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第48話 恋愛は少年には遠すぎる

 サラスの様子を見に来たヨーダを強引に引っ張り出した。

 つい先日月明りの下で語り合った場所に連れて来て、殊の顛末を一部始終――訂正、サティとの経緯は除外して――話をすると、ヨーダは複雑な顔を浮かべて、しばらく腕を組んで考えたのち、久しく見ていなかったサムズアップと白い歯を見せる笑顔を向けてきた。


「よくやった」


「えっ、何が?」


「いやぁ、サラスってアレだ、母親似だったしよ、ちょっと女にしちゃ肉付きが悪いってか細いっつーか、あれで元気な子供が生めんのかって感じじゃんか。いや、まっ、そこはもうちょっと今後に期待って可能性もないわけじゃないがよ。それでいてあいつもどっちかってーと男に免疫がないってか、そんなことまで考えられるほど余裕ないって感じだったからさ、今後のこの国の跡取りとか、どうすんのって心配だったんだ。

 いやぁ、オマエはパールにベッタリだったから望み薄かなって思ってたんだがよ。でも、そういう性癖ならサラスにだってちょっとは芽があんだろ。案の定でオレは安心したわ」


「いや、本当に待ってくれ師匠。何の話かわかんない。あと、師匠、ちょっとサラスに対して性的嫌がらせがきつすぎる気がする。仮にも国の象徴なんでしょ」


 あとロリコンじゃないとも伝えたかったが、それを口にすると話がさらにややこしくなるので後回しにする。

 何の話かわからないとは言ったが、なんとなく今までの経緯で推測できるものがあった武蔵は、試しにヨーダの頭にそっと手を伸ばすと物凄い嫌な顔で叩き落とされた。


「オマエ、ソッチの趣味もあんなら、オレも明日からオマエとの付き合い方を考えんぞ」


「いや、ソッチの趣味はない。ってことは、頭に触れるってのは――」


「求愛の合図だな」


「なんで頭触るだけでそんなことになるんだよ!」


 想像以上に大層な仕草だったことに今更知って、武蔵は頭を抱えたくなり――それはもしや自己愛の象徴のような仕草なのではなかろうかと、疑心暗鬼に陥る。今まで行ってきた一挙手一投足に一体どんな意味が込められているのか、改めて思い返せば返すほど、武蔵は今後恐らく直立不動を貫き通す他ないのではないかと思うほど身体が硬くなるのを感じた。


「頭を触るだけで、なんてなぁ。頭は神聖な部位だろ。無暗やたらに触ったりするような場所じゃねぇだろ。それを触るってのは相手を抱え込むってことだし、それを触らせるってのは相手を受け入れるってことだかんな」


 武蔵の気も知らないで、少し怒ったように言うヨーダを見るに、本当にこの国の人たちにとっては頭と言う場所が大事な部位なのだろう。思い返せば、ヨーダが激怒したのも、武蔵が頭を指先でクルクルしたときの一回限りだ。


「ちなみに、これってどういう意味なの?」


 試しにヨーダにそのときの再現をすれば、


「あー、オマエのケツにナニ突っ込んで引っ掻き回してやんぞ的な?」


「……ごめんなさい」


 心底自分が恐ろしいことをしていたことに気付き、あの状況で処刑に踏み切らないでいてくれたヨーダの寛大さに感謝した。


 しかしである、頭を撫でることが求愛の合図だと言うならば、思い返せば思い返すだけ心臓が警報のような早鐘を打つ。なにせこの二ヵ月ほど、昼夜問わず、人の目も憚らず、パールの頭を撫でに撫で回していた。人前であんまりしないほうがいいと言っていたサラスの言い分はよくわかる。しかしそれが可愛いって意味だと武蔵が伝えたときに、サラスは大体同じと答えていた。全然違う。雲泥の差だった。


「いやぁ、しっかし、大胆だよな、オマエ」


「やめて、黒歴史を引っ張り出すような真似はやめて」


 ヨーダが茶化すのに赤面しながら否定する武蔵だが、そう言われてしまうのも無理がない。昔、電車内でディープキスを繰り広げるバカップルを見たことを武蔵は思い出した。恐らく、あれに近いことをしていたようなものだろう。公然わいせつ罪も甚だしい。


