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第41話 魔王の実験場

 武蔵がまだ剣の道を志す前、真姫のことを女の子として意識する前の夏のことだった。

 真姫の家族と一緒に夏休みを利用して広島へ旅行に出かけた。

 宮本家と樹家は家が隣同士で、両親共に仲が良かったのもあり、そうやって一緒に旅行に行くことも多かった。


 そこで立ち寄った広島平和記念資料館の記憶は、武蔵は今でも鮮明に覚えている。


 あれは確か、真姫の父親が武蔵と真姫を「連れて行きたい」と言い、「この子たちにはまだ早い」と窘める真姫の母親を説得して、強引に武蔵と真姫を連れて行ったのだ。ちなみに武蔵の両親はどちらも事なかれ主義な部分が強く、まあいいんじゃない程度でいたように思う。


 おどろおどろしい人形、燃え落ちた服や時計、お弁当箱。

 強烈な熱線に焼かれてしまった人、放射能に爛れた人、影だけを残して消えてしまった人。


 胸を締め付け、胃から何かがせり上がりそうな気持ち悪さに襲われながら、それでも武蔵はそれらに目が離せなくなった。

 それが恐怖なのか、興味なのか、亡くなった人への敬意なのか、畏怖なのか、今の武蔵にもわからない。


 ただ、それらをじっと眺めていたら、不意に真姫が武蔵の手を掴んだ。


「もう……出よう」


 涙を堪えながら、それでも真姫は武蔵の手を引いて、外まで案内してくれて、そこで武蔵はようやくハッと気付いた。


 それが具体的に何だったのか、武蔵にもわからない。

 ただ、どこか遠くへ行きかけていた自分を、真姫が現実に連れ戻してくれたような感覚だった。


 自分の手を掴む小さな手が温かくて、たぶん、そのとき武蔵は初めて真姫に恋をした。




      ◇




 そこは大きな窪みが出来上がっていただけで、見事に何も無くなっていた。武蔵の目算で四、五キロほどだろうか。あまりにもスケール感の違う空間の空白に、眩暈がしそうだった。


 ようやくあちらこちらに散らばり始める木々辺りに身を潜めながら行動しているわけだが、それらもまた無残にも折れてズタズタに引き千切れた年輪を晒していた。とても折れるような太さの木には見えないのに――。


