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第03話 裸とビキニアーマー

「真姫?」


 なぜ彼女だと思ったのかわからない。

 だけど、そのとき目の前に現れたのは、きっと彼女であるはずだと、そう思った。


 とても肌がきれいな女の子だった。すらりと伸びた手足はとても細くしなやかで、滴る水を弾いていた。

 外気に晒された胸は、決して豊満とは言わないけれども、それでも女性らしさを強調するには十分だった。

 肢体に張り付く黒髪に、思わず目が奪われる。


 鼓動が高鳴る。


 思わず、この世のものではない、神聖なものに遭遇した気分だった。


「あっ――」

「―――――」


 時間が止まったかのように錯覚するほどの静寂が流れ、彼女の口がゆっくり開かれる。

 その中でも、武蔵だけが相変わらず時間の止まったなかにいるような気分で、呼吸すらできずにいた。

 彼女の口からなにが紡がれるのか、どこか期待しているような気分だった。

 そして――


「――きゃあああああああああっ!!」


 静寂を切り裂く甲高い声が響く。

 と、同時に武蔵はようやく周りの景色に目が向く。

 白しか存在しない景色は、いつの間にか木造の建物の中に変わっていた。

 目の前には水が溜まった石造りの浴槽があり、女の子はそこに膝下だけつけていた。

 つまりこれは――。


「風呂!?」


 気付いた瞬間、武蔵の後方から別の声が聞こえた。


 振り返ると、恐らくそこが入り口なのだろう、暖簾のような布で仕切られた奥から、別の女の子が飛び込んできた。


 武蔵はとりあえず、飛び込んできた女の子が裸でなかったことに安堵した。安堵したのだが、それでも露出が多い。


 ――というか、なんて恰好!?


 やや日に焼けた肌を隠しているのは、鉄製の鎧だった――たぶん、鎧なのだろう。鎧としては中途半端な役割を担った局部だけを守る鎧。昔、遊んだRPGゲームに出てきた女戦士が着ていたような奴だ。


「えっ、なに、コスプレ会場!?」


 武蔵の言葉に反応したのか、女戦士もなにかを叫ぶ。

 ただ、言葉がわからない。


「えっ、なんて!?」


 聞き返す言葉が通じたのか、通じなかったのか、女戦士は再度叫ぶ。

 しかし、やっぱりなんて言っているのかわからない。明らかに日本語ではないのだ。

 そもそも日本人ではないように思う。短くまとめられたブロンドの髪に目鼻立ち、鎧で隠しきれていないスタイル、どれをとっても日本人離れしている。

 そして女戦士が腰に携えていた剣を抜いて近付いてきた。


「――剣!?」


 それが模造品なのか、本物なのか判別できない。それでも女戦士が本気で斬りかかろうとしているくらいは判別できる。そして、仮に模造品だったとしても、そんなもので斬られたらただでは済まない。本物だったとしたら間違いなく死ぬ。


「ちょっと待って!! 話し合おう!!」


 言葉が通じないと先ほど理解したばかりなのに、思わずそんなことを口走る。

 当然、彼女は理解できなかったのだろう。勢いは止まらず、そのまま剣を振り上げる。まだ両手でも上げたほうがよかった。


 ――ああ、やっぱり俺、弱いんだな。


 七年剣道を続けてきた。

 試合に勝てたことはなかったが、なにもしてこなかった同年代の友人に比べれば、それなりに運動はできるほうだと思っていた。

 それでも、こういう咄嗟のときに全く動けないのは、つまりそういうことなんだろう。

 

 ――ああ、やっぱり美人じゃん。


 今から自分のことを殺そうとしている人物を見て、そんなことを思った。そんなことを思った自分に驚いた。人生の最後くらい大切な人のことを思い浮かべるべきじゃないかとも思った。意外に浮気性だったんだろう。ごめんな、真姫。


 ――真姫。


 振り下ろされる剣戟は、見紛うことなく武蔵を叩き切る軌跡だった。

 だけど、それは武蔵の身体を通る前に止まった。いや、別のものが割り込んできた結果、止まらざるを得なかったのだ。


 黒髪の少女が、武蔵と女戦士の間に割り込んだのだ。

 彼女は武蔵を守るように、大きく手を広げて、一糸纏わぬ裸体を女戦士の前に曝け出していた。

 いや、守るようにではない。実際に守ったのだ。ほとんど自分だって斬られかねないギリギリのタイミングで、命がけで飛び込んできたのだ。


 思わず女戦士が飛びずさり、少女に何事か叫ぶ。

 少女もそれに対してなにか返事をする。

 やはり日本語ではないそのやり取りがなんなのか、武蔵には理解できないが、それでも少女が必死に庇おうとしているのだと直観で感じた。


 何度か少女と女戦士のやり取りが繰り返され――そして、少女が申し訳なさそうに武蔵を見た。さっきから少女のお尻がチラチラと目に映るのを必死で見ないようにしていたところだったので、その申し訳なさそうな視線が逆に申し訳なかった。

 しかし、少女が武蔵の前からおずおずと退くのを見て一瞬で血の気が失せる。


 ――え、そっちの結論? 


 少女が退くと同時に、女戦士が間合いを詰める。剣道少年である武蔵から見て、それは本当に惚れ惚れする踏み込みであった。

 今更ながらに両手を挙げる。

 自分でもバカな選択だと思った。

 先ほどの頭部を狙った面の筋とは違い、今度は横の一閃を繰り出そうとしていた。そんななかで胴を晒すように両手を挙げれば、まるで斬ってくださいと言っているようなものである。


 ――あ、峰内だ。


 奇跡的に、女戦士が剣を返したのが見えた。

 とりあえず殺す気がないことだけは悟り、肋骨の何本かは折れるのを覚悟する。

 直後、覚悟していない顎への衝撃。驚くべきことに、女剣士の剣戟は武蔵の顎先を掠めるだけに留めた。結果、衝撃は顎から脳に伝わり、武蔵は軽い脳震盪を起こして倒れたのだった。

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