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第58話 諦め――

 重い空気が続く。

 お互いに聞きたいことが山ほどあった。それをどこから話したらいいのかがわからなかった。

 武蔵自身は今自分自身に渡来した感情が、感動なのか、それとも絶望なのかも判断できないでいた。

 ただカルナだけが、どういうことか疑問に口を挟みたい気持ちをぐっと堪えて二人の様子を伺っていた。


 先に口を開いたのは武蔵だった。

 色々と聞きたいことも、話したいこともあった。

 だけど何よりも、何に差し置いても、それだけははどうしても口から零れてしまった。


「――帰る方法は」


「はい?」


「帰る方法を、知らないか!?」


 きっと武蔵自身が思っている以上に大きな声で怒鳴ったのだろう。すぐそばにいるカルナが驚きに肩を震わせていた。


 だけど、それは武蔵にとってはここに来てから一番の望みだった。

 もしかしたら、その望みが叶うかもしれない。その答えが目の前にあるかもしれないと思えば、自然と身体も前に出る。


 しかしサキはそんな武蔵の様子に驚き、そしてその表情はみるみると失望するような顔に変わっていく。


「貴方も――貴方も、帰りたいと望むのですか?」


 どうしても顔が引き攣る。サキのその言い方は、まるでそんな希望はないとでも言うようなものだった。


「――異世界転移実験」


 サキは続ける。


「それこそが”あの人”が元の世界に帰りたいと望んだ結果だと言うのに――」


 何を言っているか理解できなかった。いや、したくなかったのだろう。


「――どういうこと?」


「――元の世界に帰るために、わたくしたちはこの世界に核兵器を落としていると言っているのです」


「―――――」


 まるで身体が生きることを拒否したかのように、武蔵は自分の全身から力が抜けるのを感じた。

 立つことがままならない。

 足元から崩れていく武蔵を、カルナが慌てて支えていた。


「ちょっと、ムサシ、しっかりしなさい!!」


 ――なにをどうしっかりすればいいんだ?


 帰りたい。真姫のところに帰りたい。みんなのところに帰りたい。

 この世界に来てから武蔵の根底にあった思いはそれだった。

 なんでこの世界に来たのかもわからなくて、ただ何かしらの使命を持って来たのだと感じていた。


 ――それを成さないと、帰れない。


 都合よく魔王なんて呼ばれる存在がいたから、勝手に思った。それこそよくある漫画やゲームの設定みたいに、魔王を倒すために呼ばれたのだと。だから魔王さえ倒せば、元の世界に帰れるのだと。


 しかしサキの話が確かなら、魔王もまた元の世界に帰るために、この世界の人たちに危害を加えていたということだ。


「なんで――なんで帰るために核兵器なんて持ち出さなきゃいけなくなるんだよ!?」


 発想の発露として武蔵の思考の中からは凡そ及びもつかない。さもすれば狂気的なそれに武蔵は半ば責めるような口調で問うた。


「それはわたくしたちが、核実験の失敗でここに来たからです」


「――核実験の、失敗?」


「はい。ですから、また同じ現象を引き起こすことができれば、帰ることが可能なのではないかと考えたのです。

 武蔵君も同じように核爆発に巻き込まれたというわけではないのですか?」


「そんなこと――わからない」


 否定しようとして、ふと思い返す。

 この世界にやってくる直前、突然、辺りが真っ白になった。それが核爆発に巻き込まれたのと違うとどうして言い切れようか。もしかしたらどこかの国から核ミサイルが飛んできたのかもしれないし、どこかの原子力発電所で爆発事故が起きたのかもしれない。


「わからない――と言いますと、その可能性もあるかもしれないということで間違いないでしょうか?」


「……………」


 少なくともサキたちにはここに来たきっかけとなる原因に心当たりがあるようだ。であれば、ここに来た理由がはっきりわからない武蔵には、それを否定することができない。


「やはり――武蔵君には”あの人”と会わせるわけにはいきませんね」


「……………」


「それって、あんた、前も言ってたわよね? ムサシが”あの人”に出会ったら、新しい災いの火種になるって。それってどういう意味よ?」


 それは武蔵の知らないところであった話だろう。

 もはや押し黙ることしかできない武蔵に代わって、彼を支えるカルナが代わって訪ねた。


「――本当にわたくしにとっては”魔法の杖”の使用は不本意なのです。

 異世界転移実験は二十七回を数え、最早なんの意味もなかったことを十分証明しました。

 わたくしはもう生まれ故郷に帰ることを諦めているのです。それよりも”あの人”と一緒にこの世界で余生を過ごすことのほうが何倍も意味があると考えています」


 ――諦めている。


 サキの言葉が胸に響く。

 それは魔王アルクに対してだけではない。武蔵に対しても向けられた言葉に思えてならなかった。


「そして”あの人”も最近になって帰ることは不可能だと、ようやく半ば諦めかけているのです。

 そんなときにもし武蔵君と出会ってしまえば――」


「なるほどね。

 確かに、まだ実験を続けようとするかもしれないわね」


 だから新しい災いの火種だと、弱々しくもはっきり頷くサキを見て、武蔵は思う。


 ――だったらどうして俺はここにいるんだ。


 魔王を倒すのではなく、災いを拡大させる元凶としてここにいて、そして帰ることも許されないのだとすれば、それはあまりにも理不尽だ。


 ――帰りたい。


 今までにないほどその思いは強くなる。

 帰れないと、諦めろと言われて、今まで以上に強く脳裏に過ってしまう。


 父、母、友人たち――真姫。


「ムサシ……大丈夫?」


 カルナに顔を覗き込まれて、驚いて後退る。

 その拍子に水滴がポツリポツリと鎖骨に落ちて――ようやく武蔵は自分が泣いていることに気付いた。


「―――――」


 カルナの問いに答えられない。

 声が出せない。

 自分の存在価値を、自分を構成している何かを、全て失ったような気分で、全く大丈夫じゃないというのに、武蔵はそれすらも口に出せないでいた。


「……ムサシ、やっぱりあんたは戻りなさい――って、もう一人で歩くのも無理そうよね……」


 武蔵を支えたままのカルナが、憎々しげにサキを見る。このままサキを連れて行くか、それとも追い払うべきか悩んだのだろう。

 しかしカルナの心境を知ってかどうか、サキは頬に手を当てながら小首を傾げて言った。、


「肩をお貸ししましょうか?」


「結構よ!

 大体、そもそもあんたはなにしに来たのよ!?」


 一瞬だけ取り戻しかけたサキのおっとりした雰囲気は、その言葉で再び消え去った。

 真剣な面持ちに、カルナも自然と武蔵を支える腕に力が入っていた。


「――”あの人”が、ここに魔王の杖を使おうとしています。恐らく、これが最後の実験でしょう。

 本日わたくしはそれをお伝えに来ました。どうか、この実験を失敗させて頂きたいのです」


 カルナは息を詰めた。

 これから起こることを想像して、戦慄したのだ。


 ただ、それ以上に武蔵はその言葉に強い反応を示した。


「――止める」


「えっ――ムサシ?」


 カルナの支えを振り払い、先ほどまで落涙させていた顔を上げた。


「その実験、俺が止める」


 その顔は怖いくらいの真剣だった。

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