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第29話 グリーフワークに至らない

 ――間違えてしまった。


 そう思ったのは二度目だった。


 一度目はパールにレヤックとしての力のことを教えなかったこと。

 村で生まれたウェーブにとって、レヤックとしての力が他人から見て異質なのは、望まずとも覗ける他人の感情でもって嫌というほど理解させられていた。だからそれはわざわざ教えるようなことだとは思っていなかった。


 しかしパールは違った。

 生まれたときからアンドロイドに囲まれて育ってパールは、それが異質なことだと気付けなかった。

 唯一、母親から与えられる愛情だけを吸収し続けたため、むしろ異質というよりも甘受するべきものとして認識してしまっていた。


 じわじわと文字通り魂を削られるウェーブ。

 それがとてもまずいと思う頃にはすでに手遅れで、ウェーブは立つこともやっとなほど衰弱していた。


 ――このままでは死んでしまう。娘に殺されてしまう。


 娘のためになるのなら、それも本望ではあった。しかしその死が娘の将来のためになることなど一つとしてなかった。

 あの人から借り受けたアンドロイドたちは、ウェーブの命で動いているに過ぎない。

 ときどき様子を見に来てくれるサキも、所詮はあの人が優先。


 ――このままではパールを独りにしてしまう。


 孤独の苦しみはウェーブが一番わかっている。

 それを娘にも味わわせることが、ウェーブが一番望まないことだった。


 ウェーブがそれに対して講じた手段は三つ。


 パールが能力の制御をできるように訓練すること。

 それができなかったとしても、せめて自分の代わりにパールの傍にいてくれる子守り用のアンドロイドを用意すること。

 そして最悪の事態として自分が死んだとしても、パールが悲しまないように自分そっくりのアンドロイドを用意すること。


 それら全てが間違いだった。


 思えばきっと、優しさだけを与えようとしたことが、全ての間違いだった。


 ――パールには、例えそれがつらいことだったとしても、他人と関わらせるべきだった。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 愛情。庇護。慈愛。

 優しさで包んでくれる存在をパールはお母さんと呼称した。


 彼女は優しくしてくれて、守ってくれて、愛してくれる人なら誰でもよかったのだ。


 彼女の好きか嫌いの判断もそれでしかなかった。


 サティは自分を優しいし守ってくれる。だから大好き。

 サラスは自分に優しくしてくれる。だから好き。

 カルナとヨーダは優しくないけど守ってくれる。だから嫌いじゃない。

 武蔵はまだわからない。


 ウェーブはいなくなってしまったから大っ嫌い。

 ウェーブは死んでしまったから大っ嫌い。


 代わりに別のお母さんを探そう。


 アンドロイドに囲まれて、人間とコミュニケーションを取らず、個人を感情単位で括って、出会い頭で仕分けする。自分に都合が悪い感情は毟り取って処分する。

 

