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第30話 母親失格

 武蔵がサティたちのもとにたどり着いたときには、すでに戦いに決着が着いていた。

 ウェーブは跪いて呆然となにかを呟いていて、サティは壁に背を預けて蹲っていた。一見、サティの敗北のようにも見えたが、それにしてはウェーブもまた動く気力をなくしたようになっていて、両者相打ちのような状態だった。


「サティっ!! ……と、カルナ!? どうしてっ?」


 何よりサティの様子を窺うようにしゃがみ込むカルナの存在が、武蔵にとっては一番驚くべき部分だった。武蔵はカルナがこの場所に来ていることを聞かされていなかった。


「どうしてって……それはこっちの台詞よっ! のろのろ動くだけの気持ち悪い連中は急に攻撃的になって襲ってくるし、なんかずっと息苦しくてしょうがないし、助けに来たはずのあんたは自由に動き回ってるし、いつの間にかサティの腕は治ってるし喋れるようになってるし、パールの母親だってやつは機械だったし急におかしくなっちゃうし、なにがどうなってるの!?」


「あー……、カルナ、ちょっと落ち着く」


 それほど時間が経っているわけでもないのに、なんだか久しぶりに異国語を聞いたような気がして、武蔵のヒアリング能力はカルナのしゃべりに追いつけない。ただ、なんとなく理解できたのは、


「カルナ、心配して、助けに来た?」


「そうよ! でも、損した気分よ!」


「ううん。ありがとう。カルナ、俺のこと嫌いだと思ってた」


「あんたのことは嫌いよっ」


「うん?」


 武蔵は首を傾げる。言葉のやり取りがうまくできていないにしても、カルナの発言はあまりにも言動不一致に思った。しかしプンプン怒るカルナにそれを指摘するのはあまりにも藪蛇だったし、今はなによりそんなことを言い合っている場合ではない。


「……ムサシ、パールは、どこにいるのですか?」


 サティが重々しく顔を上げて、武蔵を見る。呼吸が必要なわけではないだろうが、それでもその声には息苦しさを感じた。

 いくつかの金具が辺りに散らばって、油の浮いた液体がサティの身体から少しずつ流れ出ている。人間のそれと怪我の認識が違うわけだが、それでも見た目通りには酷い外傷を負っていると考えたほうがいいのかもしれない。


 それでもパールのことはサティに任せる他ないと武蔵は思う。


「サティ、無理だ! 俺じゃパールのことは止められない! あの子はサティにしか止められない!」


「―――――」


 サティが今まで見たことがない絶望した表情をした。それでも続ける。


「パールは暴走なんかしてない。あの子は、望んで他人の魂を吸い上げてる」


「……なにを、言っているんですか? パールがそんなこと望むわけないじゃないですか!!」


 立ち上がり叫ぶサティだったが、それもすぐに支えられなくなり、膝を着く。

 思わず支えようと手を伸ばす武蔵だったが、その身体の熱さに思わずそれも引っ込めてしまった。


「サティ、その身体……」


「……大丈夫です。それより、訂正を……あの子は、パールは、そんな悪魔みたいなこと、しない……優しい子なんです」


 サティの発言に、武蔵は眉を寄せて、


「……親バカ」


 ただ呆れたように一言、そう口にした。


「サティは、なにが良いことで、なにが悪いことなのか、パールに教えたことあるのか? パールが間違えたことをして叱ってあげたこともないんじゃないのか? それで一体なにが優しくてなにが悪いことなんて、パールがわかるのかよっ?」  


 パールが根は優しい子なんだって、武蔵だってわかっている。

 だけどそれは子供特有の残酷さを残した純粋な行動の域での話だ。

 善悪の判断がついてない状態の優しさなんて、危うさとなんら変わりはしない。


「……貴方に、貴方にパールのなにがわかるんですか!? レヤックとして生まれて、他人から迫害される人生が強制されて、それで母親まで失ったパールの気持ちがわかるんですか!?」


 壁で背中を支えてどうにか立ち上がり、切れ長な目をさらに吊り上げてサティは武蔵を睨みつけてくる。武蔵もそれに負けじと睨み返す。


「ほとんど強制的だったけど、パールと腹割って話をしてきた! だからサティよりはわかってるよ! 少なくともパールは母親が死んだことに関しては、特別悲しんだりなんてしてなかった!」


