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第59話 戦う理由を抱いて裏切る理由は胸に

 日も暮れ、ロボク村も少しずつ夜の静寂が訪れようとしていた頃。

 サキを連れて戻ってきても、サラスとヨーダはあまり驚く様子も見せず、ただ口数少なげに素早く三人で村の一室に籠っていった。

 武蔵とカルナにはそこに介入する余地はないと如実に感じられた。


 武蔵もまたこの後に起こることに備えて、早々に寝ようと部屋に向かったところでパールに捕まってしまった。


「ムサシくん、だいじょうぶ?」


 意識して人の心に踏み込むことを自制しているが、それでもこの幼い少女には隠し事は通じない。本能的に武蔵が大丈夫な心境ではないと悟ったのだろう。


 だけど武蔵自身も大丈夫じゃない自覚だけはあっても、それをどう口にしていいのかわからなかった。

 なのでただ甘えることにした。


「ふわっ」


 パールを抱き締める。

 最近は風呂に入る回数も減ってしまっていたが、それでもなおふわふわを維持した栗毛に顔を埋める。

 柔らかく、温かい感触は、抵抗することも抗議することもなく、ただ武蔵にされるがままだった。


 そうこうしているうちにサティまでやってきて、なぜか彼女は無言のまま武蔵を背後からパールごと抱え込んだ。

 アンドロイドだというのにこちらも柔らかく、温かい。何が身体に触れているのか考えれば、気恥ずかしさもあって落ち着かなくなるが、それも今更だと思えば、心地よく思える。


 そのまま座り込んで、サティの身体に身を預けながら、いつの間にか寝息を立て始めたパールの背中を優しく摩る。


 圧倒的な幸福感。


 こうしていればもう帰れなくてもいいかと思い――どうしても母を失って泣く華奢な身体を思い出す。


「あんたさ――ホントに帰りたいって思う?」


 顔を上げれば、世にもけしからんサンドイッチに呆れた表情を浮かべたカルナがそこにいた。


「思う」


「だったら、どうして――?」


 その続きは霞んで聞き取れなかったけれども、なにを言おうとしているのかはわかる。


 相変わらず呆れ顔のままのカルナ。どのような心境でそれを聞いてきたのかわからなかった。

 もしかしたらやっぱり信用していないのかもしれないし、裏切る可能性があると考えているのかもしれない。それでもカルナは、魔王の杖が武蔵が帰るための手段かもしれないことを、サラスとヨーダには伝えなかった。武蔵にはそれは救いだった。


 思わず笑みが零れる。


「……なによ?」


「いいや、ただ帰りたいって気持ちと、関係ないなと思って」


 帰りたいという気持ちは間違いなく武蔵のなかにある。

 幼馴染の女の子の顔が頭から離れない。


 それでもこうして抱き締めた温もりを、抱き締められている温もりを、そして手を差し伸べられた温かさを、踏みにじってまで帰りたいとは思わない。


 すでに武蔵のなかでは結論は出ていた。


 帰りたいから戦うでは、すでに理由としては弱いと気付いている。

 何のために戦うのか――それはここで与えられた温もりが奪われるのが怖いからだ。

 それが武蔵にとっての本当の恐怖だ。


「俺が戦うって言ったとき、サラスがすごく安心したような顔で泣き出したんだ」


「―――――」


 その名前から勝つことを期待された武蔵だったが、決して勝つことがなかった。そしていつからかもう自分は誰にも期待されてないように思っていた。

 負けることが当たり前になってしまった自分が、今になってこれほど期待されている。

 例えそれがチート(ズル)に対する期待だったとしても、泣くほど安堵された期待を裏切っていいわけがない。

 この魔王との戦いは無敗の剣豪の名前をつけられた全敗の剣豪の最後の正念場でもあるのだ。


「だから、戦う。帰りたいとか、そういうのはこの戦いとは別だよ」


 そう言ってカルナに顔を向けると、カルナはいつもの仏頂面で武蔵のことを睨んでいた。


「……やっぱり、あたし、あんたのこと嫌いだわ」


 なぜかこの期に及んで、面と向かってはっきりと敵意を向けられて、ようやく落ち着きを取り戻してきた心がざわつく。カルナと同じようなしかめっ面を返さざるを得ない。


「……だけど、まあいいわ。あんたに任せる」


「任せる?」


「あの魔王の嫁の話じゃ、ここを魔法の杖が標的にしてるって言うじゃない。もちろんそこには自動人形がわんさか護衛してると思うわ。

 団長が今回の件どうするか考えるとすれば、とりあえずあんたとそこの自動人形でその場所に偵察に向かわせると思う。仮にもし戦闘になってしまったとしても、あんたたち二人なら切り抜けられるでしょうからね」