 そして気付く。

 パールの目の前で、サラスの頭を撫でたという事実がどういうことなのか――。

 パールの取り乱し方は、完全に浮気現場を目撃した奥様のそれであり――事実、そうとしか見えていなかったはずである。


 ――あ、大胆ってそっちもか。


「この世界、一夫多妻制だったりする?」


「重婚はよくねぇな」


「ですよね」


 パールのことがありながら、それでもヨーダが妙にサラスとの関係を推してくるのでてっきりと思ったが、パールの様子からもそれが認められている世界のようには思えなかった。


「人間、そう何人も幸せになんかできやしねぇって。欲張りゃ身を滅ぼすぜ。自分だけが滅びりゃざまあみろだが、相手も巻き込んじゃそりゃあんまりってもんだろ。

 ――で、どっちにすんだ?」


「どっちもなにも、そんなこと考えてもいないよっ」


 良いことを言うなと思う隙もなく、二択を迫るヨーダに武蔵はピシャリと断言する。


 ――俺には真姫もいるし。


 とは心の中で付け足す。


「大体、師匠だって俺がここの人間じゃないってわかってるだろっ。

 頭触ることがそんな重大な意味を持つなんて知らなかったんだよっ」


「なんだ、やっぱ知らなかったか」


「知るわけないだろっ。

 それにサラスだって、そんなことわかってるはずだ」


「まっ、わかってるだろうな」


「だったら――」


「わかっちゃいるけど、でも、オマエが頭触って気絶しちまったんだろ。

 サラスはあの年で政に忙殺されて、自分のことよりも国のことって状態だったからな。

 周りのヤロウもなぁ、根性なしばっかり。なんせアイツとくっ付こうもんなら、そりゃ必然的にこの国って重たいもんが一緒にくっ付いてくるからよ。この国の惨状を考えたら、そりゃあんまり歓迎できるもんじゃねぇけどな。

 だからさっきも言ったが、アイツ、びっくりするぐらい男に免疫がないぜ」


「だからなんだって言うんだよ? 免疫がないからってすぐに惚れたりするようなもんじゃないだろ」


「……オマエももしかして初恋すらまだな口か?」


「そんなわけないだろっ!」


 ――俺には真姫がいる。

 そう思えば、鎖に絡めとられた心がキシキシと痛む。この感覚は真姫に対してだけに抱く特別なものだ。

 それを否定されて、やや怒りにも近い苛立ちが沸き上がる。


 尚も「そうかぁ?」と首を傾げるヨーダだったが、それは一先ず置くことにしたようで、


「パールはどうなんだ?」


 話題をもう一択側へ切り替える。


「パールだって、まだ幼いんだから。それこそ背伸びしたい子供が年上のお兄さんに憧れる程度の話じゃないのか。もうちょっと年が経てば、心変わりだってしてくるだろ」


「オマエ、頭に触れさせるってことがどれだけのことか甘く見過ぎだな」


 ヨーダの言葉にビクリと背筋が跳ねる。

 確かに、すでに武蔵は相手の文化に土足で踏み込んでしまい、あらぬ誤解を招いてしまっている身である。思い返せば、現実の世界でも女性が顔を見せるのは結婚する男性にのみという文化があるところもあったはずだ。


「……もしかして、頭に触れた相手とは必ず結婚しなきゃいけないとか?」


「そこまで重たいもんじゃねぇよ。あくまでも好きってことを伝えて、それを受け入れるかどうかってだけの手段でしかねぇよ。そんなんで結婚だ、誓約だ発生してたら、触ったもん勝ちになんだろ」


 一瞬覚悟しなくていけないかと身構えたが、あくまでも告白の手段でしかないようだ。


「だったら誤解だったってことを伝えればいいだけじゃないか」


「だから、その好きだって気持ちを甘く見過ぎだって言ってんだよ」


「師匠……いい大人なんだから、ちょっと、あんまり好きだの何だのって話をされると、聞いてるこっちが恥ずかしい」


 ヨーダ自身が情熱的なタイプだからなのか、そんな真剣な師に対して、武蔵はなんとも尻がむずむずしてしまい、どうにも落ち着かなくなる。


「いい大人だから、余計に大切だって言うんだろ」


 尚も続けようとするヨーダに対して、武蔵はもう限界とばかりに手のひらを突き出して、ヨーダから距離を取る。


「とにかく、一度、サラスとパールと話をしてくる」


 落ち着かなさを隠しきれず、武蔵はそのまま走り去る。


「……アイツも妙なところだけガキンチョだな」


 その後ろ姿を見つめながら、ヨーダはこの後起こる修羅場を想像して、憂鬱な顔で溜息を付くのだった。

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