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第61話 とある異世界の超電磁砲

 江野栄介えのえいすけは武蔵が所属していた江野剣友会という剣道場の長男である。

 天才や神童と言った才能を讃える言葉にこれほど似合う少年はいないと言われ、実際に何をやらせても常にトップに立っていた。

 それでいて本人にそれを驕った素振りは一切なく、誰にでも好かれる、完璧と呼ぶに相応しい人物だった。

 しかし武蔵を含めて、彼と親しい友人だけが、彼の欠点を知っていた。

 彼が極度の銃器マニアだと言うことを。


「いつ来ても、圧巻だな……実はヤクザが武器庫代わりにしてるとかじゃないのか?」


「残念だけど、ここにあるのは全部モデルガンだよ」


 部屋にあがるや否や、思わずそんな皮肉も出てしまったが、素で残念さを伺わせる栄介に、武蔵は呆れてそれ以上のなにも言えなくなってしまった。


 栄介の部屋は、例えば泥棒が侵入してきても即行で警察に通報を入れられそうなほど、ありとあらゆる銃と呼べるものが飾られている武器庫になっていた。

 これで剣道場師範の息子の部屋だと言う。世も末だ。


「よく先生もなにも言わないよな……」


「……父さんはボクが勝ち続ける限りなにも言わないよ」


「さすが無敗の剣豪、先生も文句なしか」


「止してよ、宮本武蔵に言われると、なんだか恥ずかしいよ」


 江野栄介はときとぎ悪気もなく宮本武蔵とフルネーム呼びをする。栄介は「羨ましい」とまで言うが、名前にコンプレックスのある武蔵は、そんな栄介が少し苦手だった。

 彼には武蔵にないものを全て持っているような気がした。


「でもさ、いくら好きだからってこんなに集めて意味があるのか?」


 つい話を逸らすつもりで口にした言葉だったが、武蔵もこれには自分でもしまったと思った。


「むっ、武蔵にはわからないかな、この違い。例えばこのStG44はナチス・ドイツが作ったアサルトライフルの元祖なんだけど、第二次世界大戦開戦時に市街地戦に向いた武器がなくて、技術者が日夜勝利を夢見て開発した武器なんだけど、これがとても優秀で優秀でソ連軍を悩ませていたんだ。

 戦後、これを研究に研究を重ねたソ連軍が開発したのが、このAK-47で今でも世界的に使われているアサルトライフルなんだ」


 こうなると栄介の話は長い。何度となくこの手の話を聞かされた武蔵は最早うんざりとした顔で待ったをかける。


「オーケー、オーケー。銃の歴史はもう十分に聞いたからさ、なにか新しい話を聞かせてよ」


「新しい話?」


「歴史があるなら、今だって新しいものが出てるんじゃないのか?」


「武蔵はいいところに目を付けるね」


 どうせ聞かされることになるのであれば、何度も聞かされた話よりは思っただけである。


 そうして栄介が取り出したのは、一体どこから取り出したのかと疑問に思うほど一際大きさを誇る銃だった。

 武蔵から見た特徴としてはとにかく大きいだけで、そのせいか他の飾られているモデルガンに比べれば、どこか歪に見えた。しかもよくよく見れば砲身が二つに割れていた。


「これ、なんか他のに比べたら作りが雑くないか?」


「本当に武蔵はよく見てるよね。それはボクが作ったんだ」


「えっ、マジで? こんな大きいものを?」


「雑だけどね」


 照れた様に言う栄介だったが、武蔵はそう口にしたことを逆に恥ずかしく感じるほど素直に感心した。

 これだけの大きさのもの、材料を揃えるだけでも大変だったことは容易に伺える。


「もしかして、新しいものって、栄介が作るって話?」


「いや、そういうわけじゃないよ。これはレールガンって言ってね、人の手で持つようなものは今はまだ空想でしかないけど、でも実際に開発されてる武器だよ」


「あー、なんか映画で聞いたことあるような気がする。レーザーとか撃つやつ?」


「全然違うよ」


 うろ覚えの知識で適当な返事をして笑われてしまう。


「レールガンは電磁気を使って、秒速七千メートルの速度で撃てるんだ」


「銃の弾なんて速いもんじゃん。元々そんくらいじゃないの?」


「とんでもない! 拳銃なんてだいたい音速と同じくらい、ライフル銃だってマッハ二とか三くらいだって」


「……ふーん」


 日常生活からはほとんど実感が沸かない単位に、武蔵はただただ気のない返事をしてしまう。

 電波を使う割には、でもたぶん光よりは遅いのかなと、なんとも適当過ぎることを考えていた。


「じゃあさ、そのレールガンが開発されたら、もうここにあるような武器はいらなくなるのか?」


「そうとも限らないよ。レールガンにもデメリットがあってね、例えば――」


 あ、また墓穴を掘ったと思いながら、武蔵はこれ以上下手なことを言うまいと、ただただ栄介の話を聞き流すことにした。




      ◇




 今、まさに武蔵たち脅かしているものの正体が「レールガン」と言われて、武蔵は過去の記憶を必死に掘り起こしていた。

 銃マニアの栄介に言わせれば、レールガンにも弱点があるはずだった。

 しかし意図的に聞き流してしまった武蔵には、その記憶がほとんど残っておらず、ただ思うのは、栄介がこの場にいたら歓喜していたのかな、なんてどうしようもない感想のみだった。


