第40話 魔法の杖
『わが国に混乱が生じる。
どこからか現れる“白い水牛の人”に支配されるであろう。
彼らは魔法の杖を持ち、離れた距離から人を殺すことができる。
北の方から“黄色い人”が攻めてきて、白い人を追い出し代わって支配するが、それも一時に終わる。
その後、男も女もなくなり、天変地異が起きる。
やがて白馬にまたがる正義の女神が登場し、永遠の平和と幸福が約束される』
以上がサラスから聞かされた予言の全文だった。
「サラスはこの予言を信じてるのか?」
「信じてる……というより、私たちにはこれに縋る以外なかったの。
どちらかと言えば、私はミヤモトムサシを信じてる。
カッコいい、二刀流の剣士、絵画がこの城に一枚あるの」
言われて思い出す。パールが以前、本屋で立ち読み――と言うよりうずくまり読みしていた本の中にも、長髪の侍のような人物が描かれていた。あれがもしかしたら、この国に伝わるミヤモトムサシ像ではないだろうか。
――カッコいい、か。
真姫もそんなことを言っていた。まんまとそれに唆されて、武蔵は剣道を始めたわけだが。
彼に関しては曖昧な記録しか残されておらず、史実ではかなり残念な剣豪ではなかったかと言われている。
それを脚色や虚構を塗り重ねていったハリボテの剣豪が宮本武蔵である。
武蔵からしてみればどこがカッコいいのか疑問だった。
しかし、そんな偽りの剣豪に羨望を抱くのは、真姫やサラスだけではないようで、
「その剣豪様は、騎士団の中でも割りと有名だ。オレの憧れでもあるし、まあ、その剣豪様の話をサラスにしてやったのも、オレだったりするわけだが」
ヨーダもそんなことを口にした。
「師匠の知っている宮本武蔵の話ってのは?」
「木の棒でライバルをボコボコにしただとか、有名な部隊を一人で全滅させただとか、生涯負けなしだったとか。
まっ、そんなにやつに師匠って呼ばれてるオレもなかなかなもんだがな」
武蔵が知る宮本武蔵の話に共通するものがある。
ただ、サラスもヨーダも勘違いしている。
「俺じゃない。
俺の国にも、同じ宮本武蔵の逸話はある。だけど、それはもう四百年も前の話だ。
俺はその宮本武蔵と同じ名前ってだけだ。
剣は嗜んでたけど、俺は一度も試合に勝ったことがない」
「そんなはずないよっ」
そんな武蔵の言葉を強く否定するのはサラスだった。
「私の知るミヤモトムサシじゃないのは本当かもしれないけど、少なくとも一度も勝ったことがないなんて、そんなはずないよ。
武蔵には強い”勝利の加護”が授けられてる。
それだけの加護を授けられてて、ムサシに負けはありえないよ」
「勝利の加護?」
またも疑問な単語に、サティを見るが、サティもそのままの意味で間違いないと言うように頷くだけだった。
「人は生まれたときに、誰しもが女神様から”加護”を授かるの。
バリアンにはその加護がどんなものか読み取る能力もあるの。
武蔵には今まで見たこともないくらい、強い”勝利の加護”が見えるの。
それだけの加護があって、ムサシが勝負に負けるなんて、絶対にないよ」
荒唐無稽な話だった。
今までどれだけ悔しい思いをしてきたか。宮本武蔵と言う名前で勝手に期待だけされて、結果を出せないでがっかりされたことか。
そんなものがあれば、今までの悔しさは全て何なんだと言う話になる。
しかし武蔵にも言われて心当たりはある。
パールの暴走を止めるためにゾンビを全滅させたときだ。
全敗の剣豪が決して負けられないと感じた、負ければ自分も、パールも、カルナだってもしかしたら、死ぬかもしれない。何が何でも勝たなくてはいけないと思った。勝ちたいと思った。
その結果が、あの殺戮である。
それがサラスの言う”加護”によるもので、それがもしこの世界にやってきたときに授かったものだとしたら、
――俺は、もう、誰にも、負けないのか?
