第54話 ようこそ、天国に一番近いところへ
すっかり夕暮れ時といった雰囲気に世界が赤く染まっている。
カルナはどこまで連れて行くつもりなのかと思えば、いつかヨーダと月明りの下で話をした場所に来ていた。
親子それぞれと同じ場所で密会とは――と思ったところで、アルシュナとの会話を思い出す。
――亡くなったお父さんとお母さんも騎士だったって自慢してたもんね。
それも聞いていいものか悩みながら、そもそも武蔵をこの場に連れて来たのはカルナなのだから、彼女の言葉を待つことにした。
程なくして、カルナは逡巡しながらも口を開く。
「……ムサシから見て、アルシュナの様子、どうだった?」
「どうだった?」
質問の意図がわからず、オウム返し。
「……恨んでる、ように見えたかしら?」
「―――――」
なるべく驚きが表に出ないように努める。
らしくないと、武蔵はカルナの怯えた様子にそう思った。
思えば、村長宅前で待ってるときから、カルナは怖がってると素直に口にして、その弱さすら武蔵に見せてきた。
それだけカルナにとってはアルシュナとの過去が凄惨だったと言うことだ。
――あるいは魔王に捕まっていた過去が、か。
今日の話を聞く限りでは、アルシュナとカルナと、あと何人か彼女たちの友達は、魔王に捕まっていたことがあったのだろう。
古今東西、敵に捕まった捕虜の扱いなんて悲惨なものでしかないことは、武蔵にだってわかる。聞くに堪えない話である可能性も高い。
ただ、たぶんそのことよりも、カルナが怯えているのは、
――あたしはアルシュナを、みんなを置き去りにしたから。
カルナが弱さを曝け出したときに言った言葉を思い出す。
彼女は理不尽な状況に追い込まれても戦える人間だと、武蔵は思っている。だからこんなに怯えているのは、きっとそれが理由なんだと思い至る。
「――俺にはわかんないよ」
素直に、そう答える。
武蔵がアルシュナの心を推し量って、カルナを慰めることはできる。実際にアルシュナの態度を見た限りで、恨んだりなんてしてないと感じた。だけど、その場に居合わせていたはずのカルナ自身がそう思えないで、こうして武蔵にまで確認を求める時点で、きっと武蔵がなんと言っても納得できないのではないかと思う。
「そうね……。ごめんなさい、変なことを聞いたわ」
そう言ってカルナはまた泣き出しそうな顔をしながらも、それでも真っすぐに前を向いた。
潤んだ瞳に見つめられてドキドキしながら、武蔵はカルナはきっとどんなことがあっても逃げないんだろうなと思った。だから、あえて聞いた。
「なにがあったか、聞いてもいい?」
少し戸惑うような反応はあったけれども、それでも真っすぐに武蔵を見つめてカルナが話し始めたのは、彼女の半生の物語だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
どちらかと言えば裕福な家庭で育った少女だった。
両親ともに騎士団に所属して、母親に至っては騎士団長を勤めていた。
勝気だった母親の血を濃く継いだのか、金髪に蒼い瞳と言った見た目から性格まで母親に瓜二つで、将来は母親同様に立派な騎士になると言われ、幼い頃から騎士団の訓練に混ざって剣術を学んでいた。
両親と一緒に城で暮らしていたため、同年代の友達がいなかった。ただ一人、年の近かったお城のお姫様とはよく一緒にいたが、物心ついた頃から一緒にいるお姫様を少女は妹のように思っていた。
どこにいくにも後ろからついて来て少女がすることに興味津々に見守るも、お姫様は決して一緒に遊ぼうとはしなかった。好奇心旺盛ながらも臆病なお姫様に、少女は若干の優越感を感じて、何事も自分が率先してお姫様の手本となるように振舞った。
お姫様の父親も、それを微笑ましく見守ってくれていた。
両親、お城の騎士たち、お城の王様、お城のお姫様。
それが少女の世界の全てで、みんなが優しくて、みんなが幸せそうで――だから世界がこんなに怖いところだと知らなかった。
少女の生活が壊れたのは、父親の失踪からである。
戦争の勝敗を握る重要な人物の護衛として出掛けた父は、その人物と共に行方不明となった。
夫の任務失敗の責を問われた母は騎士団を追われ、城から追放されてしまう。
初めて見る城の外の世界。
最初こそ世界の物珍しさに感動をする少女だったが、それも徐々に不安が勝っていく。
そしてそれがとうとう限界に達する出来事が起きてしまう。
アンドロイドと遭遇――戦闘になったのだ。
いや、それは戦闘とは呼べるものではなかった。ただの逃亡だった。
刀を持ち、馬足にも迫る速度で走り、息を上げることなくエプロンドレスをひらりなびかせ追いかけ続けるそれに、命からがら逃げ延びた。
当時、アンドロイドというものを知らなかった少女は、化け物のようなニンゲンにただただ恐怖して、初めて泣き喚いて「城に帰りたい」と母に訴えた。困り果てた母は、とりあえず朽ち果てた小屋を見つけて、そこを仮宿として少女の気力が回復するのを待ったのだ。
その最中、次のアンドロイドが訪れた。
激しい雷雨が襲う夜のことだった。突然襲い掛かるわけでもなく、ただの来客然と入り口から入ってきたアンドロイドの顔を、雷の怖さも相まって少女は見れなかった。ただ一瞬光閃光に鈍色に光る両腕と、床に伸びる大きな影だけははっきりと覚えていた。
怯えて動けなくなる少女に、母は「大丈夫」と一言声をかけて、そのアンドロイドと一緒に降りしきる雨の中へ出て行ってしまった。
置き去りにされた恐怖、雷雨の恐怖、アンドロイドの恐怖。
ありとあらゆる恐怖にパニックになる少女だったが、最後には母親のいない心細さから、その後を追って――少女は母親がそのアンドロイドに殺されるのを見た。
母の首をへし折る音は、豪雨の中でも聞こえた。アンドロイドは母の首を、その鉄の両手で掴んで、そして吼えていた。
少女の慟哭は、雄叫びのようなその声にかき消されていた。
◇
気付いたときには、少女は寝台に横になっていた。柔らかく、温かな布団の感触に、今までのことは全て夢だったのではないかと思ったのもつかの間、身体を起こせば見たこともない光景に、少女はこれが夢じゃないと思い知られた。
無機質な部屋だと思った。全体的に白さが目立つ空間で目が痛い。気付けば自分も白い布の服を着させられていた。似たような寝台が自分が寝ていたものも含めて全部で六つ置かれていて、その全てに年の近い少女が寝かされていた。
「お、目が覚めたっすか?」
隣の寝台に寝ている赤毛の少女に話しかけられて、思わず肩を震わせてしまう。それを見て赤毛の少女は「かわいいっすね」とくすくす笑った。
「ここは、どこなの?」
少女が訪ねる。
「ここは天国に一番近いところっすよ。ようこそ、一緒に余生を楽しみましょう」
赤毛の少女は、細い腕を伸ばしてそう言った。骨と皮だけでできたようなその細腕に、少女は若干の気持ち悪さを覚えたのだ。