「嘘です!」


「嘘じゃない! サティだって、パールが母親の死を悲しんでる様子を見たことあるのかよ!?」


「……それは……」


 視線を逸らすサティは、ロボットでありながらとても人間的で、武蔵にはそれが図星だったことがすぐに察せられた。


「それにパールがその白呪術師だかレヤックだか知らないけど、それで悩んでる様子は全然ない。むしろそれで迫害してるのは、ウェーブやサティのほうなんじゃないのか?」


「……私たちは、あの子のために……」


「そのせいで、パールはやっていいことと悪いことの区別がつかなくなってる」


 過保護の親に育てられた子供が、将来的に孤立したりキレやすくなることがあると言うが、パールはまさにその状態なのだろう。だから、


「サティ、俺はパールに嫌われた。もうあの子は俺の言葉に聞く耳を持たない。だからサティが、パールに大好きだって言われてるサティが、パールを叱ってあげなきゃいけないんだ」


 先ほどの鋭い視線はどこにいったのか。サティは弱々しい視線を虚空に投げ、決して武蔵を見ようとはしない。


「……私は、アンドロイドで、魂がありません。だから、パールに、私の声は届きません」


 弱々しい、説得力のない声だった。


「それは嘘だ。さっきパールは、確かに俺の言葉を聞いていた。サティの声だって、ちゃんと届く」


「私は……ずっと喋れませんでした。だから、きっと私が喋りかけたら、パールは驚いてしまいます」


「サティっ!!」


「私はっ! 私は……ウェーブのように……パールに嫌われたく、ありません」


 泣き出しそうな声だった。

 魂がないと言ったアンドロイドの、全霊を込めたような、そんな切実な願いだった。

 だから、武蔵は思い至った。


「――サティ、まさか自分で喉を潰したのか?」


「―――――!?」


 アンドロイドに涙を流す機能があれば、きっとサティは泣き出した。実際に武蔵にはサティの目が潤んでるように見えた。

 そんな逃げ出すための行為を、武蔵は心底腹立たしく思った。


「サティ……ウェーブは最期、パールのこと叱ろうとしたんじゃないのか? だけど、できなくて、それをサティに託したんじゃないのか?」


「……………」


 沈黙がそれを肯定だと語っていた。

 だけどサティはそれができなくなるように自分から喉を潰して喋れないようにしたのだ。

 ウェーブに託されたことを実行するより、それでパールに嫌われることを恐れたのだ。

 なんて身勝手で、


「そんなのは、母親失格だろう」


「――失格、私が?」


 さも心外というような表情を浮かべるサティだったが、武蔵からすればそれは当然の烙印だと思った。


 武蔵の母親はどちらかと言えば過保護なタイプではあったが、それでも怒られたことはあった。母がどんな思いで武蔵に怒ってきたか、まだ子供の武蔵にはわからないが、今に思い返せばやっぱり武蔵が間違ったことをしたから怒っていたのだと思う。

 何より武蔵が強烈に母親像として思い浮かべる人物に真姫の母の姿があった。豪快で、明るく、それでいて怒るときには恐ろしく厳しい。それは娘の真姫にだけでなく、武蔵にも例外はなく、二人して遠出をして帰れなくなったときには、身長が何センチか縮んだのではないかと思うくらい怒られた。

 だけどそのあと温かいスープを作ってくれた。そんな母親で、武蔵は真姫のお母さんのことも母親のように好きだった。

 娘の真姫も、きっとそんな母親が大好きで、だからこそいなくなってしまったときに壊れてしまったのだ。


 そんな二人の母親に比べて、サティのそれはまるでままごとのように思えてしまう。


「子供が間違ったことをしてるときに、叱るのも親の役割じゃないのか。今、パールは明らかに間違ったことをしてる。それを正そうとできないなら、そんなのはもう親じゃないっ。無責任な、赤の他人だよ」


「……………」


 サティは暗い表情のまま、俯くばかりだった。

 何も返事はない。


 だったらもうサティに頼れない。


 武蔵は、これだけ言い争いのなかでも相変わらず身動きを取らずに立ち尽くすウェーブに振り向く。彼女がどうしてしまったのか武蔵にはわからないが、それでもサティ以上にウェーブのほうが望み薄のように思えた。最悪、パールに魂を吸い尽くされる代わりに一発引っ叩くくらいの覚悟で、再度武蔵が説得に行くしかないとまで思ったその時、


「ま、待ってください」


 サティが声を上げた。


「私が、私がパールの母親です。だから、私が、パールを、叱ります」


 泣き出しそうながらも、決意が籠った声だった。


 そうまで子供を叱ることが難しいことなのか、武蔵がまだ親じゃないからか、それとも武蔵がまだ子供だからなのか、彼にはわからなかった。

 だけど武蔵はサティの肩に手を叩いた。その肩が相変わらず異常なほど発熱していることに一抹の不安を覚えながら、それでも武蔵はそうやってサティを励ますのだった。


「……で、話し合いは終わったわけ?」


 そして日本語でやり取りされた会話に何一つついていけなかったカルナが、一人イライラを募らせていた。

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