「ご主人様!! どうかお願いですから、私のことは捨て置いて下さい!! このままでは!!」


「いいから動くな!!」


 担ぎ上げたサティが腕を振って抗議する。

 今はそんなちょっとしたことでさえ気にかけている余裕すらない。


 レールガンの砲身が青白く光る。それが視界に入るや否や、武蔵は射線を確認してから逃れるように全力で跳ぶ。チーターさえも凌駕する驚きの瞬発力を見せつけるが、それでも弾丸を躱すのはギリギリだった。跳ねた足裏は地面に戻すことすら許されず、すぐさま訪れる爆風によって身体を吹き飛ばされる。

 サティの身体を担いだまま、なんとか体勢を立て直し、再びレールガンと向き直る。次の攻撃に備えて、ただひたすらにレールガンの砲身を睨む。

 

 まさに命がけのだるまさんがころんだ状態だった。

 こんなことをすでに六度繰り返していた。


 そう、だるまさんがころんだなのである。

 ほんの少しずつではあるが、レールガンの攻撃を躱しつつ、アンドロイドとの距離は徐々に詰められていた。

 レールガンも連射はできないようで、次弾の発射までにタイムラグがある。だから武蔵の攻撃が届く範囲まで近付けば、そのタイムラグを衝いて勝てないわけではなかった。


 そのタイムラグを利用して近付こうとも考えたが、とにかく驚異的なのは初速から毎秒七千メートルもの速度で飛んでくる弾丸である。意表を衝いた動きで近付いたとしても、どこかで標準機に捉えられて引き金を引かれたら確実に終わりだとはサティの言葉だ。

 だから自分を捨て置けとサティは言う。動けない標的がいれば、もしかしたらそちらを優先して狙う可能性がある。その隙に逃げることも攻撃に転じることも可能だと。そうでなくても、今のサティは武蔵のとってただの足枷になってしまっている。だから自分を捨て置けと。


 ――冗談じゃない!


 そんなつもりでサティをここに連れてきたわけではなかった。

 こうなってしまったのは武蔵の責任でもあるし、何よりもきっとサティになにかあればパールが悲しむ。それだけは避けなければならない。


 武蔵の目測では、六度の攻防で三十メートル程度は進んだように思う。

 であれば、あと百回は繰り返せば相手に届く。

 あと百回耐えれば勝てる可能性があれば”勝利の加護”を持つ自分が負けるはずがないと、奮い立たせる。


 ――ご主人様の”勝利の加護”は、恐らく人間の限界は超えた部分には届かないものと思われます。


 サティの推測ではある。


 サティは確かに片手で二百五十キロまでのものなら持ち上げられるし、時速六十キロで走れるらしいが、生身の人間でも理論上は、例え身体は壊れたとしても、それ以上の能力を発揮する可能性は秘めているらしい。

