簡単に思えた。

 カルナは咄嗟にアルシュナの腕を掴んだ。


「……この手はなんすか?」

「アルシュナ、今なら……今ならそこから逃げ出せるわ!」

「逃げる……?」


 アルシュナの顔が訝しげに歪む。

 カルナはその表情がどういう類のものかわからないまま、続ける。


「魔法の杖は止まったわ!

 ここにはサラスがいるもの! あんたを匿うことなんてわけないわ!

 それにお父さんと、なんだったらムサシだっているのよ!」

「魔法の杖を……止めた?

 ……へー、そっすか」

「そうよ! だから今度こそ――今度こそあたしと一緒に逃げれるのよ!!」


 カルナは必死に叫ぶ。

 念願だった約束を、諦めてしまった約束を、遂に果たせると考えていた。

 しかしアルシュナはカルナの手を振り解くと、


「はっ……なんでウチがアンタなんかと一緒に逃げなきゃいけないんすか」 


 心の底から馬鹿にするように、鼻で笑ってみせた。


「なんでウチが弱いアンタらなんかと一緒にいなきゃいけないんすか。

 そんなん死んじゃうっす。死んじゃうじゃないっすか」

「……なにを言ってるの?」

「聞こえてないんすか?

 せっかく生き延びたのに、弱いアンタらについて行ってどうするって言うんですか?

 アンタらまさか魔法の杖に勝てると思ってんすか? バッカじゃないっすか? あんなのに勝てるわけないっすよ。魔王の小間使いしてたほうが何倍もましっすね」

「―――――」


 カルナは一瞬なにを言われているのかわからなかった。

 アルシュナと――友達と一緒に逃げようと誓った約束は、カルナにとっていくつかある大切な目標の一つだった。それが果たせなくなったと知ったあとでも、せめて今度こそはその理不尽に抗えるようにと、強くなるための努力をしてきた。

 それをたった今、覆されるようなことを言われている。


「……なんで? だって、約束したじゃない。一緒に逃げましょうって……」

「ああ、その約束はホント感謝してるっすよ。

 だってその約束のお陰で、姉ちゃんは死んでくれたんすもん」

「……姉ちゃんって、アルシュナ、あんた……」


「まだわからないんすか?

 アルシュナは無謀にもあの施設から逃げ出そうとして死んだっすよ。

 ウチはその妹のクリシュナっす」


「―――――」


 わかっていたはずだった。

 助けられなかったこと。間に合わなかったこと。約束は守れなかったこと。

 一度は受け止めて、受け入れて、それでも戦うと決めたはずなのに、カルナの心はひび割れていく。


 ―ーアルシュナは、あの施設から、逃げ出そうとして、死んだ?


「あれ、興味あるっすか? アンタがあの施設から一人逃げ延びてから、なにがあったのか?

 アンタが逃げ延びたのを見て、姉ちゃんがみんなを扇動して逃げようとしたこと?

 それに気付かれて、アンドロイドに皆殺しにされたこと――」


「やめて!!」


 思わず耳を塞ぐ。

 クリシュナが口にしていることは容易に想像がつく。それが事実であることも容易に察せる。

 しかしそれは恨まれるよりももっと恐ろしいことだった。

 カルナが一人逃げたせいで、アルシュナは、あの施設にいた全員が死んだのだ。


「……ああ、勘違いしないで欲しいっすよ。ウチはアンタに感謝してるっすよ」

「――感、謝? ……感謝ですって?」

「ウチ、いつか殺されるんじゃないかってくらい、めっちゃ姉ちゃんに恨まれてたっすから」

「―――――」


 そんなはずがないことをカルナは知っていた。


『それでもウチはこんなにもクリシュナがいなくなることが怖いんすよ』


 だってそれこそカルナとアルシュナが天国に一番近い場所から逃げようとした理由だったからだ。


「だってウチが生まれてきたせいで、姉ちゃんも一緒に捨てられたんすよ」


『だけど、やっぱ血を分けた肉親っすね』


「誰かがいなくなる度に見に来るんすよ。それで、まだウチがいることだけ確認すると、残念そうに立ち去るんすよ」


『それで変わらずにそこにいてくれたことに安堵するんすよ』


「ウチはずっと姉ちゃんに恨まれてて、いつか姉ちゃんに殺されるって、ずっと怯えてたっす。

 だけどウチは運がよかったっす!