 ――そういえば、初めてここに来たときも、こんな光景だった気がする。


 森が突然開けて、薙ぎ倒されていた光景。


 もしかしたら、ここは二度も核爆弾の被害を受けた場所なのかもしれない。


 ただし一度目と二度目では、恐らく比べ物にならないほどの威力だったのは間違いない。


 あのとき見た荒野は精々一キロもなかった。

 それが五倍以上も広がっている。


「こりゃ……でかいな……」


 そんな光景にヨーダもまた、ただそれだけしか口にできないでいた。


「150キロトン相当と思われます」


 呆然とする男二人に対して、サティだけが冷静な口調でそう言った。


「150キロトンってのは、どんなもんなんだ?」


「TNT換算ですと15万TNTトンでございます」


「まったくわかんねぇんだが」


「仕事量ですと6.276×10の14乗ジュールでございます」


「……なるほど、じゅーるは働き者なんだな」


 なんとも場違いなヨーダとサティのやり取りに、緊張の糸が緩みそうになるのをぐっと耐えて、武蔵はサティに確認する。


「放射能は本当にもう大丈夫なの?」


「ガイガーカウンターの値は直ちに人体に影響のあるレベルではありません。爆撃から二週間が経過していますから。ただ、あまり長居はしないことをお勧め致します」


 サティの言い方は聞き覚えのある政治家の言葉を思い出させて、武蔵を逆に不安にさせた。


「そろそろ戻るぞ」


 それに気付いたか、それとも経験則で判断か、ヨーダも早々にこの場から立ち去ることを決意した。

 ヨーダも放射能の危険性は十分理解していた。爆発直後、サラスも含めて、この国の人たちは皆「毒」という言葉を使って恐怖していた。


 そんな危険なところにわざわざやってきたのは、魔王の目的を探るためだった。

 爆心地がどこだったのかは、割と早い段階で推測できた。伊達に延々と二往復もしていない。方角に覚えがあった。

 近付いてみれば、案の定、ウェーブたちがいた学校のような建物が消えていた。

 ほんの一ヵ月半前までアンドロイドとゾンビが闊歩していた、敵の拠点の一つとも言える場所が、今では大地ごと抉り取られていた。


「なんだって自分たちの拠点を?」


「単純に事故って可能性もあんだろ。現にオレが今まで見た爆発の中でも、アレは桁違いだったぜ」


 あんなの使われたらホントひとたまりもねぇよ、とヨーダは続けて呟いた。


 武蔵自身もまた、あのキノコ雲を見たときの衝撃と恐怖は一生忘れないと思えた。


 こちらが剣で戦おうとしている相手は、人工知能を有しているロボットを従えて、核兵器まで武装している。それは、竹やりで戦闘機と戦おうとしているのと、そう違わないようなことのように武蔵は思えた。


 ――勝てるわけがない。


 そもそも勝負にならないとさえ武蔵は思えた。

 どれだけ”勝利の加護”なんてチート能力を有していたとしても、そもそも勝負にさえならなければ勝つも負けるもない。

 勝負を仕掛ける以前に全滅させられてしまう。


「……本当に事故かな?」


 悪い考えを払拭するつもりで首を振り、武蔵は改めて考える。


 ヨーダが言うように事故の可能性もないことはないが、武蔵は妙にあの場所で起きたことが引っ掛かった。

 あそこは一ヵ月半前に武蔵とパールが誘拐されて連れて来られた場所であり、パールが暴走した場所でもある。

 その場所で爆発が起こったというのは、何か関連があるんじゃないかと思えてならない。


「さぁな。もともと何がしたいのかわかんねぇ連中だからな。オレらからしたら、ガキが超危険物を振り回してるような感じだぜ。ほとんど自然災害にちけぇよ。自然災害より対処しようがないから、余計にタチが悪いんだがな」


 ――魔王の目的、か。


 武蔵はあのキノコ雲を見たあと、サラスから聞かされた話を思い返した。




      ◇




「魔王アルクって何者なんだ?」


 核爆発の混乱の最中、慌ただしく爆心地と被害状況の確認を急がせるサラスを捕まえて、武蔵は問うた。

 サラスにしては珍しく、今はそんなことを話している場合じゃないと焦る雰囲気が感じられるも、自分に出来ることがないことを悟り、「今ではどこまで正しいのかわからないけど」と俯き加減で前置きをして話始めた。


「……三百年ほど前、この島の西岸のほうに、突如として摩天楼のような建物が現れたと言われているの。その摩天楼の主が、アルクよ」


「三百年前? アルクってのは、個人名じゃなくて、そう言った種族かなにかってこと?」


「ううん、一人の男の人。現れたときからずっと歳も取らないで、ずっと生きてるの」


「……つまり、そいつもアンドロイドってことか。

 ――でも、そうすると……」


 パールの父親はアルクだと言われていた。


 何度か考えた可能性ではあったが、あえて武蔵は一度も口にしなかったことを、サラスにぶつけた。


「……パールも、アンドロイドってこと?」


 サティがアンドロイドで、パールの母親であるウェーブもアンドロイドだった。それらを知ったときに少なからず考えた可能性であった。ただ、そのあとのレヤックだの、魂だのと言った話のなかで、そうじゃないようにも思えて、確認もしなかった。