 自分に優しいものだけを周りに残して、自分に辛辣なものは魂を貪ってゾンビにしてしまう。それがパールだった。


 パールは暴走していたわけではない。

 サティが傷付くのを見て、次の母親を選り好んでいるだけなのだ。


 そんなのは、


「間違ってる、パールっ!」


 ―――――。


「誰かの代わり、なれない! だから、誰かがいなくなる、悲しい!! 壊れるくらい、悲しい!!」


 武蔵は故郷に残した幼馴染のことを思う。

 母親を失って泣き崩れ、憔悴していった幼馴染を思い返す。

 その悲しみを乗り越えるのに一年を費やした。いや、きっとまだ完全には乗り越えられていないはずだ。

 それまで、武蔵がどれだけ――母親の代わりになれればと願ったか。

 母親の代わりになって、真姫の悲しみを取り除いてあげられたらと願ったか。


 だけど真姫はそんなこと望まなかった。

 母親の死を全力で受け止めて、全力で悲しんで、全力で傷付いて。

 家から出ることもできなくなるくらい悲しんで、人と話ができなくなるまで傷付いて。


 パールにはそれがない。

 きっと死というそのものがまだよくわかっていない子供なのだ。

 死がわからないまま、我儘に母親を求め、そして求め尽くして殺してしまう。そしてまた次の誰かに母親を求める。

 それこそがパールの暴走だ。止める方法があるとすれば、


「パールっ! お母さん、もういない! お前のお母さん、もうどこにもいない!」


 パールに母親の死と向き合わせるしかない。


 ――新しいお母さん欲しい。


「パールのお母さん、ウェーブしかいないっ」


 ――違う。あのお母さんはいなくなった。死体になった。


「そうだ。パールのお母さん、死んじゃったんだっ。もうどこにもいない。それは悲しい、つらい、苦しいことなんだっ。そういう、ことなんだっ」


 ――……………。


「それを、つらい、ことだって、投げ捨てて、これ……方法、代わり……手に、入れるなんて……」


 息苦しさが増していく。なのに呼吸は浅くなっていく。

 あれほど高鳴っていた心音も遠のいている。


 ――……嫌い。


「……間違っ、てる」


 ――ムサシなんて、大っ嫌い。


 パールに見限られた。武蔵もまたパールの嫌いなものリストにラインナップされた。魂を吸い上げられてもの言えぬゾンビにされる。

 聞く耳を持たないパールの質の悪さ。武蔵には彼女の説得なんて無理だと感じた。


 生身の人間に彼女を叱ることさえできない。躾けることさえできない。それが少しでもパールの癪にでも障れば、その場で魂をすっぼ抜かれる。


 意識が朦朧としてくるのを、奥歯を噛んで武蔵は堪える。ここで意識を手放せば、ゾンビとして彷徨うことになる。

 サティは五分したら引き上げると言っていたが、何分経ったかの時間間隔が武蔵にはすでにない。三十分だって一時間だって経っているように感じた。ウェーブと戦闘になっているサティが五分で戻ってこれるかも怪しい。


 ――やっぱり配役を間違えたな。


 率直に、武蔵はそう思った。


 パールの説得はサティにやってもらったほうがよかった。

 サティは自分に魂はないと言った。ならそれはきっとパールにとって天敵でしかない。どんなに叱られてもパールには打つ手がない。魂がなければ魂を捻り上げて脅すなんて芸当は通じない。


 そう考えれば、これはとても簡単な話だ。

 これは我儘で悪いことをしている子供を親が叱るだけの話だ。

 叱られた子供は逆恨み的に親のことを嫌いだって思うこともあるだろうけれども、それでも子どもの面倒を見るのが親の責任である。

 初めから武蔵が出る幕なんてなかったように思う。

 好きだの嫌いだのと言う話に乗せられて巻き込まれてしまった。だからせめて、


 ――パールは俺のこと大っ嫌いって言うけどさ。


 ――俺の気持ちも吸い取ってるならさ。


 ――せめて俺はお前のことが好きだからこんなことしてるのは伝わっててもいいだろう。




 そのとき、廊下の奥で爆音がわなないた。

 閃光が夜の空間を切り裂く、一瞬だけ昼の兆しのように照り付けた。


 パールがそれに怯んで、そして武蔵の意識が回復した。


 相変わらず心臓の鼓動は弱いし、全身を襲う倦怠感はこのまま倒れたいと訴えていたが、それでも武蔵の生存本能はそれらに打ち勝ち、足を動かした。


 離脱するなら今しかない。


 覚束ない足を懸命に動かして、少しでもパールから距離を取る。

 そして先ほどの閃光の発生源に向かう。

 そこがサティとウェーブがいる場所で、恐らく何かしらの決着がついたと見て間違いないと思った。

 できれば、サティもウェーブも無事でいてくれるほうがいいと思う。

 パールを止められるのはこの二人しかいない。

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