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第42話 不調和

 ずっとそこで待っていたのだろう、武蔵たちが救援部隊の待機所まで戻ると、パールが小走りに武蔵の下に走り寄ってきた。


「ムサシくん、大丈夫? 気分悪くなったりしてない?」


「うん、大丈夫だよ」


「放射線の測定はできますとお話させて頂いたはずです。

 ご主人様の健康を害するような場所に、私はお連れしたりしませんよ、お嬢様。

 今の私は計測係のサティです」


「サティは大雑把なところあったから、案外信用できない」


「そうでしたか。ですが、以前の私とは違いますので、ご安心ください」


「……そう、だね」


 サティの言葉に、パールは淋しそうに目を細めた。きっと涙を堪えたんだと武蔵は思った。

 サティが再起動して、大喜びで彼女に抱き着いていたパールだったが、それもすぐに今までと違うことに気付いたようだった。

 それでも彼女はなるべく悲しい顔をしないで、今のサティを受け入れようと努力していた。


 ――一緒にいたいと思う気持ちを、これから出会う人たちにも向けてあげる。


 それが以前のサティとの約束だったからだ。


 ただ、そんな健気なパールの姿に、武蔵は心を痛めずにいられない。自分が失敗したからサティの記憶は失ってしまったのではないかと思ってしまう。


「ふわぁ」


 だから武蔵はパールがそんな顔をする度に、ふわふわな栗色の髪をゴシゴシと撫でる。パールはそれでちょっと照れたように俯いて、はにかみながら笑うのだ。


 武蔵もまた、サティとの約束があった。


 ――パールのこと、頼みます。


 それは彼女の母親にも頼まれたことだった。


 本当はパールのことを寺院に置いておきたかった。

 これから向かう先はロポク村と呼ばれる場所で、核兵器による被害が大きかった地域である。先見隊として向かった舞台によれば、多くの人間が謎の病に倒れ、亡くなっていると言う。放射能によるものだと、武蔵は確信した。


 そんなところにパールを連れて行きたくはなかったが、寺院に残す不安もまた大きかった。

 パールが魔王の娘であることは一部の人間を除いて知られてはいないようだが、レヤックと言うことは既に公然の事実となっていた。

 レヤックと言う名称が忌み嫌われるには十分過ぎることを武蔵は知っている。寺院でパールに近付くものは武蔵達を除いて誰もいない。近付けば魂を抜かれると囁かれていることは武蔵の耳にさえ届いていた。

 そんなところにパールを一人残してはおけない。


 ――前のサティなら、きっとパールのこと、守ってくれたんだろうけどな。


 最初に起動させた人間に従うように出来ているのか、今のサティは武蔵のことを「ご主人様」と呼び、その服装に準ずるように、武蔵の専属メイドの如く付き従っている。

 武蔵が命じれば、サティはきっとパールのことを守るだろう。しかし、逆にそれは武蔵が命じなければサティはパールのことを守らないということで、それはパールの心情を考えると、武蔵は口にすることはできなかった。

 もっとも放射線測定機能も有しているようで、これから向かう先のことを考えればサティにはやっぱり付いてきてもらう必要があったわけだが。


「サラスはどこにいる?」


「一番前の馬車」


 パールが指差すとヨーダは感謝を示すように手を挙げて、そちらに向かう。

 サラスに爆心地の報告に向かうのだとわかり、武蔵も後に続こうとすると、


「あー、オマエはいいや。どうせなんもなかったって報告だけだしよ。

 それに今はできる限り、一人にさせておきたいしな」


 そう言って武蔵が付いてくるのを拒んだ。


 一人にさせておきたいというヨーダの気持ちもわからなくなかった。


 あの爆発以降、サラスの様子がおかしい。

 自分の国が核攻撃を受けたというのは、武蔵には想像のできない不安と動揺もあるのだろうが、それ以上にこれから向かう先に対して妙な重圧のようなものを感じているようだった。被災地に向かうというだけの気の使い方とは違う、もっと壊れやすいものを扱うような丁重さをサラスの指示から感じた。


 実際、寺院から持ち出した物資の量は尋常じゃない。

 何せ寺院下の町で買える食料や医療品はありったけ買い集めた。馬車が十台も連なる光景は圧巻だった。

 それだけの住人が暮らしているのかと聞けば、町で暮す人数の十分の一もいないと言う。

 ヨーダが「こりゃ、ちょっと多すぎる気がすんだがな……」とボヤいていたのを聞くに、やはりやり過ぎ感があるのだろう。


 サラスはこれから向かうロボク村に妙に気を使っている。


 それはボヤくヨーダの言葉が「まあ、わからんでもないけどよ……」と続いたのもあり、きっと過去になにか因縁があった村だということだろう。


 どんな因縁があったのか武蔵は知らない。

 サラスは核爆発以降、慌ただしくしていてまともに話ができなかったし、ヨーダもそれに対してあまり話をしたくない様子だった。パールやサティは当然知らないようだった。そうするとそれを聞ける人間は武蔵はあと一人しか知らない。


