第38話 再起動
ハッシュドポテトはサラス的には名前負けしていたようで、実際に提供されたのが芋のすり潰し油揚げで若干がっかりされてしまった。
「この前の、ころっけの方が私は好きかな」
と正直な感想付き。素直で正直なのは料理する身としては今後の参考になるので有難いのだが、それでも作ったものに評価が得られないのは多少の残念さは感じる。
「わたしはこっちも好き。シャキシャキしてるから」
パールはそんなことを言ってくれたが、パールとヨーダに関しては割と大概のものは美味しいと言ってしまうので参考にならない。
「ケチャップがあればなぁ……」
ただ武蔵自身も正直に自分で作ったハッシュドポテトには納得がいかず、ついつい泣き言と言い訳混じりの無いものねだりを口にしてしまう。
「ケチャップならあるよ」
「いや、その醤油もどきじゃなくて、トマトソースって言ったらいいのかな?」
「うっ……そんなのいらない」
トマト嫌いのパールにはイメージが悪いみたいだが、武蔵としては以前、こちらの世界のケチャップを使って無理やりオムライスを作って大失敗して以来、今度作ってみようと検討中の食材だった。きっとパールの認識も改まると強く確信しているのは、武蔵が目玉焼きにもケチャップなほど、ケチャップ好きなのもあった。
そんな団欒とした朝食を終えて、片付けをパールとサラスに任せると、武蔵は自室とは別に、最早ほとんど武蔵専用作業部屋と言っても過言ではない部屋へと向かった。
「いい加減、そろそろ動いてくれよ」
そう愚痴にするが、その声は誰にも届くことはない。ベッドに横たわるサティとウェーブ、二体のアンドロイドは相変わらず冷たく、硬く、容赦ないまでに無機物性を見せつけてくる。
この一ヵ月、武蔵はウェーブの頼み事に従って、彼女らの修理を行っていた。
修理と言ってもほとんど手探り状態だった。それでもサティとウェーブ、それからパールと武蔵が誘拐された際にサティが倒したというアンドロイドの二体、計四体のアンドロイドの内部構造を見比べて、サティとウェーブの壊れてしまったパーツ類を交換していった。
ウェーブの言う通り、サティとウェーブにしかない部品もあり、それに関してはサティを優先にして差し替えて行った。
はっきり言えば、かなり精神的に辛い作業だった。
人間そっくりの、しかもサティもウェーブもそれなりに話をしたことのある二人で、その二人の薄皮を剥ぎ取ってバラバラにしていく作業は、まるで死体を解体しているようで胸が締め付けられた。
それでもこれは治療だと思い込み――それでもこんなことをしても直らないんじゃないかという思いに襲われて、罪悪感でまた胸が痛んだ。
パールにはとても見せられない。何度となくこの部屋に入ろうとしてきたが、武蔵とサラスで何としても留めていた。
――倉知がいれば、もっとマシだったのかな。
現実世界にいる友人の顔を思い出す。倉知は家電製品を解体して組み立て直すのが趣味の変わった奴だった。きっとアンドロイドの修理なんて聞いたら、異世界にだって飛んで着そうだ。
――任と遥人がいれば、きっと何も言わないで手伝ってくれたんだろうな。栄介だったら、きっとこれくらいどうってことないって言いながら颯爽と解決しちゃうんだ。そもそもリオがいたら、きっともっと簡単にサラスたちと会話できたかもしれない。ものりがいたら、きっともっと簡単にサラスたちと打ち解けてたかもしれない。
そして、
――真姫がいれば、きっとこんな泣き言を言う俺に発破かけるんだろうな。
帰りたい。
皆がいてくれれば、そして皆が今頃なにをしているか思う度に、武蔵の帰郷への思いは募っていった。
そのための手かがり、そのための足かがり。
その思いで一ヵ月かけて修理してきたのだが、ここに来て完全に手詰まり感を呈してきた。
サティに関してはパーツの不足なく、すべて正常なものに差し替えた――はずだった。見た目にわからない異常があれば武蔵にはわからない。武蔵の目から見てもアンドロイドは驚くほど単純な構造をしていた。なにせほとんどがケーブル類と駆動用のギアで構成されていた。
明らかに重要と思われるパーツはサティとウェーブの場合で五つ、そのほかのアンドロイドに至っては三つしかなかった。それらはサイズこそそれぞれ違うが全て鉛のようなもので出来た箱だった。これは取り外してはいけないと直感で感じた武蔵は、最小限――サティの刀傷の入ってしまったそれの一つとウェーブの正常なそれの差し替えだけに留めていた。
