第63話 既に敵の中
ジープに乗せられてしばらくが経つ。
思い返せば、武蔵はこの世界に来てからというもの、囚われてばかりいる。
捕まり癖なんて呼べるものがあるのだろうか、少なくとも敵と呼んでいる人物に捕獲されていることに対しては不思議と不安を感じない。ただ頭の上に核ミサイルがあるという事実だけは、武蔵の胃をこれ以上ないくらいに締め上げていた。
一度こっそりとドアを開けてみようとしたが、全く開く様子がない。まさかチャイルドロック機能があるとは思えないが、それに近い細工をしているのかもしれない。
「ご主人様、今はあまり下手に動かれない方がよろしいかと。
あのアンドロイドも、魔王アルクの指示もなしに、ご主人様をどうにすることはないと思いますが、それでも万が一ということもありますので」
サティに注意されて、改めて武蔵たちを捕らえたアンドロイドに注意を向けるが、彼女は武蔵たちを見るでもなく、こめかみに指を当てたまま目を瞑って瞑想している。
どうやらケータイのようなものが内臓されているようで、「無線機で誰かと連絡を取り合っているのです」とはサティの話だった。
「ってことは、サティも魔王と連絡が取れたってこと?」
「私が起動した際には、既に無線機は壊れておりました」
以前のサティが壊したのかもしれないと武蔵は考えた。
パールを連れて逃げていたのに、相手に居場所を知られる可能性のあるものは残さないだろう。まして自分で自分の声帯を破壊している以前のサティなら、それくらいやりそうでもあった。
「仮に壊れていなかったとしても、我々の無線機は半径数キロ程度です。その範囲で中継ぎのアンドロイドが見つかったとしても、魔王アルクまで果たして繋がったかどうか不明です。現に、あのアンドロイドも通信に手間取っているように見えます」
「なんかケータイってより、トランシーバーって感じだな。アンドロイドなのに、妙なところがアナログだな」
「すみません、ケータイとはなんでしょうか?」
「え、携帯電話知らない? スマホのほうがわかる?」
「なるほど、携帯電話の略称がケータイなのですね。しかしご主人様、申し訳ないのですが、スマホとはなんでしょうか?」
「スマートフォンの略だけど……」
「お洒落な電話機、ですか?」
初めて困惑したサティを見て、思わず笑みが込み上げてくる。
囚われの身ではあったが、一人じゃないことがこんなにも心強いことに初めて気付く。
ただ、同時に違和感も覚える。
――魔王が現れたのが三百年前。
――核ミサイルや車があって。
――ケータイやスマホはわからないのに、携帯電話やトランシーバーは理解できるサティ。
ちぐはぐな印象がどうしても拭えない。
――それも魔王に会えばわかるのかな?
これが裏切り行為なのか。少なくとも武蔵は、どこか心が弾んでいる自分がいることだけは自覚していた。
罪悪感が拭えない。
だからせめて、頭の上に鎮座している核ミサイルの発射だけは阻止しなくてはとも思う。
少なくとも自分を人質としている限りは発射されることはないだろうと、武蔵は自分自身に言い訳をした。
「……連絡がついた。直に迎えが来る」
いつの間にか戻って来たアンドロイドが車の窓をノックして、そう告げた。
何度見ても彼女の格好の異常性に、武蔵は驚く。遠目からは馬鹿でかい砲塔を抱えているように見えていたが、実際は右腕がそもそも存在しておらず、代わりにそこから生えているのがその馬鹿でかい砲塔だった。
肩口で切られた白髪の印象も相まって、どこか儚げな雰囲気を漂わせている。左腕と鉄で出来た簾のようなスカートの隙間から見えている足はとても細いので、余計にその砲塔が浮き立つ。
「――ご主人様、さては足フェチでいらっしゃいますか?
あのような細い足がお好きのようでしたら、右足の修復には、彼女と同型のパーツを使用してもよろしいかと思います」
「ち、違うって。つーか、サティの足があんなに細かったら、なんかアンバランスだろ」
「――それは私が太いということでしょうか?」
「いや、そういうわけじゃ――もしかして怒った?」
「私が一体なにに怒ることがあるのでしょうか、ご主人様?
