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第46話 本当の恐怖

「パール、ジャンケン勝負しよう」


 ロボク村に訪れる前のことだった。

 武蔵は自分の力がどう言ったものか知りたくて、パールにそう持ち掛けた。


「じゃけんってなに?」


 当然の如く、ジャンケンを知らないパールにルールを教えてやり――ちなみにパールはなかなかパーがグーに勝つ理由を納得してくれなかった。「石でも紙は破けるよ」と言うパールに握り拳を作ってもらい、それを武蔵は手のひらで包んで「開けないでしょ?」と強引に納得してもらった――武蔵は別のことを意識して全三十回勝負を開始した。


 結果、三十戦全勝。


 パールには「必勝法があるの!?」とせっつかれ、「絶対ズルしてる! 後出しとか」と責められたが、ジャンケンに必勝法があるわけでもなく、パールの言うように後出しをしているわけでもなかった。ただ勝ちたいと意識していただけで、勝ってしまうのだ。ちなみにパールが異常に勝負弱いというわけでもなく、試しにサティとも同じようにジャンケンをしたときも全勝だった。ちなみにサティとパールの戦いは二十六対四でパールの圧倒的な負け越しだった。「見えてしまうこともあるので」とはサティの言葉だった。要は僅差で後出ししているわけだが、それでもやはり武蔵が負けることはなかった。


 しかしこれがあることを意識すると結果は劇的に変わる。


 この勝負、どうでもいいと意識することで、パールとの三十回勝負は十一対十九でパールの勝利となる。そして先ほどまで全勝していた武蔵に対して「ばかにして!」とむくれてしまったわけだが。


 これらから武蔵は勝利の加護と呼ばれる力が、オンオフの切り替えが可能な能力であると推測した。


 また負けが確定している状態でスタートした勝負には効果がないようで、サティと21ゲームを武蔵が常に先行で行った場合、どれだけ強く勝利を意識しても勝てることはなかった。

 ただし、この負けが確定しているという範囲が曖昧で、例えばサティと腕相撲をしても、かけっこをしても、これは勝ってしまう。サティは片手で二百五十キロまでのものなら持ち上げられると言っているし、時速は最大で六十キロまで出せるとのことだった。負けが確定しているように思えるが、勝てる理由がわからない。


「全力を出してしまうとご主人様の腕を引き千切ってしまう可能性がありましたので最初はセーブしてましたが、二回目からは全力で行いました。ご主人様は間違いなく瞬間的には私の腕力を凌駕しておりました。

 おかしいですね。それだけの力を出しているのだとすれば、骨が先に耐えられずに折れているはずです。筋組織も千切れていてもおかしくありません」


 もう二度と試さないと心に決めながらも、全く異常のない腕を摩りながら武蔵自身怖くなった。


 サティとパールに協力してもらい、いろいろ試した結果を踏まえて武蔵は自分が核兵器に勝てるのかを考える。


 まず勝負を意識していないと発動しないという点においては、不意打ちでは効果がないと考えて間違いなかった。これは初めてこの世界にやってきた際に、カルナに気絶させられた点からもわかる。つまるところ今この瞬間でも撃たれたら終わりということだ。


 いや――。


 そもそも負けが確定してしまうと効果がないという点では、核兵器なんか使われた時点で負けなのである。仮にミサイルのようなもので発射されたとしたら、迎撃する手段はなく、そして逃げることもできない。せいぜい不発であることを祈るだけだ。だから使われる前に魔王を倒すしかない。


 この島の西岸のほうにある摩天楼のような建物にいると言われる魔王。そこに攻め入る。途中、アンドロイドを大量に相手にする必要がある。片手で二百五十キロのものを持ち上げて、時速六十キロで走る機械人形と大立ち回りを演じて、なんとか摩天楼の奥へと進む。

 そこで待ち構える核兵器を使う不老不死の魔王と戦い――そして、勝てるのか?


