第32話 暴走Ⅱ
穏やかに眠るように横たわるサティに、パールが泣きついている。
武蔵は彼女になんと声をかけていいかわからず、ただ立ち尽くしていた。
これをけしかけたのは武蔵だ。パールの暴挙を止めるためとは言いながら、真姫とパールを重ねて、本当は母親が死んだことに平然としていられるパールに腹が立ったのだ。パールとサティに武蔵のエゴを押し付けてしまった。
その結果、サティが死んだ。
修理する方法があるのかわからない。
先ほどサティの指示で手足を修理したのとはわけが違う。武蔵は医者でも技術者でもない。細かい指示もなしに、できることがあるように思えない。
それにサティとパールの会話を聞いている限り、サティにはもうどうしようもないことのように覚悟していた節があった。
『パールのこと、頼みます』
サティの最期の言葉を反芻する。
パールが泣き止む気配はない。
泣かせたのは武蔵だった。
人の死を悲しまないといけないというエゴを押し付けて泣かせた武蔵に、果たしてパールを慰める資格があるのだろうか?
「パール、一旦、帰ろう、サティも連れて――」
そうやって悩んでる武蔵を尻目に、カルナがパールの背中から声をかけていた。
落ち着かせようとその肩に手を当てようとして、
「――パール?」
しかしカルナの手が止まる。
武蔵もカルナのそんな様子を見て気付く。パールの声は、泣き声から徐々に苦悶の呻きに変化していて、胸を抑えて蹲っていた。
「うっ、くぅっ……だめ……だめ……」
「どうした、パー――」
パールに駆け寄ろうと武蔵が一歩前に進み出た瞬間、まさにカルナも後ろに飛び退いたせいで、ちょうどカルナが武蔵の胸の中に飛び込んでくるように形になる。右手に握りしめたままになっていた抜き身の刀がちょうどカルナに当たりそうになり焦る。
「あぶなっ! どうしたの、カルナ……カルナ?」
左手でカルナの肩を支えるようになったわけだが、その肩が激しく上下していた。カルナの呼吸が乱れている。
その原因が、すぐに武蔵にも襲い掛かる。
唐突な吐き気と寒気と息苦しさ。心臓を鷲掴みされるように不快感。
――これって、パールのっ!
「だめっ! うぐっ……ちがうっ! わたし……そんなっつもりじゃっ! ……ごめん、なさいっ、ごめんなさいっ!!」
パールが苦しみながら、しきりに何かへ謝罪を繰り返し始めた。
オオオオオォォォォォォォォ――
その謝罪を打ち消すように、廊下の奥から聞きなれたうねり声が響き、武蔵は確信した。
――間違いない、これはサティがウェーブにやられたのを見たときと同じだ!
「――パールっ!!」
咄嗟にパールに呼びかけるが、
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!!」
泣き叫ぶように謝罪するパールにはその声が届かない。
「クソっ!」
悪態を付いて、パールに近付こうとしたところ、なにかに引っ張られる。
見ればカルナが武蔵の腕を掴んで、
「バカなの!? 今近付いたら死ぬわよっ!!」
「だけど、パールがっ!!」
目を向ければ、頭を抱えて、喉が潰れるほどの大声で、半狂乱のように謝罪を叫ぶパールの姿が見える。痛々しくて見ていられない。これを暴走と言わずになんと呼ぶのか。
パールは、今度こそ、その能力をコントロールすることができずに、本当に暴走しているのだ。
「今は退くのよ! あんなの、もう落ち着くの待つしかないじゃない!!」
カルナの言っていることは至極当然のことだったが、それでも泣き狂うパールの姿が、その声が武蔵の心を締め付ける。まして、この状況は武蔵が作ってしまったものでもあるのだから。
サティは言っていた、暴走状態のパールを放置すれば、パール自身もいずれ他者の魂に飲み込まれてゾンビになってしまう。それも永遠に他社の命を吸い上げながら動くゾンビだ。武蔵はそんなパールが見たくないと思ったからここに残ったのだ。
「パールがあんなに苦しんでるのに、放っておけるか!」
「あんた、状況が――っ!!」
突然、腕を引く力がなくなり、カルナの姿が突然消える。
代わりに現れたのは醜く腐臭を放つ異径の怪物の姿だった。
カルナはゾンビに殴られ、壁に叩きつけられていた。
「カルナっ!!」
叫ぶが否や、ゾンビは次の標的を武蔵に定めて、強烈な拳を武蔵の顔面に叩きつけてくる。
左頬に熱を当たられたような衝撃。そして一瞬の浮遊感のあと、武蔵もまたカルナとは反対の壁に叩きつけられていた。
視界が一瞬白ける。それでも次の攻撃が飛んでくると思い、どうに無事だった右目でゾンビの姿を追う。
しかし正面にはすでにゾンビの姿はなく、フラフラと立ち上がろうとするカルナの姿しか見えなかった。
ゾンビは、一直線にパールの元へ駆けて行った。最初からパールが目的で、それこそ道すがらにカルナと武蔵がいて邪魔だから叩き飛ばしただけかと言うように。
そして、
「きゃあっ!」
ゾンビがパールを殴り飛ばした。
軽い身体はそれだけで簡単に浮き上がり、廊下を転がった。
ゾンビはそれだけでは飽き足らず、さらにパールに駆け寄る。
先ほどまでは全くパールに危害を加えなかったはずのゾンビが、その分を取り戻すかのようにしつようにパールを狙っていた。
「パールっ!!」
思わず身体がパールを助けるために動く。
しかし、数歩パールに近付いただけで、武蔵は途端足腰に力が入らなくなり、その場に躓き倒れてしまう。
この状況でもまだパールの力が働いているのだ。近付くことすらままならず、顔を上げればさらに殴り飛ばされるパールの姿が見えた。
這ってでも進もうと腕を伸ばせば、その腕が次にやってきたゾンビに踏みつけられる。二体目のゾンビもまたパール目掛けて走っていく。それこそ武蔵はたまたま地面に這い蹲っていたので踏んでしまった程度の扱いだった。
いや、実際にその程度の認識なのだろう。
しつようにパールを狙う様子に、これはゾンビたちによる復讐なのだと武蔵は気付く。
魂を吸いだされてしまった人間に意思が残っているのかわからない。だけど魂を切り離された肉体はその宿主を探し求め、それが果たされないと気付き、その原因となったパールに本能的に襲い掛かっているのではないかと思う。
現にパールは、殴られながらもずっと謝っていた。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」
だけどその言葉は聞き入れられることはなく、ゾンビたちは次々とパールに暴力の牙を向ける。
これはパールにとっての罰なのかもしれない。
人の命を粗末に扱い、これだけの人を死なせてしまった。子供のやったことだからと、不可抗力だからと許されていいわけがない。
だけど、それでも――
「パールだけが、罰せられなくてもいいだろう!!」
そのとき、乾いた破裂音が響いた。
三体まで増えたゾンビのうちの一体が、ちょうどパールに対して拳を振り上げたところだったが――そのゾンビの頭が吹き飛んだ。
頭を無くしたゾンビは、そのままリノリウムの床に倒れて動かなくなった。ゾンビと言えども、頭を失ってはもはや本物の死体に戻るだけだった。
「えっ?」
武蔵は起き上がり様、後ろを振り返る。ちょうど破裂音が響いたそこには、
「ええ、貴方の言う通りだわ。これはあの子が罰せられるようなことではないわ。
だって、これは全部、私が間違ってしまった罪だもの。
親の罪を子供に償わせるなんて、そんなことしてはいけないわ」
硝煙が立ち上がった右腕を伸ばすウェーブの姿があった。