ご主人様がロリータ・コンプレックスであることは重々理解しておりますので、今更怒ることなんてありません」
「……いや、やっぱり怒ってるだろ」
アンドロイドに太い細いのコンプレックスがあるのは疑問だが、とにかく表情一つ変えないまでもサティはそれ以上なにも言わなくなった以上は、やっぱり怒ったのだろう。
簾のようなスカートはどこか不完全でところどころ歯抜けになっている。まるでスリットラインのようになっているその部分はアンドロイドの生足をチラチラと見せては隠してを繰り返している。言い訳をさせてもらえるなら、一介の男子中学生に過ぎない武蔵が、それについつい目が行ってしまのは仕方がないことだと思う。あと決してロリコンではない。
「おい、あんた、名前は?」
「……RUR-O型64号、通称プリムス」
「連絡がついたってのは魔王アルクにか?」
「……いいえ。迎えに来るのは、この辺りを哨戒中だった別機体。
……それが貴方達をニューシティ・ビレッジまで運ぶ」
「ニューシティ・ビレッジ?」
「……ここから西に八十キロ地点の街」
恐らく魔王たちがいると言われている摩天楼のような建物の場所のことだろう。
武蔵としては不明な単語をただオウム返ししてしまっただけだったのだが、それにもきっかり返事をしてくれるマリウス。ウェーブのときは何を聞こうにも交換条件を持ち出されていただけに、なんとも拍子抜けな気分だった。
「ご主人様、この機体は特化型と思われます。人工ニューロンの層が少なく、監視役としての機能以外が単調なのではないかと思います」
「つまりどういうこと?」
「足がご主人様の好みでも、中身はアホの子です。私のほうが優秀と言えるでしょう」
サティは妙な対抗心を抱くほど人間的に作られているということだけは理解できた。
武蔵は試しに一つ確認してみることにした。
「なあ、このミサイルはどこを狙ってるんだ?」
「……ここから東に三十五キロ、ムングイと呼ばれている場所」
まさか答えると思わなかった問いも、プリムスはすんまりと喋った。
サティの言う通り単調に受け答えしていることがわかると同時に、やはりムングイ城が狙われていた事実が確実のものとなり、焦りを覚える。
「――それを止めてもらうことはできないのか?」
「……その要求に応える権限は私にはない。
……このミサイルは別目標の爆発が確認でき次第、自動的に発射される」
さすがにそう簡単にはいかないと思っていたが、それ以上に聞き捨てならない返答に、武蔵の焦りの色はより一層強くなる。
プリムスの足止めさえしていれば、ミサイルは発射されないのではないかと考えていた。
しかしミサイルは彼女の制御下にない。しかも別目標の爆発――つまり、ミサイルはこの一つだけじゃないということだ。
「おい、その別目標の爆発ってのはどこのことだ!?」
「……ここから北に三十キロ、ロボクと呼ばれている場所」
サキの情報が間違っていたわけではなかった。ロボク村も確かに狙われていたのだ。
ここのミサイルがいつでも発射できるような状態に見えたのは、本当にこっちの準備は疾うに終わっていて、あとは別の場所の準備が整うのを待っていただけに過ぎなかった。
心臓が警笛のように高鳴る。
プリムスさえどうにかできれば、ここの核ミサイルはどうにかできる。発射を止めることはできなくても、方角くらいは変えることはできる。
しかし、そもそももう一つのミサイルをどうにかしなければ、サラスたち全員の命が危ない。
「いつ!? 爆発はいつ起きる!? ミサイルの場所はどこだ!?」
「……時間は不明。私はミサイル発射まで、このミサイルの護衛を命じられたに過ぎない。
……ミサイルはここにしかない」
別目標の爆発と言っておきながら、ミサイルはここにしかないと言うプリムス。
要領の得ない返答に苛立ちが募り、思わず窓ガラスを全力で叩きつける。割れんばかりの全力で叩きつけたはずなのに、ガラスはビクともせず、しかしそれだけでマリウスは警戒してか、レールガンの先端を武蔵に向けた。