 そう、魔王は不老不死だと言われている。

 火口にでも叩き落せばいいのか、凍らせばいいのか、深海に沈めればいいのか、宇宙の果てまで吹き飛ばせばいいのかわからないが、いずれにしても武蔵にそれをする手段がない。それは、もう、負けが確定している状態ではないのだろうか。


 ――あたしたちは弱い、か。その中で、きっと俺が最弱だよ。


 カルナの言葉を思い返して、武蔵は自虐的に笑う。


 今更になって自分がどうして全敗の剣豪なのか思い当たる。

 結局、武蔵は勝とうという気概に欠けているのだ。

 勝利の加護なんてチートを与えられながら、それでも負けることばかり考えてしまう。負け犬根性が染みつきすぎている自分が嫌になる。サラスの手を取ってやれない自分が嫌になる。




      ◇




「よっ、のぞき見ヤロウ」


 一人、月明りの下で物思いに耽っていると、後ろから声をかけられる。振り返らなくてもその軽薄な物言いに誰だかわかる。武蔵はそのまま俯き加減で返事を返す。


「あんな深刻そうな話をしているなかに入れないだろ」


「サラスが希望はあるったときが一番の好機だろ。それはオレのことかいって飛び込んでくりゃ、サラスも惚れ直してたんじゃね?」


「ふざけてるようにしか思えないよ」


「サラスは入ってきて欲しかったんじゃないか?」


「……………」


 ヨーダの言葉に声が詰まる。


 きっとこの男は武蔵があの場から逃げ出したことも、逃げ出した理由もわかって声をかけてきたのだ。ひょうきんに見えてヨーダは案外無口だ。必要なとき以外はあまり喋らない。そういうところが武蔵は剣道を教わっていた江野師範と近しいものを感じて「師匠」と呼ぶようになったのだ。


「……サラスは、気付いてたの?」


「気付いてねーよ。気付けるくらい勘のいい女だったら、もっとうまく立ち回ってるさ。

 アイツは国の頭にいるような器じゃないんだよ。ありゃ、旦那を尻に敷くくらいがちょうどいい。国なんて敷くにはケツがちっちゃすぎる」


 腕を組んで一人納得するように頷くヨーダ。セクハラ紛いの発言に武蔵は苦笑いを浮かべながらも、何時ぞやの自己紹介は確かに肝っ玉母さんと言う雰囲気だったことを思い出す。