「サティ、悪いけど、パールのこと見ててもらえる?」


「えっ、ムサシくん、またどこかに行くの?」


「うん、ちょっと、カルナと話をしようと思って」


「えっ……それはだめだよ! 危ないよ!」


 パールの視線は自然と武蔵の肩に向けられていた。

 抜糸も終えて、もうすっかり傷口も塞がっていたが、それでもパールにはこの傷の不信感は拭えないのだろう。


「大丈夫だよ、この傷のことだって、もう謝られた」


「だけど……サティ、わたしはいいから、ムサシくんに着いて行ってあげて」


「いいえ、ご主人様に命じられた以上、今の私は保護者のサティです」


「パール、別に危なくないから、いい子で待っててよ」


「ムサシくんはいつもそればっかり!」


 爆心地を見に行ったときのことを言っているのだろう。

 そう言いながら、パールはちゃんと待っていてくれることを武蔵は知っている。

 武蔵はパールにごめんと手を合わせて、その場から立ち去るのだった。


 この一ヵ月半、カルナは武蔵たちから逃げ続けていた。

 しかし救援部隊として参加している今なら、なかなか持ち場からも離れ難い。話をするならいい機会だと思った。

 それにカルナなら、少しでもサラスのプレッシャーを和らげてあげることもできるのではないかと思ったのだ。




「久しぶり」


「……………」


 案の定、顔を合わせばいつもシャトルランで逃げ出すカルナも、その日はあからさまに嫌な顔をしてソッポを向く程度だった。

 ただ、カルナが素直な性格であることを武蔵はもうよく知っている。

 だから武蔵があからさまに肩を回そうものなら、カルナはそれにすぐに気付いて、


「……もう大丈夫なの?」


 なんて聞いてきてしまうのだ。これはちょっと卑怯だったかなと思い、武蔵は胸中で舌を出す。


「もう全く違和感もないよ。サラスってすごいよな」


 武蔵の肩の傷はサラスが縫ったのだ。

 麻酔も無しで実施されたそれは怪我を負った際より痛くて泣き叫びそうだったし、「男の子なんだから我慢しなさい」と言い出したサラスには怒りすら覚えたのだが、今でそれが恥ずかしく思えた。


「当然でしょ、バリアンなんだから」


 ――バリアンとは、この国の象徴たる存在。


 サティの解説を思い出す。

 この国の象徴――つまり皇女ということだ。この国で一番偉いということだ。

 しかし武蔵の目から見て、サラスは普通の女の子に見えた。武蔵は呼び出したのは彼女なのかもしれないが、実際それがどんな風に実行されたのかサラス自身もわかっていなかったし、それ以外で特別な力を使っているところは見たことがない。そして何より気さくに話しかけてくれる様子に、サラスから偉い人という印象はまるでなかった。


 そしてそれはカルナも同じように感じてたのではないかと思う。

 カルナはきっとサラスの護衛役だったのだろうが、その関係は武蔵の目には姉妹に近いものを感じた。

 だからサラスのことを「バリアン」と言うカルナには、やっぱりどこか壁を作ってしまったように感じられた。


「サラスのこと、怒ってるのか?」


「怒ってる? どうしてあたしが怒るの?」


「じゃあなんでサラスを避けてるんだ?」


「避けてないわよ」


「避けてるじゃんか」


「避けてないっ!

 ――ああ、もうっ! あんたなんなのよっ?」


 食って掛かるように顔を突き出してくるカルナ。


「あたしは、あんたが何者かすら知らないのっ。

 なにも知らないっ、ただのっ、一介のっ、兵士なのっ。

 あんたはっ、あたしの知らないっ、お姫様の来賓よっ。

 あたしなんかに関わらないでよっ」


 怒りの形相で捲し立てるだけ捲し立てたカルナは、そのまま武蔵の反論も聞かずにいつものようにソッポを向いて走り去ってしまった。

 つい不毛な言い合いでせっかくのカルナとの話し合いの場をふいにしたことを後悔しながら、武蔵は淋しそうにも見えた背中を、そのまま呆然と見送ってしまった。

 

 ――なにも知らない、か。


「それは、俺も同じだけどな」


 武蔵はまだどうしたらこの世界から帰れるのは知らない。

 武蔵はまだこの世界のことだって全然知らない。

 そして結局、カルナにロボク村のことも聞けなかった。


 武蔵もまた、カルナ同様、知らないことばかりだった。

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