「ご主人様、落ち着いて下さい。
プリムスは先ほどから本当のことしか話していません。嘘をつけるだけの思考回路を持ち合わせてはいないのです」
「だったら、なんで!?」
「……プリムス、質問を替えます。
今作戦において使用予定の核兵器は、今どこにありますか?」
サティの質問にハッとなる。
なにもミサイルだけが兵器じゃない。
しかし、ミサイルではないのだとすれば、それはつまり――。
「……核ミサイルとして、ここに150キロトン相当が一基。
……核爆弾として、ロボクに20キロトン相当が一個」
当たって欲しくない予感ほど当たるものである。
プリムスの返答はつまり、既に核兵器があの村の中にあるということだった。
その事実に居ても立ってもいられない武蔵は、咄嗟にドアハンドルへ手をかけたところでサティに止められた。
「ご主人様、冷静に」
「だけどっ!」
プリムスはそのやり取りを値踏みするような目で見下ろしていたが、やがて他愛ないと判断したのか車から少し距離を置くと、再びレールガンを構えて周りを警戒するような体勢を取った。
「サティ、今なら――っ」
この距離からならレールガンの発射前にプリムスを討つことができる。そう言いかけて、サティに口を塞がれる。
「冷静に。聞かれてますよ」
数百メートル離れた距離の会話が聞き取れていたのだ、車の中とは言え、この距離なら確かに聞かれるだろう。そんな冷静ささえ失っていたことを、武蔵は思い知る。
サティはエプロンドレスの胸ポケットに手を突っ込んでゴソゴソと何かを探し出したかと思えば、そこから取り出したのはメモ帳と鉛筆だった。以前、声が出ないサティが筆談用に使っていたものだ。まだ持っていたことに武蔵は微かに驚きを覚える。
『プリムスも当然、警戒しています。
恐らく、ドアを破られて襲われてもレールガンで返り討ちにできる距離へ移動したのでしょう。
迂闊に飛び出すのは危険です』
綺麗な字で書かれた文章に、武蔵は納得する部分と腑に落ちない部分の両方を感じる。
サティに鉛筆とメモ帳を要求して、その続きに疑問をぶつける。
『ミサイルを背にしてれば、撃ってこないんじゃない?』
武蔵たちの頭の上には世界最強の危険物が存在している。
あのレールガンの威力であれば、武蔵だけを撃ち抜くなんて芸当ができるわけもなく、高い確率でこのミサイルにも損害が出るだろう。下手をすればその場で核爆発である。ましてはプリムスはミサイルの護衛だと言っていた。それを無視して攻撃をしてくるのか武蔵には疑問だった。
『撃ってくる可能性は捨て切れません。あれはアホの子です』
サティの返答はとても辛辣だった。自分の方が優秀と断言した点といい、彼女なりのプライドがあるのかもしれない。
『この車を奪取しましょう』
「――うん?」
続くサティの文章に、思わず声を出してしまう。
慌ててプリムスの様子を覗うが、この程度ではどうとも思わないようで、瞬き一つせずに射撃体勢のままだった。
『私なら車の運転は可能です。
エスコート役のアンドロイドが到着すれば、必ずあの射撃体勢を解くと思います。
その隙に車を奪い、あのレールガンを持ったプリムスだけでも轢き壊して逃走します』
これぞ優秀なアンドロイドの頭脳ですとばかりに、ニヤリと笑って見せるサティ。
武蔵は空席になっている運転席を見やり、それが彼の知っているそれと大きな差がないことを確認した上で、サティがそう言うからには、この車を盗む自身があるものと考えた。
自信を持って轢き壊すなんて物騒なことを言ってのけるだ、それが万が一にもプリムスの足止めにさえならないということはないのだろう。
そしてこの作戦が武蔵になるべく危険の及ばないことも考慮していることを、彼はなんとなく察する。
「……わかった」
彼女の意図も察して、武蔵は短くその作戦に同意する旨を返す。
いつどうなるかわからない状況で、相変わらず心持ちは落ち着いてなどいられる心境ではなかったが、それでも今は迎えのアンドロイドを待つことにした。




