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第65話 仲間/敵

「……来ました」


 今か今かと待ち構え、武蔵は目を皿のようにして辺りを凝視していたにも関わらず、そのアンドロイドを捉えたのはサティのほうが先だった。


「サティっ!」

「ご主人様、せっかちなのは感心しません」


 そうは言われても、武蔵としてもいつ爆発が起こるかわからない状況でここまで耐えたのだ。確かにプリムスは未だ構えを解いてすらいないが、それでもどうしても気ばかりは急いてしまう。

 やってきたアンドロイドはゆっくりとした歩調で近付いて来ているのもまた、武蔵の焦りを誘発させる。


 武蔵たちが来たのと同じ方角からやってきた黒いセミロングのアンドロイドは、どこかサキに似ていて日本人的な印象を与える。サティやパールと同じエプロンドレスを身に纏い、一見してプリムスのような特殊武装はないように見えた。プリムスのレールガンさえ潰してしまえば、残る彼女相手なら逃げることは訳ないように思える。


「――っ!」


 不意に武蔵と黒髪のアンドロイドの視線が合う。

 彼女はそんな武蔵の考えを見透かしたのか、それとも別の理由か、一瞬彼に微笑んだように見えた。

 それはサキがよく浮かべていた慈悲のある微笑みにも、また憎い仇を見つけて喜んだような、そんな狂気的な笑みにも見え、武蔵の背筋にゾクリと薄ら寒いなにかが駆け抜けた。


「サティ……」

「ご主人様、早過ぎるということは、時にパートナーを悲しませます。ですから今しばらくの辛抱を」


 サティには黒髪アンドロイドの笑みは見えなかったのか、催促の呼びかけと思われたようだ。

 しかし武蔵が呼び掛けたかったのは、むしろその逆で、このまま車で逃走するという手段が、彼には悪手のように感じられたのだ。


 黒髪アンドロイドとプリムスとの距離が数メートルまだ近付いたとき、ようやくプリムスはレールガンの構えを解いた。


「……RUR-O型64号プリムスからRUR-R型54号マリウスへ引き継ぎ連絡――」


「ご主人様、今です!」


 アンドロイド二体が向かい合い、サティが起用に後部座席から運転席へと飛び移った、まさにそのとき、


「いいえ、引き継ぎは必要ありません。貴方のお勤めはここまでです。大変ご苦労様でした」


 たった瞬き一つの時間だった。

 マリウスと呼ばれたアンドロイドは刀を抜き放ち、プリムスの右腕――レールガンが彼女の身体から滑り落ちていく。


「……理解不能」

「本当にごめんなさい」


 さらに一突き、プリムスの身体を串刺しにして、彼女の身体もまたその場に崩れ落ちていく。


 マリウスはそのままゆっくりとした歩調で車に近付いてくる。何が起きているのかわからず、武蔵とサティはその様子をただただ呆然と見守ってしまった。アンドロイドがドアに手をかけたとき、ようやく武蔵の脳みそは動き出して「殺される」と考えた。


「降りて下さい、武蔵君」


 しかしアンドロイドは武蔵に襲い掛かることはなく、ビクともしなかったドアを難なく開け、エスコートするように武蔵に呼び掛けた。その姿が和服姿の女性と重なる。


「……サキさん?」

「はい、迎えに伺いました」


 姿は違えども面影はある。

 武蔵の問いに答えた点からも間違いはないのだろう。

 疑問はあるが、武蔵は彼女に促されるまま、車から降りようと――


「いけませんご主人様!! そいつから離れて下さい!!」


 サティの声に従って、転がるように車から飛び出た。

 その刹那、今まさに武蔵が通り過ぎた空間を刀が撫でる。


「サキさんじゃない!?」


 地面を転がり黒髪アンドロイドから距離を取りつつ、武蔵は携えた刀を抜いて臨戦態勢を取る。

 ワンテンポ遅れて、彼女は緩慢な動作で武蔵に向き直り、こちらも刀を構えた。


「――わたくし言いましたよね? 武蔵君には”あの人”と会わせるわけにはいきません、と」

「――それは……」


 それは間違いなくサキから聞いた言葉である。それはマリウスと呼ばれたこのアンドロイドがサキである何よりの証拠でもある。

 武蔵は彼女に襲われなくてはいけない理由が全くわからずにいた。こんな遠い、空さえも繋がらない地で、唯一繋がった同郷に殺されなければいけない理由が全くわからないでいた。


「――なのに、どうして”あの人”に会おうとするのですか?

