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第05話 異世界コミュニケーション

 大男とのファーストコンタクトを失敗させてしまった武蔵だったが、次の機会はすぐに訪れた。

 床に突っ伏してひんやりとした感触に癒されていると、誰かの足音が響いてきた。


 顔を上げる。

「あっ……」

 そこには二人、黒髪の少女と女戦士の姿があった。


 女戦士が拉げた鉄格子を指を指しながら、大男に何事か言っている。

 恐らく非難しているのだろう。

 父親と娘くらいに歳の差があるであろう二人だったが、大男はバツが悪そうな顔でソッポを向いていた。


 そんななか、黒髪の少女は武蔵のことを見つめていた。

 初めて会った際は、その華奢な体を晒していたが、今は当然服を着ている。着ているのだが――。


 ――薄すぎないかな、それ?


 恐らく絹でできているのだろう。白いワンピース姿で、腰に赤い布を巻きつけているのだが、たぶん、それしか着ていない。下着という文化がないのかもしれない。

 決して大事な部分が見えているわけじゃないが、月明りで体のラインが丸わかりだった。


 ――あー、暑いからか。


 なんとなく、国だか町だか村だかわからないが、"ココ"の民族性を感じた。

 裸で生活している民族だっているのだから、それに比べたらきっとマシなんだろうけれども、それでも日本文化が身に染みている青少年にはハラハラドギドキさせられる。


 黒髪の少女は武蔵の目を見つめながら、しゃがみ込み首を傾げる。

 それがなるべく武蔵と同じ目線に合わせようとしてくれているのだと気付いて、武蔵は慌てて起き上がり正座をする。

 少女がくすりと笑う。とても愛らしい笑みだった。

 そして、自分の胸元に手を置き――。


「サラス」


 そう発音した。

 波のような、心地よい音だった。


「サ、ラ、ス」


 一音一音、丁寧に、自分の胸元をトントンと軽く叩きながら。


「サラス」


 彼女はそう名乗ったのだった。


「あっ――」


 そして彼女の手はゆっくりと武蔵に向けられた。


 次はあなたの番だと。そう言っているのだ。


 武蔵は大慌てで自分の顔を指さした。


「武蔵っ!」


 サラスと名乗った少女が、目を丸くする。

 彼女に習って、ゆっくりと指を動かしながら、


「ム、サ、シ!」

「ムサ、シ?」

「そう! 武蔵!!」

「ムサシっ」


 にっこりと笑うサラスに、心臓が跳ねた。

 これが喜びなのか、安心感なのか、それとも別のなにかなのか、武蔵はわからなかった。

 色々な感情が武蔵の心で暴れている。

 言葉が全く通じないと思っていた場所で、コミュニケーションが成立した。

 それは、武蔵がかつて経験したことがない、感動だった。


 少女は再度自分の自分の胸に手を当てる。


「サラス」


 そう呼べと、そう言っているのだ。

 武蔵はそこで自分がまだ彼女の名前を呼んでいないことに気付いた。

 自分に向けていた指を、ゆっくりと彼女に向け――。


「―――――っ!」


 またしても失敗した。


 サラスの目が驚きに見開かれて、そして後ろに控えていた女戦士と大男が、同時に腰の剣に手を当てた。

 二人の目は明らかな敵意を剥き出しにしていて、今にも斬って捨てようとしているのがわかる。

 鉄格子越しでその剣は届かないだろうけれども、それでも敵意は鉄格子なんか簡単に飛び越えて、武蔵に襲い掛かる。


 なにがいけなかったかわからない。

 だけど盛大に失敗したことはわかる。

 ここにきて、彼女――サラスが作ってくれた交流は、一瞬で崩れ去ってしまった。

 人と人が通じ合うことが、こんなにも難しいものだなんて、武蔵は思っていなかった。

 戦争がなくならないのもわかる。

 だって、言葉が違うだけで、こんなにも些細なことで、こんなにも簡単に、人と人との繋がりなんて切れてしまうのだ。

 

 そしてサラスは――。


 少し、困ったような顔を浮かべながら、

 それでも、武蔵に笑いかけたのだ。


「――えっ?」


 彼女は最初に女戦士から武蔵を守ったときのように、両手を広げて後ろの二人を静止させていた。

 それから、何事か告げる。

 二人がそれに対して怪訝な表情を浮かべながらも、ゆっくり剣から手を離したのだった。


 サラスの手が鉄格子の先に、武蔵の元へと伸ばされる。

 鉄格子の間を抜けて、未だにサラスへ向けられたままだった武蔵の指を優しく握った。


 白い指は、とても暖かかった。

 

 そしてそのまま、武蔵の手を撫で、ゆっくりと解していく。

 武蔵はされるがまま、手のひらを広げさせられて、そして気付いた。


「あっ……」


 すごい単純な話だった。

 日本人だってあまりいい思いをしない。

 彼女を指差したことは、とても無礼だった。


「ごめんなさい……」


 素直に謝る。

 それが伝わったのかわからないけれども。

 サラスは三度にっこりと笑った。


 そして、武蔵の手のひらがサラスに向けられたのを確認して、再び自分の胸元に手を当てる。


「サラス」


 武蔵は思わず泣きそうになった。

 先ほどの感動とはまた違う、さらに強い感情に包まれた。

 ただこっちの感情に関してはなんと呼ぶか、武蔵はわかった


 感謝。


 武蔵は、最大限の感謝を込めて――。


「サラス」


 彼女の名前を呼んだ。


 彼が初めて、この世界でコミュニケーションを成立させた瞬間だった。

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