第23話 魔王の嫁
程なくして甲高い破壊音が響いた。
サティが潜入した音だろう。
遠眼鏡で建物の様子を見れば、目に見えるところにいたアンドロイド一体が移動を開始していた。
つられるように動く死体は遅れて緩慢な動きでその後を追っていた。確かにあの程度の動きしかできないようなら、何体出てきても全く問題にはならないだろう。
遠くで微かに金属音が響き始めた。
恐らくサティが戦闘を開始したのだ。
――そろそろ行かなくちゃ。
森を抜けだして一目散に建物へ向かう。
与えられた時間は十分しかない。サティが囮になってくれている以上は、カルナが優先するのは最短で遂行することだ。
建物の入り口だけを見つめてただひた走る。
「―――――っ!?」
その建物の入り口から人が飛び出してきた。
想定していた中で本当に最悪な事態だった。
「あら?」
遮蔽物が全くないところで隠れることもできず、女性もカルナを補足したようだった。
アンドロイドかどうかわからなかった。特徴的なエプロンドレスではなく、紺色の一繋ぎの布を羽織り腰帯でそれを留めた独特な恰好をした女性だったからだ。
カルナは躊躇しなかった。
敵の拠点から出て来たということは敵であることに違いない。サティの言っていたウェーブという人物かもしれない。
カルナはそのまま足を止めずに剣を抜いた。
そして勢いそのままに女性に対して一閃。
相手の虚を突いた形での襲撃。確実に捉えたと確信できる攻撃。
しかし、その軌跡は空を斬っていた。
「初対面で斬りかかるなんて、危ないですよ」
背後から聞こえた声に、カルナは飛び退る。
いつの間にか女性はカルナのすぐ背後に移動していた。
人間離れした速度で移動した女性にカルナは彼女もまたアンドロイドであると確信する。
「あなたがウェーブ?」
「ああ、人違いで襲われたのですね。それはよかった。心当たりのない恨みを買っているようでしたら、生き方を見直さないといけないところです」
カルナが臨戦態勢であるにも関わらず、鷹揚な様の女性。どうやらウェーブではないようだが、それでも敵であることは疑いようがない。
「お互いに自己紹介しませんか? わたくしはサキと申します」
その名前に聞き覚えがあり、カルナは戦慄する。
「魔王の嫁!?」
「あらまあ」
カルナの青ざめた表情とは裏腹に、サキは頬を赤らめた。
「嫁なんて言われると照れてしまいます。最近はめっきりそう思っている人もいなくなってしまいましたが、確かにわたくしはあの人の家内です」
うふふ、なんて照れた笑いを浮かべるサキだったが、カルナにはそれが凶悪なものにしか見えなかった。
敵将の正室にして、ありとあらゆる虐殺行為を指揮している最高指導者。アンドロイドの生みの親とも言われている女性。
それがサキという名の女性だった。
それが目の前にいる女性だと言うのだ。
どうしてこんなところにいるのかと、そんなどうしようもないことを考えずにいられない。
「貴女のお名前も伺ってよろしいでしょうか?」
幸いなことにサキは一切戦う気がないようで、カルナに剣を向けられているにも関わらず、超然とした態度を崩さない。
それはつまるところ、カルナを全く相手にしていないということに等しい。
「……カルナよ」
「カルナさん……ああ、ヨーダ団長の。ヨーダ団長にはいつもお世話になっています」
お世話になっていますがなにを意味しているのか気になったが、今はそれ以上にこの状況をどう打開するか考えるほうが先だった。
――倒せるか。
恐らく無理だろう。先ほどの動きを見ても、アンドロイドと同等の戦力があると見て間違いない。
ここで倒しておきたいという気持ちはあるが、それで返り討ちにあって一番の目的を失するわけにもいかない。
一番の目的はパールとムサシを救出すること。
それは今のカルナには不可能となった。
ならば打合せ通り、役割交代するしかない。
カルナは道具袋から爆弾を取り出すとサティに習った手順で素早くサキに投げつけた。
