第60話 向けられたのは
翌早朝、ヨーダに呼び出された武蔵とサティは、魔法の杖の設置場所への偵察を告げられた。
ほとんどカルナの言う通りに「親子だからね、そりゃ考えそうなことくらいわかるわよ」と言う彼女に、武蔵は複雑な気分を覚えた。
サキの話では魔法の杖はロボク村から南西へ三十キロくらいの位置にあるとのことで、馬を駆ることになる。魔法の杖が使用されるまでまだ数日はかかるだろうとのことだったが、それでも悠長にはしていられない。当然武蔵は手繰ることができないので、サティに相乗りさせてもらう形になる。
ちなみにサキはここから先は手伝うことができないとのことだった。
「わたくしが”あの人”を阻むことに、直接手を貸すことはできません」
「あんたにもあんたの目的があんだろ。強要したりしないさ」
ヨーダのあまりにも物分かりのいい発言に、武蔵は疑問を感じた。確かに、敵側に近い人間の助力を得るのは危険な判断だろうが、そういったものとは違う、なにか親しみのようなものが言葉尻から滲んでいた。
サラスとヨーダがサキとどんな話をしたのか、武蔵たちは聞かされていない。彼女の登場にあまり驚く素振りを見せなかった点といい、もしかしたら以前からサキから情報提供を受けていたのかもしれない。
カルナが言っていたサラスたちの隠していることとは、そういうものも含まれているのかもしれない。
「……あの、ムサシ……」
いざ出陣と言うときに、声をかけてきたのかサラスだった。
サラスの頭を触れてから、彼女から話しかけてきたのはこれが初めだった。
サラスは指をもじもじとさせて、なにを話すか迷いあぐねているかと思えば、その指を祈るような形に組んで、そして武蔵を真っすぐ見据えて告げた。
「ムサシにとってはこれは巻き込まれたものでしょう。それでもムサシが戦うって言ってくれて、私は本当に嬉しかったの。
だけど……巻き込んでしまった私がこんなこと言うのもおかしいのかもしれないけど……。ムサシ、無理はしないで。無事に帰ってきて」
白い頬を赤らめた表情に武蔵は戸惑う。
永く話がしたいと望んでいたはずなのに、いざ突然その機会が訪れるとなにを話していいかわからなくなる。
また今はそんなに話をしていられる状況でもない。
「……サラス」
「――はいっ!」
名前を呼んだだけで過剰な反応を示すサラスに、武蔵は罪悪感に近い感情が芽生える。
ヨーダの言っていたことが今更になって理解できた。
武蔵は確かに好きだという気持ちを甘く見過ぎていた。
今更もう愚鈍な振りはできない。サラスに異性として好意を持たれていると、武蔵自身も感じている。
正直に、同年代の女の子にこれほどまで好意を向けられていていると思ったことは、武蔵自身初めてのことだった。
だからこそ余計にどうしていいかわからなくて――そしてそれを意識するほどに真姫の姿が脳裏にチラつく。
「あのさ、サラス。
帰ったらいろいろと話をしよう」
辛うじて今の武蔵が言える言葉はそれだけだった。
思い返せばここに来てから、武蔵は自分のことをサラスにほとんど話していなかった。自分が育った国がどんなところで、どんな生活をしていて、そしてどんな人たちに囲まれていたか。家族のことも、友人のことも、そして真姫のことも、誰にも話してこなかった。
ただ帰りたいという気持ちだけは隠さずにいたため、サラスも気を遣ってか、現実世界でのことを聞いてはこなかった。
「俺のこと、いろいろ聞いてもらいたい」
「――はい。約束、ね」
サラスが武蔵の言葉をどう受け取ったのかわからなかった。
優しい微笑みを浮かべるサラスの姿に見送られて、武蔵はサティの御する馬で出立する。
◇
半径数キロ以内にあるものを例外なく薙ぎ払い、十数キロに渡り毒を撒き散らす。キノコ雲さえ生じさせながら爆炎を上げるそれをサラスたちは”魔法の杖”と呼んだ。
サラスたちが”杖”と呼ぶからには、それはあるいは先の曲がった棒状のなにかかもしれないと考えもした。
しかしサキが言う場所には、もっと単純に、武蔵のイメージする兵器そのものズバリのものがあった。
全長で十数メートルはあろう流線形のフォルム。後方に背びれのような羽が生えた鉄の塊は、誰がどう見てもミサイルとしか呼べない形をしていた。それがジープのような車に乗っていた。その護衛用なのか、近くには重機関銃のようなものまである。
