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第25話 黒呪術師

「RUR-U型30号、通称サティ、貴女にはこれからこの子のお守りを命じるわ」


「ウェーブ、質問よろしいでしょうか?」


「ええ、どうぞ」


「お守りとは、具体的になにをするのでしょうか?」


「それは……私の代わりよ」


「ウェーブの代わり、ですか?」


「そうよ……この子が泣いているとき、この子が怯えているとき、この子が淋しがっているとき、傍にいて抱き締めてあげるのよ……それはもう、私にはできないことだから」


「よく、わかりません」


「私がどうして司令官用の万能型である貴女にこんなことを命じるかわかる?」


「状況に応じた対応が必要とする任務だからでしょうか?」


「半分正解ね。もう半分はね、愛情を持って接して欲しいのよ」


「お言葉ですが、それは不可能な命令です。我々アンドロイドに感情なんてものは持ち合わせてはおりません」


「そうかしら? 私にはそうは思えないわ。特に万能型の貴方達は、時に親愛や友愛に似たものを持ち合わせて行動しているように見えるのだけど」


「それは我々がそれに準ずるアルゴリズムを組み込まれているからです」


「私にはその“あるごりずむ”とか“ぷろぐらむ”って言うの、よくわからないのだけど、それって感情となにが違う?」


「それは……私にもわかりません」


「最初はね、真似事でもいいのよ。母親の真似事。そうすればきっと貴女にもわかるようになると思う……本当はね、こんなことお願いするのは悔しいのよ? 貴女にはこの気持ちが理解できる?」


「いいえ、わかりません」


「それもきっといつかわかるようになるわ」


 そうしてサティはパールのお守り役を任命された。

 ただサティにはパールのお守りが必要に感じられなかった。

 パールは非常に大人しい子供で、何一つサティの手伝いを必要としなかった。

 時々、訓練で連れて行かれて帰ってきたときだけ、大概は気絶して動けなくなってしまうのでサティが自室へと運び込む程度だった。

 部屋にいる時のパールはほとんど本を読んでいるだけだったので、サティも特にやることはなく部屋の隅に控えているだけだった。

 ただひたすらに本を読む幼女と、その片隅に佇むだけのアンドロイド。奇妙で静寂な時間だけが流れていく。


 ある日、訓練から気絶して帰ってきたパールをそのまま寝かせていると、うなされ始めた。

 身体的に特に問題はなかったので、夢見が悪いだけかとサティはそのまま放置することにして――ウェーブに言われたことを思い出した。


『この子が泣いているとき、この子が怯えているとき、この子が淋しがっているとき、傍にいて抱き締めてあげるのよ』


 それが意味のあることだと思えなかったが、命令されたことに変わりない。

 サティはパールを抱きかかえてあげた。するとパールはすぐに落ち着き始めたのだ。

 特に意味のあることだとは思えなかったが、それでも効果があったことにサティは少なからず驚いた。母親とはとても高度な推察ができる役割なのだろう。


 それからそれが何度か続いた。

 パールは目覚めているときには決して泣いたり、怯えたり、淋しがったりする素振りは見せないが、寝ているときには高い頻度でそれらに類推する素振りを見せた。

 そんなときこそサティは自分の出番とばかりに、彼女を抱きしめる。するとすぐに穏やかな寝顔を見せるパールに、サティはいつしか不思議な思考をしている自分に気付いた。


 ――可愛い。


 いや、それはそんな単純な思考ではなかった。

 もっと形容しがたい何かだった。


 それが何なのかわからずに、自分でも驚くほど落ち着かない日々が続き、そしてそれは唐突に起きた。

 いつも通り、涙を流しながら寝ているパールに添い寝しているときだった。

 ふとパールが目を覚まして、サティのほうを見た。


「どうしました? なにかありましたか?」


 目をぱちくりと何度か瞬きをするパール。その目から大粒の涙が零れた。

 それがきっかけとなって、パールの目からは次々と涙が零れ始めた。

 起きているときに泣くことなんてなかったパールが、急に泣き始めたことにサティは面食らっていると、これもまた初めてパールのほうからサティに抱き着いたきた。そして一言、