 姉ちゃんに殺される前に、姉ちゃんが先に死んでくれた!

 弱い癖して、逃げられるなんて勘違いして、先に死んでくれた!! 生き残ったのはウチ!!」


「そ、それは違うわっ!」


 アルシュナが逃げようとしたのは、クリシュナを失いたくなかったからだ。クリシュナのことを恨んでなんていなかった。

 それだけは間違っていると伝えたかった。


「――っ!?」


 しかしカルナの言葉は、クリシュナが突き出してきたものによって遮られた。

 手のひら大のそれは、クリシュナの小さな右手で握るにはあまりにも不釣り合いで無骨なものだった。


 カルナはピストルと呼ばれるその武器を初めて目にした。

 ヨーダからは聞かされたことがあった。機械人形ではなく普通の人間でも扱えるその武器は、今後主流になると語っていたのがとても印象的だった。

 そしてその威力に関しては、アンドロイドの手のひらから撃ち出されたもので目の当たりにしたこともある。


「――なにが違うって言うんすか?」


 その問いは、目の前に突き付けられた脅威に黙る他なかった。


「姉ちゃんが弱かったのは事実っす。そしてアンタたちが弱いのも、ウチが弱いのも事実っす。

 だったら強いものに縋るのは間違ってないっすよ」


 そしてクリシュナは今度は左手で棒状のなにかを取り出して見せた。

 先端の蓋を外すと突起物のようなものがついたそれは、カルナの知識にはないものだった。


「魔法の杖を止めたって言ったすよね?

 どうやって止めたかわかんないっすけど、でもそれって一個だけっすよね。

 自分たちが弱くないって言うなら、これも止められるっすか?」


 知識にはないものだったが、クリシュナのその言葉でそれが何なのか理解した。


「ダメっ!!」


 慌てて飛び付くも、指先一つ動かすよりも早く動くことなんてできない。

 カルナがクリシュナに取りついたときには、そのスイッチは押されていた。


「The explosion sequence has been activated!

 Repeat, the explosion sequence has been activated!

 All employees proceed to the emergency shelter within 30 minutes!

 Repeat, all employees proceed to the emergency shelter within 30 minutes!

 Repeat――」


「うわ、うっさ!!」


 耳障りな甲高い音と共に突如、女性の声がその棒状のものから響き渡り、クリシュナはそのうるささに耐えられずに荷台から放り投げてしまう。

 慌ててカルナも荷台から飛び降りて棒状のものを掴むか、如何せんその意味不明な声を止めることもできなければ、壊してしまっていいのかもわからない。


「ウィズンサーティーンミニッツ……サーティンミニッツ……?

 まっ、どっちにしても思ってたよりも短いっすね」


 一人なにか理解したように頷くクリシュナは、そのまま御者台に移動して手綱を握った。


「いくらソレをいじったところでムダっすよ。それはただの起爆装置っす。

 魔法の杖は別のところにあるっすよ」

「別のところ?」

「まっ、もうどうせ止められないっすから言っちゃうと、村長に渡したっす」


 村長のところにはサラスがいる。

 先もそうだったが、彼女には魔法の杖を止める手段がある。しかし――


 ――あの力、そう何度も使っていいものなの?


 給水車から出てきた魔法の杖を止めたあと、サラスの様子がおかしかったのを、カルナは見ている。バリアンの力はそう易々と使っていいものだとはカルナは思えない。


「ヘイ嬢ちゃん、乗ってかないっすか?」


 急いでサラスのところに向かおうとするカルナを、クリシュナはそう呼び止める。


「どうせこの辺りはあと三十分で吹っ飛ぶっす。

 どうっすか?  一緒に逃げないっすか?」


「――っ!? ふざけんじゃないわよ!!」


 アルシュナとの約束を揶揄されたみたいで、カルナはそう吐き捨てて走り出した。

 クリシュナには他にも伝えなきゃいけないことはあった。それでも今はそれを差し置いてもやらなきゃいけないことがある。


「……あーあ。ホントみんなバカばっかっすね」


 クリシュナの呟きはもうカルナには届かない。

 クリシュナもまたカルナとは逆の方向に向かって馬を走らせ始めた。

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