 物理的に不可能なように見えても、可能性の上限を振り切っている話ではない。

 ”勝利の加護”とは、勝負事に対してステータスの限界値まで一時的に向上させてくれるが、そこまでしか面倒を見てくれない能力なのではないかということだ。

 だからどれだけ人間の限界を持ってしても、負けるときには負けてしまう。勝利を約束してくれている加護ではなく、あくまでも勝ちやすくなるための加護なのだ。


 だから秒速七千メートルには勝てないと、サティは言う。


 人間の反応速度は剣道の達人クラスでもゼロコンマ一秒と聞いたことがある。


 秒速七千メートルを相手にゼロコンマ一秒で七百メートル。

 すでに剣道の達人クラスを越えた反応を武蔵は見せていることになる。

 これがさらに近付けば近付くほど厳しくなる。


 だから勝てないと、サティは言う。


 だから勝てない。どうせ勝てない。きっと勝てない。


 それは今までの武蔵が捨てたくても捨てられなかった言葉だった。


 武蔵は未だに本当に自分が何事にも勝てるなんて信じていなかった。


 どれだけサラスに期待されても――”勝利の加護”なんて祝福を受けても、それでもどうしても自分は弱いのだと思わずにいられない。


 全敗の記憶はそう簡単に拭うことなんてできなかった。


 ――だけど、それでも戦うと決めたんだ。


 ここで逃げることもできるだろう。

 だけどサティがいなくなることが怖い。

 サティがいなくなって泣くパールを見たくない。

 逃げ帰った武蔵を見て、サラスの顔が陰るのを見たくない。

 弱さを自覚しながらそれでも戦おうとするカルナに見下されたくない。


 思い返せば、武蔵は昔からそうだった。

 勝てるから戦ったことなんて一度もない。絶対に勝てないと言われながら、それでもずっと戦い続けてきた。


 だから今更サティに勝てないと言われたところで、武蔵は諦めようなんて思わなかった。


 七度目の銃撃を躱す。


 レールガンの攻撃に慣れてきたのか、爆風に投げ出されることなく、少しだけ前進することに成功した。

 攻撃の間隔も少しずつ掴めてきていた。


 ――いけるかもしれない。


 そう思って武蔵は走り出した。

 相手の意表を衝こうなんて思わない。真っすぐにレールガン目掛けて駆けた。

 とにかく相手の攻撃した瞬間を見逃さなければいい。

 撃ったと思ったと同時に右でも左でも跳べば、躱すには事足りる。少なくとも武蔵はそう考えたが、


「いけません、ご主人様っ!!」


 青い光が見えたと感じた刹那、回避行動を取る。

 身体が地面から離れ、もうどうやっても方向転換なんてできなくなってから、


 ――あ、違う。


 ようやく八度目の砲撃が元から武蔵を狙ってはいなかったことに気付く。

 アンドロイドは武蔵の回避行動まで予想していたのか、弾丸は彼が跳ねた方向目掛けて飛んできた。


 ――死んだ。

 

 ゼロコンマ一秒にも満たない時間の中で、武蔵は今までにないくらい死を意識した。


 しかし弾丸は武蔵の身体を逸れて、近くの地面に接触と共にその驚異的な運動量でもって爆散。

 攻撃に慣れてきたと感じた思いは爆風と共に霧散して、武蔵は全身を強く打ち付けながら吹き飛ばされてしまう。


「ご主人様、早く、逃げて下さい」


 庇ったはずのサティも武蔵から離れた位置に投げ出されてしまったのだろう。武蔵の視界の外、サティの声が遠くに聞こえた。


 サティの言う通り、早く動かないといけないのだが、ダメージが激し過ぎたためか身体が言うことを利かない。


 偶然かそれとも当てずっぽうの攻撃だったためか何とか直撃は免れた。それでも武蔵たちを追い詰めるには効果的な一撃であったことに変わりなく、次の攻撃が来れば確実に終わりだった。


 ――終わり。


 先ほども意識した、この世界にやってきてから何度か感じた最期だったが、武蔵はこれほど無力感を感じたことはなかった。

 結局、自分は、誰にも、なにもできなかったという悔しさが込み上げる。


「……ごめん」


「……ご主人様」


「……守れなくて、ごめん」


 それは戦うと約束したことに対してだったのか、それとも助け合うと誓ったことに対してか、色々な思いが溢れてきて武蔵にもよくわからなかった。


「ご主人様……」


 サティの声が先ほどより近くに聞こえた。

 本人だって右足を失って、きっと武蔵以上にボロボロだったはずなのに、それでも武蔵に近付いてきていた。


 武蔵はどうにか顔を上げる。

 そこには、昔の、パールを見て微笑むサティがいた。


「言ったはずです。この身を盾にしてでも、ご主人様をお守りしますと。私はボディーガードのサティです」


「―――――」


 サティは武蔵に背を向けて、そして両手を広げる。その意味に気付いて武蔵は、


「――ふざけるなよ」


 怒りが込み上げてきた。

 ――誰に対して? 他ならぬ自分自身に対してだ。

 バディだと、お互いを助け合いながら戦っていくもんだと言いながら、結局守られてばかりいる。


 ――カッコ悪い。本当に本当にカッコ悪い。


 宮本武蔵はカッコいいものに憧れて、自分がカッコいいと感じたものに近付きたくて――なのに自分はどうしてこんなに弱いのか。


 このまま終わりたくないという気持ちが溢れてくる。

 だから武蔵は倒れたまま、数百メートル先まで声を届けるために、大きく息を吸った。


 ――どのみち、最初から、機会さえあればと考えていたんだ。


 これが裏切りなのか武蔵はわからない。

 だけど、この場を乗り切るために、他の方法が思い浮かばなかった。


「聞けえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ、アンドロイドオォォォォォォォォォォォ!!」


 剣道の試合中でさえも、ここまで声を張ったことはない。武蔵は渾身の力を込めて、日本語で叫んだ。


「俺はあぁぁぁぁ、異世界から来た男だあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 初めてウェーブに出会ったときも、彼女は武蔵の日本語に驚いて攻撃を中止した。

 同じアンドロイドであれば、同じような反応を示すのではないかと考えた。


 斯くて、その後レールガンの砲撃はなかった。

 起き上がってアンドロイドを見る。彼女は未だにレールガンを構えたままだった。


「ご主人様……こちらに来いと言っています」


「この距離で聞き取れるのか?」


「はい、辛うじてですが」


 あんなにも声を張り上げる必要なかったこと知ると同時に、つまりこちら会話が相手に筒抜けであることに気付く。攻撃態勢を崩さないのは、何かしら怪しい言動があれば、再度砲撃を開始するということだろう。


 そこまで気付いても、武蔵はサティに確認せずにいられなかった。


「なあ……これは裏切り行為になるのかな?」


「生き残るための最善の選択をされたかと思います」


 それはただの率直の意見だったのかもしれないが、サティは武蔵の質問に対して明らかな回答をしなかった。

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