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第39話 黄色い人

「私がムサシを、呼んだ? どういうこと?」


「惚けても駄目だよ、サラス。少なくとも言葉がわからないってのは、もう話し合いを先延ばしにする理由にはならないんだ」


「あの、ごめんね、ムサシ、ほんとうに言ってることがわからないの」


「サティ」


「はい、ご主人様」


「ご主人様?」


 サティの武蔵に対する呼称に疑問を差し込むサラスだったが、今はそのことに関しては無視する他ない。武蔵だって混乱しているのだ。


 サティは武蔵の前に一歩踏み出すと、サラスとの間に割って入り、


「私は日本語、つまりご主人様の国の言葉も話せます。あなた方との通訳も可能です」


「え、それって――」


 驚いたサラスは黒髪をなびかせて、ヨーダを見る。


「ヨーダ、知ってたの!?」


「オレだって驚いてる。武蔵が話してた言葉と、あいつらが使ってる言葉は明らかに別だったぜ」


 責められる形になってしまったヨーダだったが、肩を竦めて無実を主張。

 それでもやや信じられなさそうな目を向けるサラスだったが、とりあえずは良しとしたようで、今度はその目をサティに向けた。


「サティも、どうして言ってくれなかったの?」


「わかりません。以前の記憶は消去されてしまいましたので」


「消去?」


 そう、サティには以前の記憶が一切残っていなかった。

 サティ曰く、なにかノイズのようなものは残っているようなのだが、それが鮮明な何かを結ぶことは決してないそうだ。

 武蔵が失敗したから、そうなってしまったのかはわからない。

 ただ思い返せば、以前のサティは明確に自分の「死」を口にしていた。

 もしかしたらあのときのサティは、身体が元に戻ったとしても、こうなってしまうことはわかっていたのかもしれない。


 何れにしても今のサティは記憶がリセットされ、武蔵達の知るサティとは別人になってしまった。


 それでも言葉だけは覚えていた。サラスたちが使っていると言うムングイ語という言語も、日本語も、英語も。


 だから、


「記憶は無くなってしまいました。ですが、ご主人様の役に立つことはできます。取り急ぎ、今はご主人様のわからない言葉を翻訳させて頂いております。今の私は通訳のサティです。以後お見知りおきを」


「そういうわけだから」


 口にして、自分でも何が「そういうわけ」なのかわかっていない。

 武蔵は、自覚のある程度ではあるが、自棄を起こしていた。

 サティが起きてくれた喜びの後、すぐにそれが今までのサティとは違う絶望感。

 そして、帰宅するための手かがりが得られるとぬか喜びして、記憶のないサティにはその情報が一切ないことを知った挫折感。


 それを敏感に感じ取ったサティは、せめて「ご主人様」の役に立ちたいと言って買って出たのは通訳――ではなく、サラスたちに対して交渉材料として使うことだった。

 正直、もう通訳なんて必要ないぐらいに武蔵はムングイ語を覚えてきた。必死に覚えたのだ。

 だから後は話し合うきっかけさえあればいくらでも話はできたのだ。


 サティはそのきっかけになってくれた。 


 もしサラスが本当に武蔵をこの世界に呼んだ張本人なら、アンドロイドが一体、武蔵の配下に入ったことを明示すれば、何かしらの情報を得られるのではないか。


 そういうわけとは、つもり、脅迫しているということだ。


「……………」


 明らかにたじろぐサラスに、申し訳ないという気持ちもある。

 だけど、ここに来てから二ヵ月が経つ。もう二ヵ月も経つのだ。

 いい加減、なにもわからないままなのはうんざりなのだ。


「俺はさ、この世界に来たとき、不安で不安で仕方がなかった。殴られて、気絶させられて、牢屋に入れられて、怖くてたまらなかった。

 だからサラスが名前を教えてくれて、サラスが名前を呼んでくれて、嬉しかったし、救われたと思った。言葉を教えてくれたこと、感謝してる。だから、君の助けになりたいって気持ちもある」