「あら?」
サキの足元に爆弾が転がるのを見て、カルナはサキに背を向けて走り出す。
入り口から建物のなかへ飛び込む。
と、同時にカルナは自分の足元に何かが転がって来たことに気付いた。
「―――――っ!?」
それは先ほど自分が投げた爆弾だと気付いたときにはもう遅く、カルナの眼を、耳を、閃光がつくざく。
――そういえば目と耳を塞げって言われてたわね。
そんなことを思い出しながらカルナは音も光も失った。
そのまま感覚を取り戻すまでの数分間、誰かに抱えられて移動していることにカルナは気付くことができなかった。
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比較的に近いところでスタングレネードが使われたことに気付いてもサティは取り乱すことなく、次の行動を開始した。
打合せ通り、カルナと役割を交代。
今し方交戦を開始したアンドロイド一体を一刀両断にする。
これですでに二体目だった。
所詮は器でしかない彼女達は単純な攻撃パターンしか繰り返せない。
単純な力と速さはそれだけでただ脅威ではあるが、それはサティも同程度以上だ。であれば思考ルーチンが単純な彼女達は、サティからしてみればゾンビと変わらない。
だからサティからすればウェーブが一番厄介な相手だった。
いや、そもそもウェーブでさえもサティからすれば大した相手でないはずだった。
ただ人の魂を操ることができるだけが得意の肉体的には普通の人間であるウェーブが、完全な機械人間として作られたサティに勝てるわけがない。
それが先の戦闘では不覚を取られたとは言え腕を斬り落とされた。サティからすれば信じられない出来事だった。
ウェーブに関して信じられないことがもう一つだけあった。
彼女はとっくに死んでいるはずである。
この目でそれは確認して間違いはなかった。そもそもサティはそれがきっかけでパールを連れ出したのだ。
だから彼女がパールの母親であるウェーブでないことは間違いない。
そして正体も凡そ検討がついてはいる。
ウェーブは陽動に誘われずに、それどころか配下であるアンドロイド達も二体しかやって来なかった。それもまた彼女の正体を物語っているように思えた。
いずれにしてもカルナがこんなにも早くスタングレネードを使った以上は、彼女がウェーブかアンドロイドのどちらかと戦闘になっているのは間違いないだろう。
一刻も早くパールと武蔵を救出して、カルナの応戦に向かわなければ彼女の命も危ない。
途中、ゾンビの群れを追い抜き様に切り伏せつつ、パールの自室へと急ぐ。
アンドロイドと遭遇することなく地下二階へ。目指す部屋が目に入る。
「敵対行動を確認。反撃を開始します」
そこには一体、アンドロイドが今まさに刀を取り出そうとしていた。
サティはそれよりも早くアンドロイドに肉薄して、背後から一突き鋼の身体に刀を突き差す。
「おや?」
アンドロイドがそんな惚けた声を上げた。
痛覚がない彼女には、突然自身の胸から飛び出た刀が不思議でならなかったのだろう。
サティは容赦なく刀を横薙ぎ、アンドロイドを再起不能な形状に変形させた。
そして入り口の邪魔となったスクラップに回し蹴りをかました。
「サティ!!」
凡そ一日ぶりに聞くパール声。
サティは少なからず驚いた。
人との接触を徹底して嫌うパール。そのパールが武蔵に守られるように抱き寄せられながら、特に嫌がる素振りを見せていなかった。
――ああ、そうでした。怯えることなく人と触れ合って欲しくて、私はパールをこの部屋から連れ出したんです。それが――。
それがまさかこの部屋で、パールが怯えることなく誰かに抱き寄せられているところを目にするとは思わなかった。
サティはその姿に微笑み返して――。
「はい、そこまでよ」
恐らくこの瞬間を狙ったのだろう。
歪に変形してしまったアンドロイドが、起き上がり様にサティの脇腹を刀で刺したのだ。