思い返せば、皆の様子もそれで合点がいく。
ヨーダは決して武蔵と戦おうとはしなかったし、カルナは武蔵のことを「卑怯者」呼んだ。サティに至っては「戦いに勝利するという意味においては誰もムサシに敵うわけがありません」とまだ言った。それは文字通りそのままの意味だったのだ。だけど、
――そんなのは、もうチートだろ。
かつて強く勝利を望んだ。
名前負けしない、少なくとも名前負けしていると思われたくない、真姫が期待した「カッコいい宮本武蔵」になりたいと望んだ。
それがこんな形で叶ってしまったことに、武蔵は少なからず戸惑った。
「じゃあ、サラスは……」
「私は、ずっと、黄色い人がこの国を救ってくれるって願ってた。
叶うなら、それはミヤモトムサシみたいな剣士であったらいいと思ってたの。
ムサシが現れたあのときもそう考えてた。
あんなところにいきなり現れたから、びっくりしちゃったけど、君の加護を見て、確信したの。この人だって。
だから、ムサシの言う通り、私がムサシを呼んだのかもしれない」
もしそれが本当としたら、武蔵が帰る手段と言うのは、
「その”白い水牛の人”を倒せば、帰れるかもしれない?」
「……私には、そのくらいしか、考えつかないの。
巻き込んでしまって、ごめんなさい」
頭を深々と下げるサラス。その旋毛が目に入るのが、なんとなくバツが悪く感じられて、武蔵は思わず顔を反らす。
――巻き込んでしまって、ごめんなさい、か。
つまるところ、それがサラスにとって「話せない」理由だったんだろう。
お互い言葉すらままならない状態で、事情説明もできず、ずるずると来てしまった。
そんな中、武蔵はずっと帰りたいと言い続けて、サラスの罪悪感を後押ししてしまった。
サラスに頭を下げられたのは、これで二度目だ。
あの穏やかな夕暮れ時のなか、思い返せばあのときすでに確信はあった。
――それを成さないと、帰れない。
初めからわかっていたことだった。
ようやく”それ”がわかったのだ。
そのための手段もある。
――勝利の加護。
身に余る力だったけど、それでも武蔵自身ずっと望んでいたことではある。
――勝ちたい。
本当に、初めから、わかっていたことだった。
――彼女の助けになりたい。
――彼女のために、勝ちたい。
だから、
「サラス」
あの夕暮れ時のように、彼女の名前を呼ぶ。
サラスが顔を上げるのを待って、そして、あのときと同じように、よろしくお願いしますと、口にしようとして――
それは唐突に起きた。
夜が明けた。
少なくとも、武蔵にはそのように感じられた。
いきなり、何の前触れもなく、外が明るくなったのだ。
「え――?」
疑問を口にする時間もなかった。
続いて訪れたのは、武蔵とっては真姫を壊したあの忌々しい震災を思い出させるほどの地震と、そして、
「きゃあっ」
寺院の壁が崩れ、突風が室内を掻き混ぜる。サラスがそれに驚いて身を屈めると、その鼻先すれすれのところに天井の一部が崩落してきた。
「外に出るぞ!! 急げ!!」
事態にいち早く反応したのはヨーダだった。
身を屈めるサラスを抱えるようにして支えると、そのまま慌てて外に飛び出す。
「ご主人様!」
一方、武蔵もまたサティに支えながら、外に出た。
外には同じように避難してきた寺院の人たちがいて、皆一様に同じ方角を見ていた。
日の出のような明るさを発するそれは、しかし普段太陽が顔を覗かせるのとは違う方角だった。
そこには、
「――なんだ、あれは?」
ようやく口に出た疑問だったが、武蔵にはそれに既視感があった。
以前、社会の授業で見させられた記録映像。
広島に旅行に行った先で見させられた資料館のパネル板。
それらと同じ光景がそこにはあった。
キノコ雲。
巨大なキノコ雲が光を放ちながら、ゆっくりと空に向かって伸びていた。
風向きが変わる。
それまできのこ雲に向けていた顔が痛いほど吹き付けてきていたのに、また唐突にそれは、まるでそこに吸い寄せられるように吹き荒れた。
「――なんなんだよ、あれっ! なんなんだよ、あれは!!」
武蔵の混乱はピークに達していた。
その光景に見覚えがあった。日本人として、唯一それを経験した人種として、悪しき恐怖の光景。
しかし、それが、ここで、目の前で、起きていることが信じられないで、ただただ疑問を叫んだ。
「――あれが、魔法の杖」
その疑問に対して、いつの間にか武蔵の隣に立っていたサラスが答えた。
サラスもまた、拳を握りしめ、歯を食いしばり、そのキノコ雲に見つめていた。武蔵が、今まで見たことのない、怒りの表情がそこにはあった。
「魔法の、杖? それって……」
「”白い水牛の人”――魔王アルクの武器よ」
「魔王アルクの――武器? だって、あれは、どう見たって……」
――爆弾。それも、人類にとって最大級の脅威の……。
「サティっ!!」
あまりにも信じ難く、武蔵は思わずサティを呼ぶ。
この場できっと誰よりもこの事態に対して正確に判断できるであろう彼女に、武蔵は問うた。
「魔法の杖って……なんだ!?」
「私の登録語彙にご主人様が望む回答はございません、ただ――」
サティもまた、キノコ雲を見上げた。
それはアンドロイドにとっても恐怖なのだろうか、新しく生まれ変わったサティが初めて顔を顰めて、そして言った。
「あれは核兵器でごさいます、ご主人様」
「核っ――」
サティに確認し、確かにその名前を聞いた。
それでも武蔵はまだ信じられずにいた。
その威力に、その絶対的な恐怖に、武蔵は逃げることを忘れて、ただただ取りつかれたようにそのキノコ雲を眺めていた。
宮本武蔵と核兵器との最初の邂逅だった。