「……サティ、あれが核兵器?」
武蔵はあえてサティに確認しないではいられなかった。
それまで石造りだったり木造建築だったりがせいぜいの世界で、近代技術が紛れ込んできたのだ。もしかしたらいつの間にか現実の世界に帰って来たのでないかとも思ってしまう。
「正確には自走式核弾頭搭載型地対地ミサイルです。誘導装置がついていない可能性もありますので、ロケット砲かもしれません」
サティの説明はわからない点もあるが、聞くまでもなかった。
五百メートル程度離れた距離からでもはっきり見える、その見晴らしのいい小高い丘の上に立つ物体に武蔵は身震いした。知識としてミサイルというものを知っている武蔵でさえもこれなのだ。明らかにオーバーテクノロジーの塊としか認知できないサラスたちが、それにどれだけの恐怖を抱くのか想像もできない。
――あるいは、初めてあれを見たこの世界の人は、それがなんなのかもわからないまま死んでしまったのかもしれない。
「……とにかく、本当に核兵器があったんだ。急いで戻ろう」
もともと武蔵たちに命じられたのは偵察である。
本当に魔法の杖があるのか、あるとすれば正確な場所の把握をする。それが今回の目的であり、存在が確認されたら今度は村人の避難を最優先するというのが、サラスとヨーダの考えだった。
使用されるまで数日はあるとのことだったが、いつ発射されてもおかしくないように武蔵には見えた。
もしかしたら本当はここでどちらか一人居残って、動きがあれば時間稼ぎした方かがいいのかもしれない。携帯電話があればすぐにでも連絡ができるのにと思わずにいられない。
「待って下さい、ご主人様。あのミサイルですが、少しおかしいです」
「おかしい? そんなこと言われても、正しいミサイルなんて知らないからな」
「ではなくて、標準が明らかにロボク村とは違う方角を向いています」
言われてからようやく気付く。
確かにミサイルの向きは武蔵たちがやってきた方向からはそっぽを向いていた。
日も高い位置に来ているため、土地勘のない武蔵にはそれがどの方角かわからなかったが、それでも嫌な予感だけはどうしても拭えない。
「サティ、あの方角って……?」
「ムングイ城のある方角です」
サキが言っていたことを思い出す。
――恐らく、これが最後の実験でしょう。
魔王が最後の実験場に選んだ場所としては、なんとも納得のできる場所ではあった。武蔵は知らぬ間に奥歯を噛みしめていた。
「それと私の見立てですが、あれが発射されるまで数日も猶予があるとは思えません。数日を有すると考えるにはあまりにも準備が整い過ぎていますし、何よりアンドロイドの姿がここから確認できる範囲で一体しか見えません
」
「アンドロイド?」
「準備をするにしては数が少なすぎます。すでに発射するだけで事が済む段階なのか――あるいは罠という可能性も考えられます」
武蔵の感じた印象をサティも感じていたようだ。もっとも彼女のほうが武蔵なんかよりもよく観察していたようで、武蔵はようやく携行してきた望遠鏡で確認した。
遮蔽物もなにもない丘の上である。見落としなんて考えられない。しかしアンドロイドの姿なんてどこにも見当たらない――と、そこでようやく気付く。
ミサイル護衛用の重機関銃だと思っていたものが、ただバカみたいにでかい砲塔を抱えている女性だった。
でかい砲塔――と呼んで正しいのか武蔵にはわからなかった。
なにせ比較対象となるものが、その辺りにはミサイルと車とその女性しかいなかった。
それでもバカみたいにでかいと感じたのは、その方針が女性の身長の二倍は優に超えているからだ。
またそのアンドロイドは、特徴的なエプロンドレスを身に着けておらず、代わりにプレートアーマーのようなものを着こんでいた。長い金属の棒をいくつも束ねて、まるでロングスカートのように腰から足元まで覆っていたので、その服装も含めて機関銃のように見えていたのだ。
そのバカみたいにでかい砲塔が、ゆっくりと武蔵に向けられていくのが、望遠鏡越しに見える。
「……えっ?」
「――ご主人様!!」
気付いたときには、武蔵はサティに力いっぱいの体当たりを食らっていた。