もし見た目にわからない異常あるのなら、これらを全て差し替えなくてはいけない。しかし、それでもし仮に動いたとして、果たしてそれはサティと言えるのか、武蔵には疑問だった。明らかに重要なパーツがその五つしかない以上、そのどれかがサティをサティたらしめている可能性が高い。人間で言うところの脳みそを入れ替えるようなものではないかと。
そして、そもそも一番の問題点は、起動方法がわからないという点に尽きた。
コンピューターのような電源ボタンみたいなものがどこにもないのだ。
これに関してはサティの身体を隈なく調べた。
見た目に関して、作った人の拘りか、はたまた別の理由があるかわからないが、ほとんど人間のそれと全く同じに作られていた。
ほとんど全く同じに作られていたのである。
武蔵は――散々動かないサティに謝罪しながら――サティの大事な部分に指を突っ込んだことは墓まで守り通すつもりだ――そしてそこに何もなかったのがわかり、また散々動かないサティに謝罪した。
しかしそうまでしても、やっぱりスイッチの類を見つけることはできなかった。
――あとは電池切れの可能性か。
五つあった鉛の箱の一つがアルファベットで『Nuclear Battery』と綴ってあった。
『Nuclear』がなんなのか武蔵はわからなかったが、『Battery』は間違いなく武蔵の知るところのバッテリーじゃないかと思う。
これの充電が切れているのだとしたら、どこかで充電しなくては動かないということになる。
電気の類を見かけたのは、ウェーブたちのいた学校のような建物だけだ。
一度あの学校に戻らなくてはならないかもしれない――が、恐らくサラスが許可しないだろう。
――Nuclear Battery、か。
この世界でもアルファベットは使われている。武蔵の知っている二十六文字ではなく、なぜか二十七文字だったが。それがほとんど使われているところを見たことはないが、それでもサラスやパールはこの文字を知ってはいた。
しかし、ここに綴られているそれは、サラスたちの使っているアルファベットとはまた違うように思えた。
「――サウンドテスティング、サウンドテスティング」
サティが初めて武蔵に話しかけた言葉がそれだった。まさに英語そのものだった。
アンドロイドたちは日本語も喋れるけれども、基本言語は英語なのではないだろうか。
「――試してみるか」
武蔵はほとんど使わないが、スマホも最近は音声で操作する。
可能性はないわけではない。
武蔵はサティに向き直り、少しだけ考えてから、こう口にした。
「Wake up、サティ」
途端、石畳の静かな空間に、微かなモーターの駆動音が響く。
◇
「なんの動きもない?」
「ああ、あれから一ヵ月も経つけど、だんっまりだな」
「ムサシのこともバレてないってことかな?」
「それはなんともだな、派手に暴れたからな、あいつ。逆にバレてっからだんまりってこともあり得るぜ。”魔法の杖”だってまだ使われてない」
「ロポクの避難が遅れてるから、助かったんだけど……」
「一度避難勧告出してんだ。何もなきゃないで、また反発あるぜ」
「そんな言い方しないの。皆が無事に暮らせるのが一番なんだから」
「だろうな。だけど、奴らの計画が一度も中止になったことなんてないぜ」
寺院の最奥、祭壇のような場所で、二人の人物が声を潜めて話し合いをしていた。
一人は黒髪の綺麗な女の子。もう一人は屈強な筋肉隆々の大男。
二人は皆が寝静まったのを見計らい、まるで密会のような会談を行っていた。
いや、実際にそれは密会だった。人に聞かれると不味いことも多い。
二人は夜な夜な、誰も訪れないこの場所を選んで日々刻々と変わる魔王との戦いに関して議論していた。
「……やっぱりムサシにあの力で戦ってもらうしかないのよね」
「だったら当事者にちゃんと事情説明する必要があるんじゃないのか?」
「―――――」
その二人の密会に珍客が現れる。
議題の中心人物にも関わらず蚊帳の外に置き去りにされてきた当事者、宮本武蔵と、
「――サティ、元気になったんだね」
「はい。RUR-U型30号、サティ。再起動しました」
メイド服姿のアンドロイドは恭しく頭を下げる。
その以前よりも若干硬い態度にサラスが少し首を傾げる。武蔵もまたそんなサティに苦々しい表情を浮かべるも、改めて表情を戻してサラスとヨーダと向き合う。
「サラス、もう言葉の壁で誤魔化されない。今度こそ、ちゃんと聞かせてもらう。サラスが、俺を、この世界に呼んだ理由を――」