「俺たち二人だけ? 師匠とカルナは出ないのか?」


 武蔵自身すでに信用されている自信はあっても、それでも身元不明の少年と元敵のロボットだけで任せようとすることなのか疑問に思う。


「まだ魔王の嫁が本当のことを言ってるかわかんないじゃない。それなのに団長に動かれて、もし万が一この村でなにかあったときに、それこそどうしようもできなくなるわ。

 あたしは――悔しいけど、あの自動人形たち相手じゃ足手まといになるだけだわ」


 大多数の騎士団メンバーはすでに城に引き上げてしまっている。割ける人員に限りにある以上は、確かに総大将を前線に出すのは早計なのかもしれない。


「だったら最初から俺たちが偵察に行くまでもなく、何にしても村人を避難させたほうがいいんじゃないか?」


 村には怪我人や病人も多い。一人でも多く人手があれば、少しでも早く村人を避難させられるだろう。サティがいれば病人数名は軽く担いで運べるはずだ。魔法の杖の対策は、全員の安全が確保できてからでもいいんじゃないかと武蔵は考えた。


「村人が急に動き出したって気付いて、あっちも慌てて動くかもしれないでしょ。

 ……それに、ここの村の人、そう簡単に避難してくれるかしらね?」


 憎々しげに告げるカルナに、武蔵もここに来てからサラスが何に骨を折っていたか思い出す。

 そう簡単にこの場所から移動してくれれば、この水も不自由な土地に未だに残ってはいなかっただろう。


「だから団長はあんたたち二人に偵察をお願いしてくると思うわ。

 今のうちに身体を休めておきなさい」


「それは言われる前からそのつもりだったんだけどな」


 気付けばパールがやってきて、サティがやってきて、最後にはカルナと長話までしてしまっていた。

 もっともそれを煩わしいとは思わない。


「……ほんとに、任せたわよ。

 サラスを裏切ったら承知しないんだから」


 そこまで念を押すと、カルナは足早に立ち去っていく。

 その後ろ姿を見送りながら、武蔵は大きな溜息のような深呼吸をする。


「ご主人様」


 その深呼吸が不安感から出たものだと感じたのか、ここに来てからずっと黙ったままだったサティが声をかけてきた。


「てっきり寝てるのかと思った」


「私が眠ることはありません。

 あっ、睡姦がお好みでしたら、今から眠りますのでお好きなように」


「なに言ってるかわかんないけど、とりあえずそういうことはしないから」


「そうですか、それは残念です」


 寝てるとは言え、またしてもパールの前での話である。

 そろそろ本当に強く注意しないといけないかと考えあぐねていると「ご主人様」と再び呼びかけられる。


「私は今からボディーガードのサティとなります。この身を盾にしてでも、核の炎からご主人様をお守り致します。ですから、どうかご安心下さい」


 ――本当に、注意しなきゃいけないと考えてればこれだ。


 心強いものを感じながら、それでも武蔵はサティに指摘する。  


「――違うよ」


「違いますか?」


「うん、違う。

 サティは今から俺のバディだよ。バディのサティだ。

 バディはお互いを助け合いながら戦っていくもんだよ。だから決してサティが盾になる必要がない」


「バディのサティですか。それはなんとも――語呂が悪いですね」


「いいだろ、語呂が悪くても」


 ご主人様と慕う癖に相変わらず人を立てる気がない様子に思わず苦笑する。


「サティ、少し寝るよ。ヨーダが来たら起こしてくれる?」


「はい、承知しました。では、私は今からソファのサティとなります」


「それも語呂が悪いな」


「いいのです、語呂が悪くても」


 最早言い返す気にもなれず、それでも自称ソファを名乗ったのに甘えて身体をもたれかける。


 そして改めてサティが不安感と勘違いした深呼吸の要因のもとに考えを巡らせる。


 ――裏切ったら承知しない、か。


 カルナの最後の言葉である。

 それが武蔵がサラスを見限ることを言っているのか、それとも魔法の杖を止められないことを言っていたのか、武蔵にはわからなかった。


 武蔵自身、サラスを、そして今感じている温もりを見限るつもりなんて全くなかったし、魔法の杖を止めなきゃいけないという使命感は間違いなく持っていた。

 その気持ちは真実で、そしてカルナに告げたことも本音だった。


 だけど少しだけ――魔王と話をしてみたいという気持ちがないわけではなかった。

 それが裏切りにあたるのか、武蔵にはわからなかった。

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