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第44話 恨み憎しむことしかできなくて

「やつれたわね」


「カルナも痩せたんじゃないか」


 食事が喉を通るような状況ではなかった。この村についてロクに食事を取っている人なんかいない。お互い頬がこけてしまっているのは当然のことだったが、それでも軽口が叩けるようになるくらいにはお互いに回復してきたということだ。

 ロボク村に到着して早くも三週間が過ぎていたが、その間で武蔵自身も人と会話を交わした回数は実に両手で足りる程度だったのではないかと思う。その内容もパールを励ますのと、食事を推奨するサティを拒絶するのがほとんどだった。他のメンバーとは顔を合わせてもほとんど口を利くことはなかった。

 カルナと会話をするのもこの村に到着する前の言い合い以来だった。これだけ壮絶な経験をしてからでは、どうしてあんなにも他愛のないことでわだかまっていたのか不思議に思う。それはカルナも同じようで、


「パールは一緒じゃないの?」


 なんて何事もなく聞いてくる。


「まだ寝てるよ。久しぶりに寝れたみたいだったから、起こさないで今はサティに見てもらってる」


「そう。まあ、あの子もがんばってたみたいだしね。これだけの被害が出ながら、暴動が起きなかったのは、きっとあの子のお陰よ」


「そうなのか?」


「レヤックってそういうもんよ」


 ――魂を操るとは聞いていたが、感情も操作できるってことか?


 そういうもんと断言されても、このレヤックやバリアンと呼ばれる一種の超常現象染みた力に関して、武蔵はまだ抽象的なものでしか捉えることができずにいた。


 パールが救援に一役買っていたことだけはわかったが、それでも武蔵はパールをこの村に連れて来たことを後悔していた。こんな地獄絵図を幼い彼女に見せるべきではなかった。


 そのことに胸を痛めつつ、もう一つ、カルナの話を聞いていて驚いていることがある。


「パールのこと、認めてくれるんだな」


 約二ヵ月前、パールを仇の娘として殺そうとしていたカルナ。

 正直、パールにもし何かあれば、真っ先にカルナを疑わなくてはいけないと考えていた。


「……レヤックの力は非常に厄介よ。人の心を操るのよ。

 今回、あの子はみんなの怒りや恐怖を抑えてたみたいだけど、逆のことだってできるわ。

 それに簡単に暴走するのは、あんただって知ってるでしょ?」


 それはカルナの言う通りだった。大量のゾンビたちに襲われたホラーナイトは未だに記憶に新しい。


「それに心を操ることができるってことは、心を覗くこともできるのよ。

 そんなの誰だっていい気分しないわ。

 あの子がレヤックだってことは、この村の人たちだって薄々勘付いている。

 今はみんなそんな気力さえ残ってないけど、いずれ迫害を受けるわ」


「そんなもんか?」


 納得のいかない話に、武蔵は顔を顰める。

 パールが暴動になるのを抑えていたのであれば、彼女はこの村の恩人のはずである。それを迫害するというのは、パールを今や妹のように思っている点を差し置いても、気分のいい話でない。


「あんたって、よっぽど平和な場所で暮らしてたわけ?

 それに、もしそれが納得いかないにしても、パールは魔王の娘でもあるのよ。

 この村をこんなふうにした元凶の娘よ。

 そんなのバレたら迫害どころじゃ済まされないわ」


 その気持ちはわかる。

 この村を救援で訪れただけの武蔵でさえも、悲惨な惨状に胸を痛め、魔王を憎む気持ちがある。これが当事者であれば、一族郎党八つ裂きにしてやりたいと思うなと言う方が無理である。


「……それはわかるけど……。

 ……じゃあ、カルナも同じように思ってるってこと?」


 そんな風には聞こえなかった。

 少なくともカルナの発言にはパールを心配するような響きがあったし、賞賛するような内容もあった。


「……全部よ。そういう風にも思ってるし、恨んでもいるし……同情もしてる」


「同情?」


「あの子が望んでレヤックとして生まれたわけでも、魔王の娘として生まれたでもないわ。

 生まれてくる環境は誰も選べないけれども、あの子のそれはあまりにも不幸だと思うわ」


 生まれてくる環境は誰も選べないというのは、武蔵自身もよくわかる話だった。宮本武蔵が”宮本武蔵”として望んで生まれたわけでもないのと同じように。


「でも、だったら――」


「仲良くしろって言うの? 冗談じゃないわ」


 武蔵の言葉を先読みするように、カルナは声を重ねる。


「言ったでしょ。同情してるけど、恨んでもいるの」


「……でも、パールがカルナの母親を殺したわけじゃない」


「わかってるわよっ、そんなことっ!」


 声を荒げるカルナに、武蔵は配慮に欠けた発言を悔いた。それでも間違ったことは言っていないと思いながら、複雑な表情を浮かべていると。


「……あたしのお母さんを殺したのは、両腕が無骨な鉄でできた男の機械人形だったわ。その鉄でできた両手で、お母さんの首をへし折ったのよ。魔王が殺したわけじゃない」


「……………」


「あたしはその男の機械人形が憎いし、それを動かしてる魔王も憎い。魔王に関わってる全てが憎いし、お母さんがいなくなってしまった、この世界が憎い」


 ――怖い。わたし、お母さんを奪った、この世界が怖い。


 カルナの言葉に、武蔵はいつか幼馴染が呟いた言葉を思い出す。


「ムサシは、大切な人を亡くしたことないでしょ?」


「えっ?」


「世界が足元から崩れて、何もかも壊したくなって、恨んでも嘆いても、どうしようもなくて、空しくなって、でもやっぱり淋しくなって、悲しくなって、いっそ何もかも終わってしまえばいいって、そんな風に思ったことなんてないでしょ?」


「それは……」


 確かに武蔵自身にそこまでの経験はなかった。

 ただ、一人、大切な人を亡くして自暴自棄になってしまった幼馴染の顔だけははっきり思い出された。

 真姫がどうなってしまったのか、誰よりも知ってる武蔵としては、もう間違っていることを言ってないとは思えなくなってしまった。


「あんな脅威が簡単に飛び交う世界で、あたしたちはただ奪われるだけの弱者でしかないのよ。

 だから恨んだり憎んだりしないでいられないのよ。それしかできないのよ」


「……カルナ?」


 カルナの視線がふと違うところに向けられているのに気付いて、武蔵は釣られてそちらを見る。ちょうど長い黒髪が建物の中へと消えていくところだった。


「見に行ったら? あたしたちは弱いんだってこと、よくわかるわよ」


 カルナに促されるようにして立ち上がる。

 それに従ったのは、もちろんここ数日の追い詰められたような様子のサラスが気になっていたのもあるが、それ以上に、もうカルナに対して口にできる言葉が何も見つからなかったからだ。


 半ば逃げるようにしてカルナから離れて行くと、


「だけど……あたしは、そう簡単に納得なんてできないわよ。

 なんでこんな目に合わなきゃいけないのよ、なんでこんなに理不尽なのよ。そう思うから、戦うのよ」


 振り返れば、どこか泣き出しそうな顔をしながら、カルナは誰に向かってか宣戦布告していた。

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