第43話 生き地獄
「救援が遅れてしまったこと、誠に申し訳なく思っております」
「この二週間で百人以上が死んだ」
「……お悔み、申し上げます」
「君の言う通り、避難させるべきだった。
ただ、この村には、君たちのことを信用できないと言う人間も多い」
「……はい。私たちの不徳の致すところであります」
「こんな思い、もう二度としたくはないと思っていたんだがな」
「……………」
「君が悪いわけじゃないよ。そんなことは我々もよくわかっている。
しかし、二度もこんな思いをした我々の悔しさは、悲しみは、一体どうしたらいいか……」
「……………」
「すまない……今はそんな話をしている場合じゃないね」
「……はい。申し訳ありません」
「今は、一人でも多く、助けてもらいたい」
「……善処いたします」
「……この村はもう終わりかもしれないな」
「―――――」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
地獄にやってきた。
少なくとも武蔵はそこに到着したときにはそう思った。
辺りを漂う異臭はとても耐えられようなものではなかったし、すすり泣く声さえ途絶えてしまった静けさは逆に耳に痛かった。ときどき思い出したように上がる絶叫はこの世のものとは思えなかった。
何より後にも先にも自ら記憶を切り捨ててしまうほどの直視に耐え難い光景を見るというのは、後にも先にも武蔵の人生ではその一度切りだった。
そこから二週間の記憶を、武蔵はほとんど覚えていなかった。
ただ来る日も来る日も遺体を村から離れた場所に捨てていた。
途中どこかで人間ってよく燃えるんだなと思ったような気もする。
うなされて目を覚ませば、知らない間に右腕が火傷していることに気が付いた。きっと誰かを焚火の中に放り込んでいる最中に負ったんだろう。
途中、女の人が誰かの名前を叫びながら、焚火のなかに飛び込んだことだけは、忘れようとしても忘れられなかった。生きながらにして燃えていく女性の声は泣いているようにも笑っているようにも聞こえた。
遺体は捨てても捨てても増える一方だった。
武蔵たちがやってきたときにはすでに道端に転がる石ころのように遺体は落ちていた。切りのない仕事。どうしてこんなことをしているのかわからなくなる。自分が何をしているのかわからなくなる。
誰かが毒が怖い、疫病が怖いと泣いていた。
誰かがお父さん、お母さんと泣いていた。
誰かが痛い、苦しいと泣いていた。
パールは日中ずっと祈っていた。
そして毎晩、熱病にかかったように苦しそうにうなされていた。
彼女が人の魂を操る能力があったことを思い出して、彼女が何をしていたか気付いて、だけど彼女に何もしてあげられることができないことを悟って、武蔵は毎晩うなされるパールを強く抱締めながら目を瞑った。そして寝ては悪夢に目を覚まして、腕の中にある自分より小さな存在が懸命にもがいていることを思い出して、さらに強く抱き締め、翌日のためにとまた目を瞑った。
皆が皆、心が壊れそうになるのを懸命に踏み留めながら、実はこれが終わることがないのではないかと思い込むようになる頃、ヨーダが皆に告げた。
「これで終わりだから」
武蔵を含む、何人かの騎士団員に命じられたのは家畜の殺処分だった。
武蔵は初めて虫以外の動物を殺した。殺してただ燃やした。食物連鎖に組み込まれることもない、ただ無意味な殺害だった。それが思ったよりも何も感じない自分に気付いて、ああ、心が壊れたのかもしれないと武蔵は思った。
なぜ自分がこんなことまでしなくてはいけないのか、武蔵はヨーダに問い詰めたい気分もあったが、それはしなかった。
なぜならヨーダこのときもっと大変なことをしていたことに気付いたからだ。
翌日、野戦病院の如く藁を並べた布団に横になっていた人たちの姿が妙に少なくなっていることに気付いた。遺体を火葬していた場所に向かうとサラスが一人泣きながらずっと謝っていた。武蔵はかける言葉が見つからず、彼女から逃げるように離れた。
この一ヵ月でロボク村の住民は三百人以上が亡くなったそうだ。
実にロボク村の四割が亡くなったとのことだった。