全体的に柔らかい印象のあるサティだが、それでも機械の肉体である。一瞬、車に撥ねられたような錯覚を覚えて――先ほどまで武蔵が立っていた場所のやや後方が突然爆発が起こる。
爆風でさらにあらぬ方向に身体が捩れ、天も地もわからなくなるほどに身体は錐揉み状に吹き飛ばされて、武蔵はそのままなにが起きているのかもわからないまま地面に叩きつけられた。
死んでしまったのではないと思えるほどの衝撃だった。それでもすぐに身体を起こして動ける程度のダメージで済んだのは奇跡に近い。
「なにが――」
起きたんだ、とは言葉が続かなかった。
武蔵の目には、先ほどまでなかった窪みが出来上がった大地と、そして――
「――サティっ!!」
右足が吹き飛んで倒れているサティの姿だった。急いで駆け寄る。
幸いにしてサティの意識はあるようで、なんとか立ち上がろうとして、そこで初めて右足が無くなってしまったことに気付いたようだ。
「ご主人様! 早くお逃げください! 次が来ます!!」
「次!?」
丘の上を見れば、引き続き武蔵たちを捉える砲塔の姿が目に付く。
あれに撃たれたのに間違いはないだろう。機関銃のようなものに見えていたが、大地の傷跡からしてあれもミサイルみたいなものだと武蔵は考えた。
恐らく望遠鏡のレンズが反射して気付かれてしまったのだろう。迂闊だったとしか言いようがないが、それでも助かったと思わずにいられない。もし本当に機関銃だったとすれば、”勝利の加護”を発動させる余裕もなく今頃ハチの巣だった。
次弾の発射より早く、どうにかサティに辿り着いて、片足で立ち上がろうと悶える彼女を支える。
「何をしているのですか!? 早く逃げて下さい!!」
「バカ言うな!!」
そもそも相手に捕捉されてしまったのは武蔵のミスである。
その上、サティは一早く敵の攻撃を予測して武蔵を突き飛ばしたのだろう。その代償がその右足だ。そんなサティを見捨てるなんて武蔵にはできなかった。
「言ったはずです! 私はボディーガードのサティです!! 今の私ではご主人様を守れません!! 足手まといは捨て置いて下さい!!」
「なら俺だって言ったはずだ、俺とサティはバディだって!! それにっ!!」
――不意打ちさえなければ、”勝利の加護”でどうにでもなる!
サティのお陰で初撃は凌いだ以上、あとは武蔵が強く勝利を意識すれば勝てるのだ。
――勝ちたい。勝ちたい。勝ちたい。勝ちたい。
ひたすらに強く願う。
鼓動が早く感じられ、世界の全てがゆっくりになっていく感覚。
身体の芯の部分で力の源泉のようなものが沸き上がってくる。
これで負けるわけがないという強気の意思が、武蔵の世界を加速させ、肥大化させていく。
「ご主人様!!」
サティがそう叫ぼうとしたのがわかった。だけどそれより早く、武蔵には見えていた。本来、見えるわけがない速度の飛来物を、武蔵は確かに見ていた。
武蔵の知るなかで、その銃弾はピンポン玉程度の大きさに見えた。
それがゆっくりと武蔵たち目掛けて飛んで来ている。
あとは見えているそれを躱すだけの簡単な勝負だった。
――簡単な?
しかし身体が言うことを聞かない。いや、思っている以上に動きが遅い。
結果的に、サティの身体を巻き込んで無理やり身体を捻りながら、ギリギリで銃弾を躱す。
無理な動きはそのままバランスを崩して転倒に繋がり――しかし倒れる前に再びやってきた爆風で身体はあらぬ方向に投げ出される。
サティが転がる武蔵の身体を庇ってくれたお陰で、ほとんど無傷だった。次の攻撃に備えてすぐにでも立ち上がらなければならなかったが、武蔵はそれでもなかなか起き上がれずにいた。
なまじ見えてしまっていただけに、ギリギリだったことに恐怖したのだ。
「ご主人様、これは私の推測です」
主人の先ほどまでとはまた違う早い鼓動に気付いてか、サティは武蔵をさらに強く抱き締めて続ける。
「ご主人様の”勝利の加護”は、恐らく人間の限界は超えた部分には届かないものと思われます。
ですから、あのレールガンには対抗できないと思われます」
「……レールガン?」
「はい。
ですから、どうか私を置いてお逃げ下さい。あれに近付かず、一人で逃げることに専念すれば、逃げ帰ることは可能でしょう。
ご主人様、ここは逃げるが勝ちです」