「お母さん」


 そう呼んだのだ。


 気付けばパールのことを必死に抱き締めていた。


「大丈夫ですよ。ここにいますから」


 お母さんと呼ぶパールの背中を撫でながら、そう囁いていた。


 そのときウェーブが言っていたがようやくわかった。

 これが愛情なんだと。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 サティは半ばで切断された腕を振り回しながら進む。

 牽制の意味はない。ゾンビ達は攻撃されることを厭わない。目に付くものを片っ端から襲い掛かっているのではないだろうか。


 サティも引きずられる武蔵も、次々とゾンビ達に殴られ、噛まれ、それでもサティの腕力だけをいわせた稚拙な打撃で辛うじて群れの外へと進む。

 全てのゾンビがパールの部屋に集結しているようで、離れれば離れるだけその数を減らし、そして武蔵の体調は徐々に回復していった。

 階段を上がり、最上階まで来た頃にはゾンビの姿はほとんど見当たらず、そして武蔵は逆にサティを支えるように歩くようになっていた。


 サティの身体はどう見ても満身相違だった。

 メイドに刺された刀はそのままだったし、ゾンビ達の攻撃によって手足の皮膚をほとんど捲れ上がり、メタリックな骨格を覗かせていた。


 武蔵の身体も酷い状態だった。

 サティを支えるように役割を交代してからは、両腕がそれに塞がってしまい、ゾンビ達の打撃を諸に受けることになった。幸いにしてゾンビ共の攻撃はそこまで力強いものではなかったので、骨が折れているようには感じなかったが、それでもあちらこちらにできた青痣が痛々しい。

 それ以上にとにかく裂傷が酷かった。無数にある噛み傷は小さいものでも歯形がくっきり残って血が滲んでいる。ひどいものでは肉がそのまま噛み千切られていた。


 ――これ、俺もゾンビになるんじゃないか?


 ゾンビ映画でお馴染みの“噛まれたら仲間入り”をとにかく恐怖したが、今のところその兆候はない。

 意識はパールのそばにいたときよりも、むしろはっきりとしていた。だから今ではサティを支える側に回ったのもある。


 そのサティはと言えば、先ほどからなんとか残った片腕だけで刀を振って、張り付くゾンビ達を切り裂きつつ、その刀で武蔵の行く先を道示していた。


 それは建物内の最上階にあるとある一室だった。


 転がり込むように、そしてサティを半ば放り込むようにして侵入した部屋には、十数体のメイドロボが待ち構えていて、武蔵は絶望に顔を引き攣られた。

 しかしよくよく見れば、それらは立ったまま寝ているようで、まるで身動きしない。

 背筋からいくつもケーブルが伸びていて部屋のあちらこちらに広がっているのが目に入る。武蔵の目から見ても、明らかに稼働前という雰囲気だった。


 一先ずは安全であることだけを確認して、武蔵は後ろ手にサンターン式の鍵を施錠する。そのままそのドアに背中を預けて倒れ込む。

 背中越しに未だにゾンビ達がドアを激しく叩く振動が伝わるが、当面は突破されることはなさそうだった。


「……サティ?」


 サティが床を這うように懸命に前に進もうとしているのが目に入る。

 足がもうすでに動かなくなっているのかもしれない。残った腕でリノリウムの床を削るようにして、本の数センチずつ動いていた。


 深く深呼吸をして、どうにか立ち上がる。

 そしてサティの身体に腕を回して、再度持ち上げる。

 今まで必死に支えてきたからほとんど気にしなかったが、サティの身体はその見た目に反してびっくりするほど重たかった。それこそ油断をすれば一緒に倒れ込みそうなほどだった。