「師匠はよく見てるんだな」


「先代に頼まれてっからな。サラスとこの国を頼むってな」


 先代とは、サラスの父親のことだろう。

 先の話し合いでも話題に上がっていた人物だ。


「その、サラスの父親と母親は――?」


「母親はアイツを生んだときに亡くなったよ。

 先代も五年前の大戦のときに魔法の杖の毒にやられてな……」


 なんとなく予測していた話ではあった。

 サラスは両親の庇護下になく、恐らく亡くなっていることはなんとなく察しはついていた。

 ナクラが言っていた言葉も踏まえれば、父親がいつ亡くなったのかも推して計れる。


「……無謀な戦い、だったんだな」


 魔王に戦いを挑むシュミュレーションをしていたばかりの武蔵には、それが原始人と未来人との戦いのように思えた。


「……そんなふうに言うヤツは、確かに多いな。特にこの村に暮してる連中は、そんときに家族や土地をなくしたヤツらばっかりだ。先代やサラスを恨んでるヤツは多い」


 サラスが妙にこの村に対して気を使っていたのは、そういう背景があったからだろう。


「どうしてサラスのお父さんは、そんな無謀な戦いに挑んだんだ?」


 勝利の加護と言う力を持ちながら、挑む心が持てない武蔵には、それは不思議なことだった。


「そりゃ、今のサラスとおんなじさ。そんとき、おんなじように勝利の加護を持ったヤツがいたんだ。

 そいつを担いで、魔王と戦おうとしてたわけさ」


「えっ――?」


 それは初耳だった。

 自分以外にもこんなチート能力をもたらされた人間がいることも驚きだったし、何よりもそれで魔王が今なお健在だということは、


「その人は……どうなったの?」


「……死んだよ」


「……………」


 やっぱりと――口には出さなくても、武蔵はそう思った。

 これだけの力を持ちながら、それでも勝てなかったのだ。それは戦う前から負けが確定してしまっているからである。


「ソイツに勝利の加護があると言ったのもサラスだった。先代はそれを信じて戦いに挑んだわけだ。

 結果は――まあ、わかってる通りだよ。

 王は亡くなり、サラスは自分を責めた」


「サラスが事情をなかなか話してくれなかったのは、そのせい?」


「少なからずあると思うぜ」


 サラスも悩んでいたということだろうか。

 既に同じ失敗をして、恨み憎しみながら生きていくか、絶望しながら生きていくのか、それとも――それでもまだ戦うのか。


 ――そして、戦うことを選んだ。でも、そんなのは……。


「……やっぱり無謀だよ。あっ」


 思わず弱気が口に出て、それがヨーダに聞かれてしまったことに気付いて、武蔵は慌てて口を塞ぐ。

 しかしそれを見たヨーダは肩を竦めて、


「オレもそう思うぜ」


 武蔵の弱気を肯定してきて、少ながらず武蔵は驚いた。

 ヨーダが戦っているところを知っている。ヨーダに憧れを抱けるほど強いと感じている。筋肉隆々の身体は鋼のようで、彼こそが勝利の加護を授けられているように思える。


「昼間の話、聞いてたんだろ。オレは戦場から逃げ出したのさ。

 アイツが死ぬのを見て、怖くなったのさ。なにもかもが怖くなったのさ。

 こんな怖いことから逃げ出したい。卑怯でもいいから生きたいって思っちまって、オレは戦場から逃げ出して――オレだけが生き残っちまった」


 そんな男の弱気を知って、武蔵はただ開いた口が塞がらなかった。

 裏切られたと思ったわけではない。これだけ強そうで、実際に強い男でも、怖いと思って、怖いと言えることがただただ驚きだったのだ。


「師匠は……どうしてサラスのそばにいるの?」


 だからその疑問は口にしないではいられなかった。

 ヨーダは眉間に皺を寄せて、言葉を選ぶように考えながら、そして口にした。


「オレは、帰る場所をなくしちまったんだ」


「えっ……」


「一度逃げて、逃げて、逃げて、さらに間違えて、また逃げて、逃げて……だけどどこにも逃げ道なんてなかった。どこにいても魔王の恐怖は付いて回る。オレがやらかしたことはオレが一番よくわかってる。オレが逃げたって事実からは逃げることができねぇ。逃げたって意味がないことに気付いた。

 だけど、気付いたときには、オレはもう後戻りもできない状況だった。オレはオレの居場所をなくしちまって――後悔した。

 そんなオレを許して、居場所をくれたのがカルナと先代だ」


「カルナ?」


「アイツは、オレの罪と罰そのものだからな。アイツがサラスと一緒に戦おうとしている限りは、オレも戦わなきゃいけねぇ」


 ――罪と罰?


 その言葉はとても気になったが、それを確認する前にヨーダが続ける。


「もう一つは、先代がここにいてもいいって言ってくれたことだな。

 どうしようもなくなったオレに、またここにいることを許してくれた。

 だから今度はもう逃げねぇ。先代が守りたかったこの国を守る」


「……怖くないの?」


「こえぇよ。こえぇけど、居場所がなくなるほうがこえぇんだ。だから、こえぇけど逃げねぇ」


 怖いと口にしながら、ヨーダの顔は全く怖がってはいなかった。むしろ余裕のありそうな笑みを浮かべていた。


「オマエが怖くて逃げ出したがってるのは、たぶんオレが一番わかってる。

 魔法の杖なんてもん見せつけられりゃ、そりゃこえぇわ。

 だけどな、魔法の杖なんて、ホントは全然怖かねぇよ」


「……………」


「アレは何もかも簡単に奪ってくからな。

 ホントに怖いのはアレになにかが奪われることだ。

 それがホントの恐怖だ」


「本当の恐怖?」


「ああ。

 それがなんなのか考えて、それで逃げたきゃ逃げてもいいさ。

 だけどそれがなんなのかわかんないうちに動いちまうと、オレみたいに後悔するぜ」


 それが話したかったことなのだと、ヨーダはそれだけ言うと手を振って去っていった。 

 

 ヨーダの恐怖と弱さを知って、武蔵はそれでもやっぱりヨーダが弱いとは思えなかった。それはきっとヨーダ自身がその恐怖に向き合っているからだと思う。


「――本当の、恐怖」


 武蔵は改めて、ヨーダに言われたことを考えようと思った。

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