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第67話 秒速七千メートルには勝てない

 一度目は地面に叩き潰されるように。

 二度目は空に舞い上がる花びらのように。

 三度目は荒波に攫われる小枝のように。

 四度目は突風に引き裂かれる木の葉のように。


 一発毎に武蔵の身体は無茶苦茶に翻弄されてはいるが、それでもレールガンによる弾丸をすでに四発かわしていた。


 秒速七千メートルをかわす戦いは、実のところかわすこと自体が問題ではなかった。

 レールガン自体がもともとは超長距離射程を正確に撃ち抜くための武器である。彼我の距離はすでに二百五十メートルを切っていた。距離感に見合わないその武器の性能は、すでにそれがマッハ二十で撃ち出すレールガンであろうが、マッハ二だか三で撃ち出せるライフルであろうが、大した違いはなかった。


 問題なのは秒速七千メートルによる威力そのものである。


 それが地面に触れれば爆風を巻き起こし、仮に武蔵の近くに着弾しなかったとしても、秒速七千メートルで撃ち出された銃弾自体が一種の衝撃波のようなもの発生させ、武蔵の身体を蹂躙する。


 そう、銃弾が撃ち出される瞬間を見極めるための集中力と、瞬発力、そしてある種の直観力のようなものが、かわすためには必要だったが、それは武蔵の能力をもってすれば問題なかった。しかし、それをかわせたところで爆風や衝撃波にに吹き飛ばされ、次弾までに体勢を整えられなければ一巻の終わりである。


 五度目の衝撃は武蔵から離れたところで起きた。

 不意にかわすことよりも動かないことを優先させられた武蔵は、距離を縮めるチャンスを掴めずに無駄にする。


 ――フェイントのつもりか? それともヤマを張った?


 見当違いの方向を狙い打ったプリムスだが、その表情は機械人形らしく一切の焦りもない。右腕代わりだったレールガンを今では左手で構えて、なんの感情も映さない瞳を武蔵に向けていた。

 むしろ焦りを感じているのは武蔵のほうであった。

 ジリジリと距離は縮めてはいても、それでレールガンの命中率だって上がっていく。武蔵は大きく回避行動を取る必要が出てくる。その限界に達する前に、どこかで勝負をかけないといけないが、その決め手がどうしても欠けているように感じていた。


 ――やっぱり、勝利の加護を信じて、直感で走るしかないか?


 しかし先の戦いではまさにそれで勝敗を分けただけに、武蔵も迂闊に判断できないでいた。

 今度こそ日本人を名乗ったところで、プリムスは攻撃を止めない。

 勝利の加護が絶対の勝利をもたらすものでないとわかってしまった以上は、あともう一手を攻めるためのなにかが欲しい。


 六度目の衝撃は武蔵のすぐ目の前で起こった。

 これもフェイントのような銃撃だった。距離を縮めようとする意識から、武蔵は回避時はなるべく前に跳ぼうとする。

 それを狙ってか、銃弾は武蔵本人ではなく、武蔵よりも前の地面を狙っていた。

 ほとんど直感的な気付きで、武蔵はやや前につんのめる動作を経て後ろに跳んだ。

 直後、身体を浮き上がらせるような爆風も手伝って、武蔵とプリムスの距離はそれでまた一気に広がる。


 ――どこがアホの子だ! 十分、狡猾じゃないか!


 プリムスをそう称したサティを、避難する意味合いも込めてチラリと一瞥する。

 サティもまた、這うようにプリムスに近付いていて、武蔵同様に攻撃の機会を伺っていた。

 すでに右足右腕を失ったサティは、正直に見るに堪えない。できることなら隠れていて欲しいと思うところもある一方で、それでも二方向から同時攻撃をかけられれば、それは十分な決め手になるという期待もあった。サティも同じ思いか、武蔵が必殺の間合いに入るのを見極めるかのようにじっと彼を見つめていた。

 しかし――


「……目標を変更」


 プリムスもまた同じように考えていたのか、攻撃目標を変更。武蔵との距離が広がったのを好機と見たのか、レールガンの砲身をサティに向ける。 


 ――待て。待て待て待て待て待て待てっ!!


 まるで武蔵の方が目の前に銃口を突き付けられたような思いだった。

 手足の不自由なサティにレールガンをかわす手段はない。

 ましてサティとプリムスの距離は近い。

 彼女は間違いなく撃たれたら終わりなのだ。


 だと言うのに、サティは、その砲身になど目をくれず、ただ武蔵を見つめて叫ぶ。


「走って!! ご主人様!!」


 言われるまでもない。

 サティを守るためなら、足がもげようが、筋肉が断裂しようが、人間の限界を超えていようが、全力で走る。

 彼女は守ってもらうために「走って!!」と叫んだわけでないことくらいわかっている。それがわかってしまうからこそ、余計に悔しくて、


「あああああぁぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁっ!!」


 剣道の試合でだってここまでの気合を入れたことはない。

 この身に宿った能力が勝利の加護だというのなら、これほどまでに負けたくないと思ったことはない、だからどうか間に合えと走る。


 しかし、所詮、勝利の加護とは、必ず勝利を与えられる加護ではない。

 勝てない戦いには勝てないのである。

 だから秒速七千メートルには勝てない。


「――っ!!」


 道半ばにして、レールガンの先端が青く光るのが見えて、武蔵の息が止まる。それでも走るのだけは止めない。

 サティの身体が浮き上がり、爆風で吹き飛ぶのが見える。それでも走るを止めない。

 地面に叩きつけられて、滅茶苦茶に転げ落ちるサティを無視して、それでも武蔵はプリムスに向かって走る。


 ――おかしいだろ。


 秒速七千メートルの弾丸が当たれば、いくら機械の身体と言っても木っ端みじんに弾け飛ぶのは、マリウスで見ている。

 なのにサティは吹き飛ばされるだけに止まったのだ。


 外したのだ。

 秒速七千メートルの弾丸は、たかだか百メートルにも満たない距離を外したのだ。


 武蔵の刀がプリムスを捉えた。

 一閃。

 近距離戦闘でなら負けるわけがない。

 少なからずそんな驕りがあった。ただそれだけの気持ちの緩みのせいか、武蔵の一閃はレールガンの砲身によって受け止められて、


「うぐっ――!」


 強烈な前蹴りを腹に受けて転がる。

 そしてプリムスは片腕だけででかい銃身を抱えているにも関わらず、そのまま武蔵を踏み台にとても身軽にバク転宙返りをして見せる。無様に転がる武蔵とは大違いであった。


「ご主人様っ!!」


 しかしあまりにも無様で、あまりにも情けない醜態を晒しているというのに、武蔵はその声に安堵の笑みを浮かべた。


 一方、そのまま逃げるように距離を取ったプリムスには、心なしか焦りの表情が浮かんでいるように見えた。

 彼女はレールガンの銃底を地面に置くと、片手で起用にその砲身を外し、腰に巻き付けていた鉄筒の一本を取りつけた。あの不思議な形状のロングスカートは、どうやら予備の砲身だったらしい。


「ご主人様、あれは……」

「ああ、思い出したよ」


 直撃を免れたとは言っても、あれだけ吹き飛ばされて、無事というわけはないだろう。

 それでもサティは、蹴られた武蔵を心配するように近付いてきた。


「もう俺たちの勝ちだよ。

 あと最低でも六発。それだけかわせば、それで勝てる」


 サティを安心させる意味も含めて、武蔵は不敵に笑って答えた。

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