 ――キィィィ、キィィィィ。


 ノイズ音がサティの口元から聞こえた。

 恐らくなにか口にしようとしたのだろう。今更ながらサティの喋れないというのが、どのような状態なのか理解する。イヤホンが断線しているようなイメージなのだろう。


 ――キィィィィ、キィィィィ。


 サティが指差す方向は立ったまま眠るメイドロボの一体だった。一番近いところにあるものだったが、恐らくどれでもよかったのだろう。

 武蔵はサティを抱えたまま、そのメイドロボのところへ近付く。

 するとサティは器用に刀を振り回し、メイドロボの背筋から伸びたケーブルを切断。途端、支えを無くしたかのように、メイドロボはその場に倒れ伏した。


 ――キィィィィィ、キィィィィィ。


 サティは武蔵に何事か視線を送りながら、剣先を床にトントンと打ち付けた。


「床に降ろせってこと?」


 コクリと頷き返すのは見て、武蔵はなるべく丁寧にサティの身体を床に横たえる。


 一旦仰向けで横になったサティは、徐に刀を自分の襟首に差し込んでいき、そして、


「えっ、ちょっと――!」


 サティがなにをしようとしたか気付いて声を上げたときには、すでにサティは自分の着ていたメイド服を勢いよく切り裂いていた。

 露になるサティの肢体。ロボットでありながら、それは人間と全く遜色なく、部分部分ではとても柔らかそうに揺れていた。そこだけ見れば、とてもロボットだとは思えなかったが、だからこそ所々で露出したメタリックな肌が痛々しく感じられた。


「――あっ、ごめんなさいっ!」


 ついついロボットに対して、女性に対して、その両方の意味合いでマジマジと見つめていた自分に気付いて、武蔵は慌ててサティに背中を向けた。


 サティはそんな武蔵に構う様子はなく、何かしらの作業を開始した。

 治療と呼ぶにはあまりにも無機質で、修理と呼ぶにはいささか乱暴な音が背後から響く。そして、


「Sound testing sound testing」


「えっ?」


 相変わらずノイズ混じりの、それもくぐもった声で、まんまスピーカーを通して発せられる音だったが、でも確かに聞こえた。


「Sound device connection confirmation.

 ムサシ、聞こえますか?」


 驚いて振り返る。


「サティっ!? ――って、うわぁっ!?」


 振り返った先で、先ほど見た肢体よりもさらに強烈な光景が目に飛び込む。

 サティの喉から胸の谷間に当たる部分までざっくり切り開かれていて、中からケーブルや細かい電子部品のようなものが飛び出していた。

 裸なんかよりも見てはいけないものを見てしまった気分で、武蔵は再度目を反らした。胸の高まりを感じたが、断じて性的なものではないことだけはわかる。


「ムサシ、聞こえてますか?」


「聞こえてます!」


「よかったです。ハードウェアの問題でなく、ソフトウェアの問題でしたら、どうしようかと思っていたところです。

 ところで先ほどからどうして顔を反らしているのですか?」


「……それ、聞いちゃうんですか?」


「こちらを向いてもらわないと困ります。このあとの作業は私一人ではやや困難です。ムサシにも協力してもらうために、サウンドデバイスから修復したのです」


「えー……それは……ちょっと……」


 チラリとサティの身体を見る。

 なんとなくテレビの裏側を覗いた気分だった。武蔵はそういった配線を繋ぐのが大の苦手だった。


「……大丈夫なんですか?」


「右腕の損失は肘から先ですが、肩から先で繋ぎ直したほうがいいでしょう。

 問題なのは刀が貫通した脇腹の部位です。自己診断プログラムでもどこまで破損したか不明と返ってきています。補助記憶装置を繋いだ電源ケーブルが切断されているのだと思われます。

 両足の動きが鈍いです。恐らく腰椎から太腿にかけての神経ケーブルか電源ケーブルのどちらか、あるいは両方が断線しかかっています。これは交換するしかありませんが、私一人では手が届きません。