 せっかく忘れようとしてくれているのに……せっかくこの世界に残ろうとしているのに……”あの人”はまた現実を思い出してしまうじゃないですか!!」


 ゆっくりとマリウスは自身の左腕を武蔵に向けて差し出す。


「――っ!?」


 それが何を意味しているのか、武蔵の混乱した頭では、思い出すのが遅れた。


「ご主人様!!」


 乾いた破裂音が辺りに響く。

 マリウスの手のひらから発射された銃弾は、しかし直前にサティが彼女の身体に飛び付くことで、辛うじて武蔵の身体を逸れた。


「……ウェーブさんの器ですね。

 できれば貴女も傷付けたくはなかったのですが……」


 その言葉とは裏腹に、しがみ付くサティに対してなんの躊躇もなく刀を振り下ろすマリウス。

 まるでバターを切るナイフの如く、何の抵抗感もなく、それであっさりサティの右腕は斬り落とされてしまった。

 片足片腕を失ったサティはその場でバランスを崩して転倒する。


「サティっ!!」


「……こんなことは本当に不本意なのですよ。

 本当はわたくしたちの知らないところで亡くなって下されば、”あの人”に後ろめたさを覚えることもなかったのですが……」


 うまく立ち上がれないサティを尻目に、マリウスは本当に残念そうな表情で、ゆっくりと武蔵に近付いて来る。

 そう見えたのも束の間、気付けば彼女は武蔵の目の前まで肉薄してきていた。


「――っ!?」


 咄嗟に刀を構える。そこにはすでにマリウスの刀が迫ってきていて――

 直感で武蔵は、このままでは負けると感じて、力の限り大地を蹴って後方に飛ぶ。それだけで武蔵自身も驚くほど間合いが開く。


「……高周波ブレードに気付きましたか」

「高周波ブレード?」


 マリウスの持つ刀をことを言っているのだろう。武蔵が拝借してそのまま携えている刀とはまたデザインが違う。一見、普通の刀のようだが、棟の至る部分に枕頭鋲(ちんとうびょう)が見える。あんなもの打ち付けてあっては簡単に折れてしまいそうなものだが、実際はサティの片腕を難なく切り裂いていた。思い返せば、牢に閉じ込められた武蔵を助け出したサキもあのような刀を使用していた。


 何でも斬れる刀だと考えれば、近接戦闘しか手段のない武蔵にはレールガン以上に厄介であった。

 鍔迫り合いすらできないということは、近付かれた時点で終わりなのだ。


 それなのに、加えて――


「――っ!? またっ!!」


 緩慢な歩みから一転、瞬間移動のような接近を果たすマリウス。

 近付かれてから斬撃までに一瞬だけ妙な間のようなものがあるとは言え、それでも”勝利の加護”の効果でギリギリ躱すのが精いっぱいだった。


「その動き、やっぱり人間離れしていますね。それが貴方の異世界転移時のギフトなのですね」


 ――異世界転移時のギフト?


 また武蔵の知らない言葉だった。

 三百年先にこの世界にやって来たという魔王とサキ。三百年間、この世界を破壊することも厭わないくらいの実験を繰り返して、この世界のことを、この世界の仕組みを、この世界から帰る手段を、探し求めてきて、武蔵一人では到底知り得ないことを、この人たちは知っているのだ。


「――戦う必要ないじゃないか……」


 サラスたちを裏切るつもりなんてない。

 核兵器を使うことを、武蔵は決して良しとなんて思ってはいない。


「――帰りたいって思う気持ちが一緒なら……」


 だけど別の方法で――サラスたちに危害が加わらない方法で、帰る手段を模索することだってできるんじゃないかと思う。


「――魔王と話くらいしたっていいんじゃないのかよ!!」


 武蔵は――ただ唯一、同じ目的を共有できる仲間がそこにいるんじゃないかと、どうしても思ってしまうのだ。


 しかし目の前にまで迫って来たマリウスは、とても冷たい眼で武蔵を睨む。

 仲間かもしれないという思いは、その視線だけで十分に打ち下される。


「……一つ、間違いを訂正致します。わたくしは、帰りたくなんてありません」

「……えっ?」

「”あの人”にも帰って欲しくありません。

 ですから、手掛かりになるかもしれない貴方は、はっきり言いまして、邪魔です」


 それで武蔵ははっきりと理解した。この世界で唯一出会った日本人は――


 ――……ああ、この人は、俺の、敵なんだな。


 覚悟を決めて、三度刀を構え直す。

 躱しているだけでは、いつか殺されてしまう。だけど”勝利の加護”を持つ武蔵が、勝つつもりで戦えば、負けることなんて決してない。

 勝ち筋は既に見えている。

 マリウスが素早く動ける時間には制限がある。動作と動作の間で一々タイムラグがある。それはどこかでサキがマリウスを操作しているから生まれる間なのだろう。


 だからマリウスが肉薄してきた瞬間を狙い、彼女より先に攻撃を加える。

 そう考えながら、武蔵は彼女が迫るのに合わせて――横に跳ねた。マリウスの追撃を食らえば、簡単に殺されてしまうであろうほど無防備に、全身全霊を込めた回避行動だった。


 その直後、マリウスの身体が弾け飛んだ。


「――えっ?」


 ボディを失い、首だけになった頭は、そんな呆けた声を上げた。


「……なにが、おきぃぃぃぃぃぃ」


 その言葉すら最後まで言い切れずに、ノイズ音を奏でるマリウスの頭を、すでに武蔵は見ていなかった。

 見ている余裕などなかった。


「……目標一体が残存。

 ……追撃を開始する」


 マリウスを背後から狙撃したプリムスは、左手に構えたレールガンを武蔵に向けた。

 先ほどマリウス越しに見えた青い光が、再び武蔵を襲う。

 彼我の距離は約三百メートルほど、命がけのだるまさんがころんだ再開である。

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