「……………」


「だけど、やっぱり、帰りたいんだ。生まれた場所、友達がいる場所、家族がいる場所、大切な人がいる場所に帰りたい。

 だから、教えて欲しい。

 俺は、サラスに協力したら、帰れるの? それとも、サラスを裏切れば、帰れるの?」


「……裏切る?」


「アルク」


「―――――!?」


「俺はサティを連れて、そいつに会いに行く。

 サラスが何も話してくれないなら、そいつが今は帰るための手掛かりだ」


 ――アルク。


 パールの父親で、カルナの母親――ヨーダの奥さんを殺した人物で、サラスの敵だと言う。

 そして武蔵は彼がアンドロイドの生みの親じゃないかと考えている。


 日本語を喋ることができるアンドロイドたちの生みの親。

 言葉の壁に悩まされ続けてきた武蔵にとって、これほど帰るための手掛かりはない。


「それはっ、お願いっ、」


「止めてって言うんだろ? だけど、俺はもう待てない!」


「ムサシ……」


 これは一ヵ月前、サラスと言い争ったその続きだった。

 あのときはサティとウェーブと言う足掛かりがあったが、それももうない。

 サラスが話をしてくれなければ、出ていく覚悟を決めていた。


「いいんじゃないか、サラス? オレもいい加減、話してやれよって思うぜ」


「ヨーダ!?」


 そんな武蔵を後押ししたのは、今まで黙って事の成り行きを見守っていたヨーダだった。

 ヨーダはいつもの気怠そうな声音のまま、それでもサラスを真剣な眼差しで見つめて言った。


「そうやって、大事なこと先送りにするの、オマエの悪い癖だぜ。

 それはきっと、大事なものを見落とすぜ」


 妙に真実味のある言葉だった。

 ヨーダ自身も、なにか後回しにして、大切なものを失ったことがあるように感じられて――武蔵は彼の奥さんが殺されていることを思い出す。


「……………」


 長い沈黙があった。

 誰も口にしないで、ただサラスの言葉を、サラスの決断を待った。


 サラスの目はそこに救いを求めるように、あっちを見たりこっちを見たりして――でも、最終的に武蔵を見て、言った。


「ごめんなさい」


「サラスっ」


「ごめんなさい! 本当に、わからないの――ムサシを、帰す方法は、本当にわからないの。

 ……だけど、ムサシをここに連れて来たのは、たぶん、私……だと思う。

 私は、バリアン、だから」


「――バリアン?」


 初めて聞く単語に、武蔵はサティに確認の視線を送る。


「バリアンとは、この国の象徴たる存在で、精霊を従わせて、治療を行ったり、未来を予知したりする人です。基本的には一子相伝でこの国には一人しかおりません。ご主人様がわかる言葉に置き換えると、白呪術師と呼ぶのが正しいかと思われます」


「白、呪術師? それってパールの……」


 パールの場合は、レヤックと呼ばれていた。以前のサティはそれを「黒呪術師」と訳していた。


「パールは人に対して作用する呪術の使い手だけど、私は世界に対して作用する呪術を使うことができるの」


「パールの、進化系みたいな感じか?」


「本質的にはほとんど一緒。役割が違うだけ」


 そういえば以前、カルナが「パールはサラスの敵」だと言っていた。

 黒と白、対立構造としてはこれ以上ない対極な言葉だ。


 武蔵にはよくわからなかったが、ただサラスもまた、パールと同じような特殊な力を持っているという認識でいいのだろうか。


「じゃあ、そのバリアンの力を使ってサラスが俺を呼び出したってこと?」


「それは……わからない。

 だけど、この国には二つ伝説があるの」


「伝説?」


「一つは大昔の王様が予言。

 魔法の杖を持って、離れた距離からでも人を殺すことができる”白い水牛”の人に支配されるけど、それを北の方からやってきた”黄色い人”によって追い出されるって予言なの」


「……黄色い人?」


 日本人が黄色人種と呼ばれているのは武蔵だって知っている。

 確かにサラスたちの肌はこんなにも太陽のきつい地域にも関わらず白い。サラスたちから見ても、武蔵の肌は黄色く見えるのだろうか。


「つまり、それが俺のことだって?」


「もう一つあるの。

 こっちはね、この国で有名ってわけじゃなくって、ただ私の憧れなんだけどね。

 遠い昔、北の方の黄色い人の国で、無敗を誇った二刀流の剣士」


「無敗の、二刀流の剣士……それってっ!?」


「ええ、名前をミヤモトムサシって言うの。

 君のことでしょ、ムサシ?」


 眩暈がした。

 こんなところに来てまで、その名前が付き纏うのかと。

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