 他多数の駆動系への電源ケーブルが切断されていると思われます。これの修復ができる限り可能かどうか判断して頂きたいです。

 また、疑似外腹斜筋が切断されているのが確認できます。これに関しては私たちでは修復不可能です。運動能力が約六十パーセントまで低下していると思われます」


「よくわからないけど、大丈夫じゃないことはよくわかりました」


「腕と足だけでも修復したいのです。腕は私一人でもできますが、足は腰を切り開いて骨盤周りの回路を引っ張り出してもらわないといけません。腰が回らないので私一人では不可能です」


「腰を切り開いてって……そんなことを……」


「急いで下さい。パールを、助けないとっ」


「―――――」


 声が聞けるようになって、初めて感情的気持ちを込められた言葉だった。

 サティはそんなやり取りをしながらも、作業をする手は止めなかった。メイドロボを切り刻み、次々にケーブルの類を取り外していく。


「――指示を、下さい」


 置き去りにしてしまったパールのことが気かがりなのは、武蔵も同じ気持ちだった。

 状況は意識が混濁しているなかだったのははっきりと覚えていないが、それでもパールが普通じゃない状態になっていたのは覚えている。あのまま長いこと放っておいていいわけがない。


「私が取り外したパーツで、ケーブルが取り外せそうなものは全部抜いて並べて下さい。爪を摘まんで引っ張ればすぐに外れます」


 言われた通りの作業を開始すると、サティはすぐに別の作業を取りかかる。メイドロボの右腕を取り外していた。


「あの、状況が、よくわからなくて、それで……」


 手を動かしながら、武蔵は戸惑いをそのまま言葉に乗せた。


「ごめんなさい、私も武蔵にはどこから話をしたらいいのか、わかりません」


 武蔵がわからないことは全てと言っていい。

 どうして自分がここにいるのか。

 なにが起きているのか。ここはどこなのか。ここはいつなのか。

 どうしてサラスやカルナ達が喋れないのに、サティやウェーブは日本語を喋れるのか。

 サティが何者なのか。ウェーブが何者なのか。そもそもサラスが何者なのか。

 だけど、今一番聞かなくてはいけないのか、


「パールに、一体なにが起きているんですか?」


 憎悪に歪む顔。悲鳴のような金切り声。苦しそうに足掻く四肢。

 それに呼び出されたように集まるゾンビ達。あれはどう見ても、パールが呼び出したように思えた。


「パールは、レヤック……ネクロマンサー……すみません、うまく翻訳できる言葉がありません。黒呪術師と仮称します」


「黒呪術師? 魔法使いみたいなもの?」


「悪霊を使役して人に呪いをかけたり、魂に干渉して人を操ったりする人々です」


 あまりピンとこなかった。

 この世界にやってきて約一ヵ月、出くわした不思議現象と言えば武蔵自身の転移だけで、他に武蔵の知っている常識とかけ離れたものはなかった。

 それが突然この二日間だけが、それらから切り離されてしまったように、ロボットだとかゾンビだとかそんな非現実的なものに浸食されてしまった。特にあのゾンビに関しては、簡単に受け入れられるものではない。


「待った、魂に干渉して人を操ったりって、じゃああのゾンビ達って……」


「あれはパールが魂を抜き取ってしまった人たちです」


「パールが……?」


「はい」


「―――――」


 言葉が詰まる。

 黒呪術師と呼ばれる存在以上に、パールがゾンビを生み出していたなんて、あまりに腑に落ちなかった。


「それは……パールが、そうしようとして……」


「パールがそんなこと望むはずないじゃないですかっ!!」


 あまりの声量にサティの喉から出た声はハウリングを起こしていた。

 耳をつんざく声量に、サティ自身も驚いたのか「すみません」と口に手を当てていた。


「……パールは、生まれつき、黒呪術師としての加護を強く受け過ぎてました。ただ存在するだけで、周りの魂を吸い上げてしまうのです。それは母親であり、同じ黒呪術師でもあるウェーブにも害を成すほどでした。

 この施設は、パールが黒呪術師として、その能力を制御できるようにするための訓練施設でした」


「じゃあ、さっきのパールは……」


「能力が制御できなくなって、暴走したのだと思います」

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