「それは絶対にないよ。バリアンとしての私が保証する」


 しかし、それをサラスは強く否定した。武蔵にはそのバリアンの何がそんなに否定できる要素になるかわからなかったが、サラスがそこまで言うなら信じることにした。

 しかし、そうなると――


「魔王は強い”不老の加護”を授かってるの」


「不老の加護?」


「歳の割に若く見える人っているでしょ? そう言った人のほとんどが不老の加護を授かってるの。

 だけど、魔王のそれはあまりにも強くて、ほとんど不死に近い状態なの」


「不老不死だって言うのか?」


 深刻に頷くサラスに、武蔵はさすがに信じられないという気持ちを隠し切れずにいた。

 その気持ちはサラスにも察せられたようで、


「だけど、実際に三百年間ずっとこの島に居続けてるの。

 ……そして、ああやって、魔法の杖を使って、私たちの生活を脅かしてるの」


 ――魔法の杖。

 サティはそれを核兵器だと言ったが、それに関しても武蔵は信じられない気持ちでいた。

 ただ、そちらに関しては実際に目にしてしまった。現実で決して見ることがないだろうと思っていたキノコ雲を、異世界で目にしてしまった。信じないわけにはいかない。


「あんなのと戦争してるってことか」


「戦争!?

 今まで戦いにすらならなかったのよ!!

 あんなのは、一方的な虐殺よ!!」


 思わず口に出た言葉に、サラスが驚くほど過剰に反応した。心外だと言わんばかりの表情で、武蔵に詰め寄った。

 あまりの剣幕に、武蔵は圧倒され、ただ謝るしかできなかった。


「……ごめんなさい。

 ……でも、本当に、戦争で終わるなら、もっとよかったのよ。魔法の杖の前じゃ、私たちは降服するしかなかったんだから」


 どこか涙を湛えたような目を伏せて、サラスは何かを思い出しながら喋っていた。それがあまりいい思い出ではないことは、簡単に察せられた。


「……だけど、私たちは降服すら許されなかったの。

 魔王は、私たちに何も求めてこないし、そもそも私たちのことなんてどうでもいいのよ」


「どういうこと?」


「魔王は――魔法の杖を使ってなにかの実験をしてるみたいなの。そのためだけに魔法の杖を使っているの。

 だから、降服なんて意味がないの。魔王の実験が終わるまで、この攻撃は終わらない。

 この島は、魔王の実験場なのっ」


 実験場。

 そう口にしたサラスの表情は、ただただ悔しいということだけが滲み出ているようだった。その気持ちがわかるとはいい難かったが、それでも痛いほど伝わった。

 だけど、それでも武蔵は確認しないではいられなかった。


「なにかの実験って……なんの実験なの?」


 現実の世界でも核兵器を持つため、様々な国が様々な実験を行っているということは、武蔵も知っている。

 それがどんな理由でかは、勉強熱心とは言い難い武蔵には詳しくわからないが、それでも他国よりも優位に立つためだということだけはわかる。


 サラスたちがとっくに魔王に対して絶対的なアドバンテージを握られているのは、サラス自身が「降服するしかない」と言ってる点からもわかる。

 それでもなお実験を続けるからには、魔王にとっても何かしらの脅威があるということじゃないかと思った。



「異世界転移実験」



「……は?」


「魔王は、その実験のことを、そう言ってるの」


 しかし、サラスの口にした言葉は、もっと耳を疑うような、そんな内容だった。


「――異世界、転移? そ――」


「サラス! 大体の場所がわかったぞ!」


 それってと続けようとしたところで、その言葉は突然走り込んできたヨーダに遮られてしまった。


「ロボクの東側だ!」


「――村は無事なの!?」


「わかんねぇが、若干逸れてるのは間違いねぇ」


「すぐに救援に向かいましょう! 馬の用意をお願い! 私もすぐに準備するから!」


「ダメだ!! まだ毒が残ってる!」


「だから助けに行かなきゃいけないでしょ!」


 ――毒?


 核兵器に毒と聞いて、武蔵はすぐに放射能のことだと関連付く。

 それがどれだけ恐ろしいものなのか、資料館の記憶と、そして震災の騒ぎが思い出される。


「今はまだダメだ! サラス、オマエになんかあったら、オレは先代に顔向けができねぇ」


「だけどっ……! ……だけど……」


 泣き崩れそうになるのを耐えるように、サラスはぐっと拳を握った。


「ムサシ……お願い、その”勝利の加護”で、どうか、私たちを……助けて下さい」


 気付けば、サラスは武蔵に対して深々と頭を下げていた。

 その日二度目のそれに対して、一度目同様、武蔵は顔を反らした。


 無茶としか思えない頼み。武蔵にはそれに対して助けになれると思えなかったのだ。

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